554 王都再訪
とても胸苦しくて、身体が重い。段々と呼吸も苦しくなってきた。これが例の金縛りとかいう……やつではないよね。
「……おはよう。プリメラ」
のすっと身体を乗せていた桃色のふわふわへびさんが、やっと起きたと言わんばかりに首をもたげた。
ぐいぐいと潜り込まれ、背中を押されるままに上体を起こす。
『プリメラは優秀ね! この子も召喚獣として連れて行けたらいいのに』
オレの目覚まし専用要員として? だってモモアタックは割と心地良いから中々起きられないんだよ。プリメラの上で飛び跳ねるモモは、似たような色も相まって身体の一部みたいだ。
オレは閉じようとするまぶたをなんとかこじ開け伸びをする。うむ、穏やかな目覚めだ。
「あれ? そう言えばタクトが来ないね」
朝の光が差し込むこの時間、普段ならタクトが起こしに来そうなものなのに。
「あ、ユータおはよう~! 珍しいね、今から起こしに行こうかと思ってたよ~」
そっと隣の部屋の扉を開くと、ラキが身支度を整えているところだった。
「ちゃんと起きたよ! タクトは?」
「あそこ~」
くいっと示された窓から覗くと、朝から激しい戦闘が繰り広げられていた。
「昨日、あの魔族の人とマリーさんと約束してたみたい~」
タクトがお願いしたなら、マリーさんも了承するしかなかったんだろう。アッゼさん、マリーさんに会えるなら喜んで来ただろうし。だけど、また回復魔法が必要だろうか。
「ラキは良かったの?」
「僕はもういいよ~。タクトみたいに動いてないのに、身体がギシギシしてるんだから~」
苦笑したラキが、再びベッドに横になった。
「今日王都に行くつもりだったけど、あの調子で行けるのかな? オレたちだけ先に行く?」
「僕は急がないよ、買い物できればそれでいいしね~。タクトは依頼を受けたかったんだろうから、どうせ明日の朝早くじゃないと無理だし、いいんじゃない~?」
メイメイ様との特訓は、いきなり行っても都合があるだろうし。だったらオレが先に行ってお話してきた方がスムーズかもしれない。
「じゃあ、先に行って色々すませてくるね! カロルス様に伝えておいて。オレに何か用事があったら、カロルス様の所にいるアリスに言ってね」
オレだけで行かなきゃいけない所もあるから、先に行けるならとっても助かる。じゃあね、と手を振り、善は急げと王都へと転移した。
「……転移魔法陣は~?」
残されたラキの呆れた呟きに、プリメラはやれやれとため息を吐いた。
「……あ、ちゃんときれいになってる!」
覚悟して止めていた息を吐くと、薄暗い倉庫の中を見回した。あれほどうず高く積もっていた埃がなくなって、真新しいテーブルに書き置きと鍵が置いてあった。
『ダミーの鍵。これを使用人に見せれば門を出入りできる。鍵で門は開かないので盗られても心配はいらない』
なるほど、通行証みたいなものか。確かに鍵の形をしているなら、まず開けようとするだろう。その時点で招かれざる客決定ってことかな。
……鍵で開けようとしたら発動するトラップとか、ないよね?!
そっと扉を押すと、ここは鍵が掛かっていないみたい。どうやら王都も快晴、眩しい日差しに目を細めて空を見上げた。
さて、まずはどこへ行こうかな。バルケリオス様に挨拶をと思ったけれど、館に気配がないのでお城だろうか。一応、日々通勤しているのかもしれない。
門のところで鍵を見せたら、もの凄く驚かれたけど話は通っていたらしい。ちゃんと出してもらうことができた。
「これ、バルケリオス様にどうぞ! こっちはメイメイ様に」
甘い物が好きなバルケリオス様にはプリン、甘い物はさほど好きじゃないメイメイ様にはチーズと黒コショウのおつまみクッキーにした。おつまみクッキーはガリガリと固めの食感もほどよい自信作だ。今夜カロルス様にも渡してあげようかな。
「さて、どこから行こうかな! お昼間ならガウロ様はお仕事だろうし、その間にミーナのところへ行こうかな?」
ガウロ様が館にいると、オレが捕まっちゃうかもしれないから。だけどお昼間だと、ミーナに会えても騎士様と一緒に働いてるミックには会えないだろうしなあ。
涼やかな風が前髪を揺らし、整然とした白の町並みを通り過ぎていく。
いずれにせよまだ朝早いから、ひとまずはお買い物かな!
