558 タクトとエビビ
「くそ~今日起きたら治ってると思ったのにな……」
「じゃあそれ、やめたら~?」
プリメラがいないので、今日はゆっくり眠れ……じゃなくて、起きられなくて残念だ。だけどオレにすればまだ早起きである方だと思う。
「おふぁあよ~」
二人の声と眩しい日差しに、むくりと身体を起こした。
「お、自分で起きれるのか! おはよう!」
「おはよ~。それはあくびなの、挨拶なの~?」
タクトのせいで中々出発できないので、オレたちはもう昨日の夜のうちに王都にやってきた。宿の1泊分が勿体ないけど、タクトが毎朝マリーさんたちと訓練しようとするのだから仕方ない。
相変わらずタクトの筋肉痛は継続中のようだけど、早起きは変わらないみたい。眠い目をこすりつつ視線をやって思わず絶句した。
「……や、だってこうしてる方が身体が動くんだよ! 仕方ねえの!」
明らかに引いてるオレたちに気付いたらしい。どう見てもトレーニングしているタクトが、言い訳がましく言い募った。
「身体強化系の人ってこれだから~」
「ねー! 同じ人としてどうかと思うよ」
肩を寄せ合ってこれみよがしにひそひそしてみせる。王都行きが遅れたんだから、このくらいは許されるだろう。
「う、嘘じゃねえよ! お前だって知ってんだろ!」
知ってるよ、身体が温まった方が筋肉痛もちょっと楽になる気がするよね。……言わないけど。
カクカクと妙な動きで憤慨するタクトに、二人して笑ったのだった。
「――カン爺たち、相変わらずだったね」
「そりゃそうじゃねえ? だって俺が生まれた時から変わらねえもん」
3人でカン爺やサヤ姉の工房へ行った帰り、久々の食堂でランチを食べていた。王都はオシャレでお値段の高いお店が多いけれど、冒険者も多いから表通りさえ外せばリーズナブルなお店もたくさんある。
工房に挨拶に行くと、一斉に視線がオレの手元に集中して、ちょっと怖かった。オレはすっかり餌やりの職員さんみたく認識されているらしい。
お菓子を撒きながら走るオレを想像して吹き出しつつ、熱々のお料理にはふはふと上を向いた。
「それも美味しそう~。ちょっと分けて~?」
「そんなんで腹膨れるか? おやつじゃねえ?」
お肉が入ってないからってそれはない。マッシュポテトとチーズを混ぜてこんがり焼いたグラタンみたいなもの。味付けは塩コショウだけでシンプルだったけれど、バターも生クリームもチーズも入って当然お腹にずっしり、カロリー的には相当だ。
「とろ~っとしておいしいね~」
「じゃあ俺も!」
「タクト、交換できるものないでしょう」
ラキとお皿を交換したのを見て、タクトが既に空になった自分の皿を見つめ、羨ましそうな顔をする。渋々スプーンにすくってあーんとやると、凄い勢いで食いついた。ひとくちね! タクトに皿ごと渡したらなくなりそうだからね!
「僕はこの後買い物したいんだけど、二人はどうするの~?」
「オレも買い物と、ミーナの所へ行ってこようかな? あ、バルケリオス様に挨拶も!」
この間はシャラのせいでまともに会えなかったからね!!
