550 おいしいかどうか
「ただいまぁ~」
濃厚な1日を過ごして寮に帰ると、既に帰ってきていた二人がそれぞれ手を止めて視線を合わせた。
「おかえり~。遅かったね~」
「おかえり! 飯食ってきたんだろ?」
こくりと頷くのももどかしく、ベッドへと転がり込む。今日はどこへ行くか分からなかったから、ごはんはいらないって言っておいたんだ。この様子だと二人も既にすませたんだろう。
「疲れた……楽しかったけど」
「妖精の爺さん、どこへ連れてってくれたんだ? 俺、聞いてもいいことか?」
タクトが瞳を輝かせてベッドへ乗り上げ、話をせがむ。タクトとラキならチル爺たちにも会ったことあるし、話しても大丈夫だろう。
気合いの抜け切った身体がベッドに溶けてしまいそう。心地良く漂う手足の疲労感が、じわじわ馴染んで広がっていくような気がする。
枕に伏せていた頭を上げ、ごろりとあお向いた。
「ふふっ! すごい所に行ってきたよ。それでね、冷たい滝に入ったり、踊ってワインを作ったり、ご馳走食べたりしたんだよ!」
「ご馳走?! くそ、俺も行きたかった!!」
「ダイジェストすぎるよ……これっぽっちも伝わらない~」
悔しがるタクトと、やれやれと首を振るラキ。
「チル爺にはね、いいお酒がないか相談してたんだ。プレゼントしたいヒトがいたから」
ふと、笑みを浮かべる。本当、それだけだったはずなのに、随分と想定外の事態になってしまったんだった。
『あなたが関わると、何もかも想定外の出来事になってしまうわね』
『想定外の楽しさ。きっとスオーのおかげ』
足を投げ出して座る蘇芳が、熱心にモモを揉んでいる。まるでパンこね職人みたいだ。全く動じないモモって、やっぱりみんなのお姉さんな気がする。
「俺にプレゼントはねえの? ご馳走は?」
タクトの興味は既にそこに行っているらしい。実はご馳走を持ち帰っているんだけど、こんな夜中に食べるものじゃないよね。
「タクト、話が進まない~。いいお酒が見つかったの~? でもその香りはお酒じゃないよね~?」
「酒じゃねえよな! それ、どっから匂うんだ? 甘いな」
タクトがフンフンと犬のように鼻を鳴らして顔を寄せた。
「え? まだ匂いがする? 洗ってきたんだけど」
足はすごいことになっていたので、洗うだけじゃなくて洗浄魔法をかけてある。むしろ足のブドウ臭は抜けているはずだ。身体は普通に洗えば大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり鼻が慣れちゃって気付かなかったみたいだ。
「帰ってきた瞬間から、すごく甘いよ~。ブドウかな~?」
ラキまで寄ってきてフンフンやり始め、たまらず二人を押しのけた。
「くすぐったい! そう、ブドウだよ! オレ、ワイン造りしてきたんだ! 知ってる? ブドウを踏んじゃうんだよ!」
がばっと身を起こして声を弾ませると、二人の目も輝いた。
「ブドウを?! 勿体ねえ!」
「うわあ、面白そうだね~」
しっかりと引き寄せられた視線に、満面の笑みを浮かべて両手を広げる。
「それも、チル爺たちの妖精の里で造ったんだよ!」
目を見開いた二人が歓声をあげた。そうでしょう、すごいでしょう!
いつか、二人も一緒に行けるといいな。二人ならきっと歓迎してもらえると思うんだ。
オレは二人の興味が尽きるまで、思い出せる限り今日の出来事を話して聞かせた。
「――おい、また寝てるぞ! ブドウは案外美味くて……なすびの味噌汁? ちゃんと起きて話せって」
「もっと詳しく~! 大槌の支柱はどのくらいって~?」
そう……二人の興味が尽きるまで、左右からゆさゆさ揺さぶられつつ……。
「ねむ……。今日は絶対にお昼寝しよう」
オレは固い決意を胸に、木漏れ日の満ちた湖のほとりで温かな影を探す。
いるかな? いるよね?
