551 初めての招待
「ムッムゥ~ムムッムゥ~」
「ピッピ~ピピッピ~」
朝の光を浴びて、ご機嫌な植物(?)たちが歌っている。葉っぱがゆさゆさ、尾羽がぴこぴこしている姿が目に浮かぶ。
上のベッドからは、二人の歌につられたらしい鼻歌が聞こえた。どうやらもう鍛錬を終えて帰ってきているらしい。シャ、シャ、という音は剣の手入れだろうか。
オレは間近に聞こえるたくさんの寝息を感じつつ、ぼんやりと目を開けた。
ぽむ、とお腹に軽い衝撃を感じたと思うと、ぽむ、ぽむ、と胸の方までそれはやってきた。
胸元でさらに弾んだ丸い桃色が、上を向いたままの視界を通り過ぎておでこに着地する。
『おはよう、さすがに今日は起きたのね』
ほんのりと温かいモモが、ふよふよとおでこで揺れる。
まだ、起きてないよ。まだ、とろとろとしたぬるま湯に浸かっていたい。
「ユーータッ!! ……あれ? 起きてる」
突如、大音量と共に勢いよく逆さまのタクトが現われ、悲鳴と共に飛び起きる。思わず寝ていたシロに乗り上げてしまったけれど、三角のお耳がぴこぴこしただけだ。
「寝てたよ!!」
美しき儚い微睡みの時間をぶち壊されて、思い切り枕を投げつけた。あんなにリラックスしていた心臓が、可哀想なくらいバクバクしている。
「じゃあ良かったじゃねえか。もう起きろよ」
片手で枕をキャッチしたタクトが、もう一方の手でベッドの縁を掴み、くるりと回って下りてきた。
「もう起きるところだったの!」
「そう~? ユータはいつもそこから長いと思うけど~」
今日はラキもちゃんと起きているみたい。オレも慌てて身だしなみを整え始めた。
だって、お出かけするからね!
「本当に一瞬で行けるのかな~? 楽しみ~!」
「俺はまたメイメイ様に訓練つけてもらうんだ!」
そう、オレたちは再び王都に行く手はずを整えていた。まあ、主にタクトのテスト勉強なんかの。
そろそろバルケリオス様の所へ行かなきゃ、下手すると向こうからやって来そうだったから。
「魔物減感作療法、うまくいってるかな?」
Sランクのくせに魔物がダメなバルケリオス様、モモたちのおかげで少しは慣れてきていたんだけど、しばらく間が空いてしまったから、元に戻ってなきゃいいな。
『あのメイメイちゃんがいるんだから、俺様きっと訓練は続けてると思う!』
メイメイ様は割と厳しいからね……。
王都へは転移の魔法陣で行けるのだけど、まずは転移魔法陣が設置されているロクサレンに帰らなきゃいけない。
「ロクサレンってどんなとこなの~? 楽しみ~!」
乱れる髪を押さえ、ラキがにっこり笑った。軽快に走るこのシロ車なら、ものの数時間でロクサレンに着くだろう。
「えっと、オレは好きだけど、あんまり何にもないんだよ……」
楽しそうなラキに、内心冷や汗が止まらない。だってロクサレンってただの田舎丸出しな村なんだもの。元々滞在予定はなかったのだけど、ラキがオレの家に来るのは初めてだったことに気付いて、まずはロクサレンで1泊して翌朝王都へ転移する予定になった。
「ど田舎だよな! だからエリの母ちゃんが療養に来たんだしさ!」
「まあね。最近は大分良くなってるみたいだよ!」
なんだか遠い昔のことみたいだけど、タクトとエリちゃん一家がロクサレンにやって来てからまだそう何年も経っていない。
「そりゃあユータがいるんだもの、良くなるよね~」
ラキの胡乱げな視線に、慌てて視線を逸らした。確かに回復薬は渡したけれど、きっと良くなったのは環境のせいだよ!
