552 ロクサレン家にて
「ここがユータの部屋かぁ。広いな! 貴族って感じ……はあんまりしねえな。広いってことくらい?」
「そもそも部屋があるってことが貴族って感じじゃない~?」
まずは、とオレの部屋を覗き込んだ二人が、興味津々に部屋内をウロウロしている。ロクサレン家の館は大きくて広いけれど、装飾の類いがほとんどないので貴族っぽさはないよね。
オレの部屋なんて物自体もほとんどないし、見ても面白いものはない。
「何もねえな! ユータは見られちゃマズいものを部屋に隠す必要ねえもんな」
「うん、全部収納に入れちゃった方が便利だからね! タクトは見られちゃマズいものってあるの?」
何気なく聞いたひと言に、タクトがギクリと肩を跳ねさせた。
「え、い、いや、ねえよ、何も! 今はさ、ほら、お前らと同じ部屋だし?!」
あからさまに怪しい言動にラキとオレの視線が注がれる。
タクトのマズイものって何だろう。生命の魔石や生命魔法飽和水だとか、呪いグッズや呪晶石なんかがあるわけじゃないだろうし。
「……タクト、早くない~? ユータがいるんだよ~?」
「わ、分かって……いや! 違うんだ! 前の部屋で先輩が……俺じゃねえんだ!!」
大汗かいて言い訳するタクトが不審だ。よし、今度タクトの荷物を漁ってみようかな。
にやりとしたオレの表情に気がついたらしい。タクトがぎゅっとオレの両ほっぺを引っぱった。
「お前……俺の荷物に手を出してみろ、毎日早朝に俺スペシャルで起こすからな……?」
「ふゎい」
低い声と据わった目に、薄ら寒いものを感じ、オレは慌てて頷いたのだった。
「やっぱり広いね~。大きいものでも加工できるスペースがあっていいなあ~。これで炉があれば最高なのに~」
炉があったら普通の家とは言わないんじゃないかな。少なくとも貴族の家に炉はないと思う。
「庭がすげーよ! いいな、こんだけ広いと思いっきり特訓できるな! しかも兵士もいるんだろ? 一緒に訓練できるじゃねえか!」
「うん! お庭で訓練したりもするんだよ」
だけど、タクトはもう随分強くなったから、兵士さんとの訓練はやめた方がいいんじゃないかな。新人兵士さんの心を折ってしまいそうだ。
「ピィ?」
「うわぁ~?!」
窓から聞こえた可愛らしい声に、何気なく振り向いたラキが大げさにのけ反った。
撃たれちゃ大変と、慌てて駆けよってふわふわの長い身体を抱きしめる。
「プリメラ、久しぶりだね! これはラキとタクトだよ。オレの友だちなの」
するする撫でると、桃色の産毛のような短毛が手に優しい感触を伝えてくれる。モモと似ているけど、モモよりしっかりと皮下のしなやかな筋肉を感じる。
大きな頭がすり、と嬉しげに頬にすり寄ると、短く滑らかな角が当たった。
「わ、わ~。僕、初めて見たよ~妖精蛇ってこんなに大きいんだ~」
「俺は王都で水色のやつを見たことあるけど、こんな大きいのは見なかったな!」
妖精蛇は貴族に人気があるらしいけど、大きくなると捨てられちゃったりするらしいから……。プリメラもそうやってカロルス様に拾われたんだもの。
「大人しいって言うけど、本当に~? これだけ大きいとちょっと怖いね~」
オレだって最初はものすごくビックリしたもの、初めてだとそうなるよね。
「本当に大人しいし、優しくて賢いよ! こっちに泊まってると朝はプリメラが起こしてくれるんだ! プリメラ、ラキが触っても大丈夫?」
「お前……蛇にまで起こされてんのか……」
タクトの台詞は聞こえなかったことにして、ぺたんと床におしりをつけて座り込んだ。ピィ、と鳴いたプリメラも大人しくオレの膝に頭を乗せている。さあ、どうぞの体勢だ。
「い、いいのかな~。じゃあ、ちょっと失礼~」
恐る恐る伸ばされた手が、プリメラの長い身体を滑っていく。先端がふさふさのしっぽがご機嫌に揺れている。プリメラお姉さんは子どもが好きみたいだから、オレ以外にも家に来てくれたのが嬉しいらしい。
「柔らかい~。蛇なのに、あったかいんだね~。本当に大人しいや~」
だんだん慣れてきたラキが、そうっと頬を寄せてうっとりしている。しようのない子ね、なんて言いそうなプリメラも、満更でもなさそうだ。