彷徨った視線が、明るい木陰でぴたりと止まった。ふわっと笑みを浮かべて駆け寄ると、一足飛びにダイブする。
「ルー!」
ああ、あったかい。しなやかな身体を覆う漆黒の毛並みは、今日も肌に心地良い。ほっぺと言わず、顔中でその毛並みを堪能し、小さな手を首回りのタテガミに潜り込ませる。
オレは既にルーを的確に堪能するプロフェッショナルだと思う。
衝動的に全身でその毛並みを味わうと、渇望が少し落ち着いた気がする。
深く長い吐息を漏らし、埋めていた顔を上げた。
「はあ~……ありがとう。ルーって本当癒されるよね」
不機嫌な金の瞳が、満たされて輝く笑顔をじろりと睨み付ける。
「勝手に癒しを得るんじゃねー! 癒した覚えはねー!」
いつも通りの不機嫌な仮面だけど、ルーも割とリラックスしているんじゃないかな。ほら、そのしっぽが。それに、こうして身体を預けると確かに聞こえる低い振動音。
これ、チャトはご機嫌でリラックスしている時に鳴ってるよ。ルーは違うんだろうか。
「オレはルーを撫でると癒やされるんだから、ルーもオレを撫でてみたらいいんじゃない?」
「なっ……どういう……!」
相当予想外だったのか、金の瞳が丸くなっている。
分からないよ? 案外、癒やされるかもしれないでしょう。
残念ながら、オレはもふもふしていないから効果は少ないだろうけど……ほら、スキンシップはストレス緩和に有効だって言うんだから。
「ほら、どうぞ!」
ルーの目の前に回り込むと、さあ、と両手を広げてみせる。
ずいっと鼻先に進み出ると、ルーは気押されるように首を引いた。
「いらねー!」
「遠慮なく! オレはいつも遠慮なく触ってるし」
いらないとは失敬な。へたっと耳を倒して後ろに下がっていきそうなルーに、むっと唇を尖らせさらに1歩踏み出した。
「う、るせー!」
がぶう! 限界まで首を縮めたルーが、追い詰められて反撃に出た。
「わ、ちょっと! ヨダレまみれになるよ!」
ものの見事に咥えられて手足をばたばたさせる。ちょっと楽しいけど、オレの思っていたスキンシップと違う。ほら、お腹にじわじわヨダレが沁みてくるよ!
もう! と首を捻って金の瞳を見つめると、してやったりと言いたげな顔で、あむあむとオレを噛む素振りをしてみせる。
大きな獣に咥えられながら、不思議なほどに怖くない。だって噛むはずないし、ルーはヒトだもの。
「オレ、おいしい? お味はどう?」
くすくす笑うと、べっと放り出されてしまった。
「うるせー! 本当に食うぞ!」
「えー、ちゃんと食べられる~? 生で食べるの?」
ルー、最初に会った時に人は食べないって言っちゃってたよ。
「食わねー! ゲテモノなんざご免だ」
「失礼な! きっと極上だよ!」
どんな生き物も大体子どもの方がお肉が柔らかくておいしいんだよ!
腰に手を当てて胸を張ると、肩に乗っていたチュー助が短剣へ飛び込んでいった。
『俺様はマズくていい! 特上のゲテモノでいい!!』
どうやら食べられるところを想像したのだろうか。
『スライムっておいしいのかしら……?』
『ぼく、あんまりおいしそうじゃないかも……』
モモの興味深い声音に、きっといつかスライムを食べるだろうなと思う。一方のシロはどうしてそんなにガッカリしているのか。
フン、と鼻を鳴らして横になったルーに寄りかかり、オレもいそいそとちょうどいい位置を調整する。
さあ、昼寝体勢はばっちりだ。
ふと、がっちりとした前肢が目に留まってにまっと笑った。
さりげなく抱えて顔を寄せ――がぶっ!
ビクッと跳ねた身体が愉快だ。弾かれたように頭を上げたルーが、かぶりつくオレを見てじっとりした視線を寄越した。
「…………何やってる」
「ルーが食べなくても、オレが食べちゃうかもしれないよ?」
はん、とあからさまに小馬鹿にした声がした。
前肢が取り上げられ、大きな舌が乱れた毛並みを整える。
「食えるもんなら、やってみろ」
どこか挑発するような声音に、それってやってみてもいいってことだろうか、なんて夢うつつに思うのだった。
げっそり…更新滞ってすみません!
だけどいっぱいいっぱい書いてましたよ!!どうぞお楽しみに~!
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