『そうね、生命の魔素が多くて、ごはんが美味しいものね!』
『それって、どっちもゆーたのおかげ? すごいね!』
モモのぬるい視線とシロのきらきらした視線が痛い。それだけじゃないよ! カロルス様たちが作り上げた信頼できる関係だとか、Aランクが守る安全安心な生活だとか!
『スオーは、好き』
振り返った蘇芳の大きな耳がはたはたなびいた。小さな頭をちょっと撫で、少し意外に思う。
「蘇芳は触られたくないから、あんまり好きじゃないかと思ってたよ」
マリーさんとエリーシャ様がかわいいもの好きだからねえ。無理に触ったりはしないけれど、落ち着かないんじゃないかと思っていた。
『嫌なら、ゆーたの中に戻る』
きょと、と首を傾げ、大きな紫の瞳がじっと見つめた。そうか、確かに。それに、蘇芳はカロルス様や執事さんがお気に入りだったね。
徐々に見慣れた景色が広がり始め、オレの口角も自然と上がる。
二人を連れて、我が家に案内なんて初めてだ。気持ちがそわそわとくすぐったくて落ち着かない。
何を見せようかな。どこに案内しようかな。
二人は、何が気に入るだろう。
ちらりと振り返ったシロが、にこっと笑った。
『ぼく、速く走るね! もうすぐ着くからね!』
ぐん、と速度を上げたシロ車に足をすくわれ、オレは左右から伸びた手にしっかりと捕まえられたのだった。
「ユータ様、おかえりなさいませ。タクト様、ラキ様、ようこそいらっしゃいました」
メイドさんらしい優雅な仕草に、二人がドギマギしている。
促されるままに扉を通り抜けた瞬間、勢いよくマリーさんが振り返った。『どうですか?! 完璧でしょう? 褒めていただけますよね?!』そのきらっきらした瞳が声なき大声でオレに詰め寄った気がする。それがなければ完璧だったと思うんだけど。
苦笑してこくりと頷くと、マリーさんはぱあっと笑顔を咲かせた。ひとまず、帰宅した途端に雄叫びを上げて駆け寄るメイドさんではなかったからヨシだ。
オレはもちろん、事前に根回しをしておいた。だって、みんな変わってるから、二人がどん引きしちゃうかもしれないし。
それに……。
「おう、おかえり!」
にっと笑ったいつもの顔で、大きな手がわしわしとオレを撫でた。うずうずする身体をなだめ、きりっと居住まいを正す。
「はい! ただいま戻りました!」
「んっ……!! か、変わりはなさそうだな。えー、二人の部屋はユータの隣に用意させているぞ」
バッと明後日の方向を向いたカロルス様に、思わず頬を膨らませる。ちゃんとして! そんなに震えちゃだめ!!
「はい! お気遣いありがとうございます!」
今度は後ろから吹き出す声が聞こえた。振り返ると、ラキが素早く目を逸らせた。
「ユータ、今日はなんでそんな言葉遣いなんだ? 変じゃねえ?」
不思議そうなタクトに、上品に微笑んでみせる。
「貴族のお家だからね、普段はこうなんだよ」
二人が滞在している期間くらい、誤魔化せるだろう。澄まして言ったオレは、タクトの台詞にぴしりと止まった。
「嘘つけ! お前、王都で普通にしゃべってたじゃねえか!」
「ゆ、ユータ、僕たち割と長い間王都で一緒に過ごしていたからね……」
……そうでした。
お家に来てもらうのは初めてだから、つい……。
「はっはは! あー腹が痛え。そうなるだろうよ!」
もう我慢しなくなったカロルス様が大爆笑している。分かってたなら、言ってくれても良かったのに!
むくれたオレをひょいと抱き上げ、領主様は自ら二人を案内し始めた。
「……抱っこしちゃダメって言ったのに」
「だから、もういいだろ? バレてんだから」
ぎゅうっと込められた力に、硬い胸板に押しつけられた頭が平べったくなってしまいそう。
揺れる髪がオレの額を掠め、大きな1歩で歩くたび、ことん、ことんと振動が伝わってくる。
しょうがないな、だってもうバレてるんだから。
オレはカロルス様にも二人にも見えないように、えへっと頬を緩めた。
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