「なあ、俺兵士の訓練見てきていいか? 魔法剣の練習してもいいとこってある? メイメイ様に会うまでにちょっとでも実力伸ばしたいぜ!」
「僕、もうちょっとプリメラと一緒にいてもいい~?」
王都への気持ちが逸るタクトと、まったりするラキ。両極端な二人にくすっと笑った。
「訓練はどうかな~? カロルス様に聞いて……あ、ちょっと待っててね」
兵士さんたちと訓練するより、もっといい方法があるじゃない。オレは言い置いて部屋を飛び出していった。
「ねえ! カロルス様と訓練してもいい?」
「いいぞ!」
執務室の扉を開けるやいなや言い放つと、間髪入れずに返事が返ってきた。あまつさえいそいそと立ち上がろうとしたその肩に、筋張った手が置かれる。
「良くありませんね? まだ終わってませんよね?」
冷たいオーラが漂って、立ち上がりかけたカロルス様が椅子に縫い付けられる。どうやらお仕事の目処がついていないようだ。いつものことだけれど。
「ユータ様、セデス様を誘ってはどうでしょう?」
にっこり優しい顔で微笑んだ執事さんに、なるほどと頷いた。
「じゃあ、行ってくる! お仕事がんばってね!」
縋るようなブルーの瞳と視線を合わせないようにして、オレは素早く執務室を飛び出していった。
「へえ、タクト君はすごい力だね。だけど、剣を振るときにそんなに力を入れたら――ほら、隙になっちゃうし、下手したら剣が折られるよ?」
欠片の遠慮もなく木剣で切りかかったタクトが、見事に受け流されてたたらを踏んだ。
ほら、やっぱり兵士さんと訓練しなくて良かった。タクトはある意味相手を信じて思い切りぶつかっていくから。
「すげー! セデス様は身体強化してねえのに、俺勝てねえ!」
涼しい王子様フェイスに、タクトが尊敬の眼差しを向ける。セデス兄さんだってオレの見立てではAランク相当だもの、戦闘においては頼りになるんだよ。戦闘ではね。
「ふふっ、さすがにまだ負けられないよ? だけど、タクトくんは僕とやるよりマリーさんに教えてもらった方が良くない? 身体強化が得意なんだよね?」
「え? マリーさん?? あ、そっかあの人すげー力だったもんな!」
タクトが不思議そうな顔をしている。タクトとはマリーさんと一緒に遊びに行ったことがあるので、普通のメイドさんじゃないことは重々承知しているけど、どこまでできるのかは知らない。
なるほど、身体強化のエキスパートだもの、こんなにいい先生はいないだろう。
「そっか。じゃあ……マリーさーん」
どこへともなく呼びかけたオレに、タクトが不思議そうな顔をした――直後。
「お呼びになりましたか?! このマリーを!!」
ズザァ! と滑りこんできたメイドさんにビクッと飛び上がった。ごめんね、王都でちょっと慣れてるかなと思ったんだけど。
「あのね、タクトは身体強化が得意だから、マリーさんに指導してもらえたらなと思って」
「うふふっ! 喜んで! ユータ様の大事なパーティメンバーなのでしょう? それなら問題ありません。惜しみなくお教え致しましょう」
たおやかに微笑んだマリーさんに、タクトが少々頬を赤らめてもじもじした。
「えーと、お姉さんと特訓って、大丈夫なのか……?」
「まぁ……ユータ様の幼げで清廉な美しさは言うまでもなく、健康優良児のしなやかで伸び伸びした肢体もまた格別なもの。ああ、この若木のような姿、あどけなさの残る少年と青年の狭間が見せるこの純粋な表情! 少年故のこの無垢な生命の輝き……これを美しいと言わずして何と言いましょう!」
……ダメモードのマリーさんになってしまった。何かしらのスイッチが入ってしまったみたい。
ほんのりと後ずさるタクトが、必死に目で異常を訴えてくる。
オレはぐっと親指を立ててにっこり笑った。
大丈夫、これが正常。マリーさんはいつもこうだから!
カレンダーネットプリントは9日まで!
コミック版のラピスを羊毛で作ってみました!Twitterの方で公開してますので良かったらご覧下さいね~!
そう言えば「いい男の日」にTwitterアンケート取ったんですよ。
カロルス・セデス・ルー・グレイで誰がいい男かって!爆笑したので興味のある方は覗いてみて下さいね!






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