ひとつ頷き、意気揚々と黄色の街へ向かおうとした時、ごうっと風が渦を巻いた。
「え、わあっ?!」
突如荒れ狂う風に、ぎゅっと縮こまって目を閉じる。
むんずと腕を掴まれたと思った瞬間、風が止んだ。柔らかく鼻先をくすぐるのは、花の香りだろうか。
『来たね、おかえりー』
『ヒトの子、久しぶり。おかえりー』
近づいては離れる不思議な声がさんざめき、もう大丈夫だろうとまぶたを上げた。
途端に飛び込んで来る様々な色彩に、ほうっと感動のため息をこぼして傍らを見上げた。
「いつ来てもお花が咲いてるんだね。とってもきれい!」
痛いほどに腕を掴んだまま、彼はそっぽを向いて答えない。
「ちゃんと、来る予定だったよ? 久しぶりだね、シャラ!」
こんな人攫いまがいのことをしなくたって、お土産も持ってきているんだから。
離してくれない腕に、トンと頭突き半分に頭を寄せる。
「……遅い」
大いに口をひん曲げた顔が、ようやくこちらを向いた。
「ごめんね、そんなに待っていてくれたんだ」
「待っていた」
当然のように返ってくる返事に、ありがとうと笑う。
大丈夫だよ、忘れたりしないから。
『待ってた! やっと来たねー。シャラスフィード、嬉しいね』
『シャラスフィード、良かったね』
くるくると舞い上がった花びらが、オレたちを包んで舞った。うるさい、と不機嫌なシャラに、風の精霊たちがきゃあきゃあ言って離れていく。
フン、と鼻を鳴らして勢いよく腰を下ろすもんだから、オレも勢いよく引かれて花畑に腰を下ろした。相変わらず乱暴な扱いにじろりと睨み上げてみたけれど、全く堪えた様子もなく視線が注がれる。
涼やかな瞳にまじまじと観察され小首を傾げた時、不思議そうに口が開かれた。
「お前、小さいままだな」
「あ、当たり前だよ! そんなに時間経ってないから!」
「いいや、経った」
経ってない!! シャラと別れてから、まだひと月くらいだ。植物じゃないんだから、そんなにぐんぐん伸びないんだよ!
思い切りむくれてから、ふと視線を和らげた。
「……そんなに経ったと思ったんだ」
シャラにとって、オレたちはあっという間に大きくなる存在なんだろうか。
「経っただろう」
そして、あっという間にいなくなる。
「ううん、まだ大丈夫だよ。ほら、風のお祭り、毎年することになったんでしょう?」
こくりと頷く彼に、にっこり微笑んだ。
「風のお祭りを何回も、何十回もやらないとオレは大きくならないよ」
風の精霊が息づくこの王都で、ちゃんとシャラのことが受け継がれていきますように。
オレがいなくなっても、今生きている人がいなくなっても、シャラはいる。
だから、ここに住む人が、王様が、ちゃんとシャラを覚えていられるように。お祭りは、きっとそれを叶えてくれる。
何か考える素振りをしていた彼が、にやりと笑って流し目を寄越した。
「嘘をつけ、お前くらいのヒトなら普通、5回もやれば我と同じくらいになる」
腕を掴んでいた手が離れ、呆気にとられたオレの頬をつまむ。
し、知ってるんじゃないかー!
「まあ、お前は大きくならないだろうが!」
ぺちっと手を払って盛大にむくれたオレに、シャラは腹を抱えて笑った。
軽やかな笑い声は、花畑と空の間に吸い込まれてきらきら響いていた。
ちなみに異世界男性平均身長で言うとユータ5年後、11歳の平均身長が170センチくらいに。だけど日本人としては140㎝くらい……ユータは小さめなので多分頑張って130㎝くらい…
現在の身長
ユータ(6歳くらい)100㎝ちょい
タクト(9歳)150㎝前後
ラキ(9歳)155㎝前後






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