「じゃあ俺、ギルド寄って外行ってくる」
つまらなさそうな顔をしたタクトが、ぎこちない動きで椅子の背にもたれた。
「危ないんじゃない? 身体動かないんでしょう」
「そこまでじゃねえよ。でもまあ、街道近くをうろつくだけにする」
タクトは無謀だし無茶をするけど、ちゃんと線引きはしていると思う。人一倍頑丈な身体を持っているから、そうそう危険に晒されることはないとは思うけど。
「じゃあ、明日からは3人で依頼を受ける?」
「そうだね~。ユータはバルケリオス様が優先になるけどね~」
依頼、と聞いてタクトが嬉しそうに口角を上げた。
「よし! 明日は朝からギルド行ってくるぜ!」
「タクトは張り切る前に本調子に戻した方がいいんじゃないの~?」
「しばらくは採取とかがメインかな?」
今にも椅子から立ち上がらんとしていたタクトは、ガックリとテーブルに突っ伏したのだった。
「――ねえシロ、そろそろ暗くなるからラキを迎えに行こうか」
オレはブラッシングの手を止めて窓の外へ目をやった。
今回はシャラの横やりもなく、無事に用事をすませて帰って来られた。だけど、宿に帰ったものの誰もいない。ラキはきっと買い物先で居座っているだろうから迎えに行かなきゃいけないけど、タクトはどうしたんだろう。
ギルドへ行ったのは昼だから、依頼を受けてはいないだろうに。そう思うと、途端に不安がこみ上げてきた。
「ど、どうしよう。やっぱり筋肉痛で動けなくて怪我とかしてたら……! ラピス!」
「きゅっ?」
ぽん、と現われたラピスに縋るように訴える。
「タクトが帰って来ないんだ! 一緒に探してくれる?!」
――もちろんいいの。だけど、タクトなら――
首を傾げるラピスが言い終わるより先に、部屋の扉が開いた。キィ、と微かに軋む音に、タクトではないなと思う。
そう思ったのに、振り返った先にいたのは見間違うはずもないタクト本人。
「え……どうしたの?! タクト?」
俯いて佇むのは、本当にタクトだろうか。いつもお日様みたいな姿は、見る影もなく萎れて頼りない。
思わずぎゅっと硬い両腕を掴んで覗き込むと、されるがままの身体が揺れた。下げたままの顔が今にも泣き出しそうで、オレの胸を締め付ける。
何も言わないタクトを引っぱってベッドへ座らせると、幼子にするように背中を撫でながら声をかけた。
「何があったの? もう大丈夫だよ」
握った手は、いつもの高い体温が嘘のように冷たい。ささやかに握り返された手に、オレもぎゅっと力を込めると、タクトは乾いた唇を開いた。
「エビビが……」
炎の消えた瞳が、ようやくオレと視線を合わせた。
「エビビが。死んじゃった」
ごしごし、と袖で目元を拭うと、タクトは懺悔するように話し始めた。
* * * * *
昼食後二人と別れ、タクトは予定通り街の外へやってきていた。
「身体痛え……だけど、昨日より大分マシだな」
少々不自然な動作にはなっているだろうが、ゴブリンやビッグピッグ相手に戦えないほどではない。
ビシビシと悲鳴を上げる身体を騙し騙し、のんびりと街道付近を歩く。
「やっぱ、外の方がいいぜ。俺、都会で育ったはずなのになあ」
誰に言うでもなく呟きながら、ツン、と簡易水槽をつついた。ただのエビだって言うけれど、こうして話せば分かってくれていると感じる。そりゃあ、エビだけど、きっとこいつはトクベツなエビなんだ。
タクトは心地良い風に髪を揺らしてそんなことを思う。
「なあ、王都の街道って魔物出ねえもんだな」
ピチピチと跳ねる水音は同意なのか抗議なのか。
タクトはご機嫌に歩いていたものの、ちっとも魔物に出くわさないことに少々不満が募っていた。
そりゃあ、散歩気分の外出ではあったものの、ホーンマウス1匹出て来ないのはつまらない。
さすがに行き交う人の多い王都の街道には魔物が寄ってこないらしい。
このままでは何も出くわさないまま他の町に着いてしまう。それが本来望ましい街道の姿ではあるけれど、タクトにとっては違うらしい。
「うぁーみしみしする!! だけどやっぱ動いてる方がいい!」
結局街道を外れたタクトは、予想通り遭遇するようになった魔物たちにほくそ笑みつつ剣を振っていた。
本調子でないのは重々承知、見通しのいい平原を選んでリスクを避けつつ、街まで戻る手はずだ。
と、どこからか突如響いた悲鳴に素早く剣を構え直した。夕暮れに差し掛かり、街道に歩く者はいない。だとすれば、自分と同じ冒険者のはず。
もう一度。今度ははっきりと、『誰か!』と聞こえた。視線を巡らせた先は、前方の森。
タクトは逡巡の末、走り出した。
「無理なら助けねえからな……自己責任! でも、どこだ?!」






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