541 打ち上げ
ボスがやられたとみるや、残りわずかとなったモノアイロスたちは散り散りに逃げて行った。
巨大な群れにさえならなければ、元々森に住む魔物。冒険者さんたちも、そこまで深追いはしない。
魔物のいなくなった戦場を、さらりと風が抜けていく。
幾分かマシになった臭いの中で、笑顔で健闘を讃える冒険者さんたちを眺めた。
ああ、終わったんだな。
疲労を浮かべつつも朗らかな彼らの表情に、すとんと安堵して足下がふらついた。
今回は、オレたち側の勝利だ。だけど、次はオレたちが殲滅される側かもしれない。ヒトは、生態系の頂点じゃないから。
膝に手をついてふうっと息を吐いた。魔力を派手に使ったせいもあるけれど、きっとこの疲れはそれだけじゃない。
「抱っ……おんぶしてやろうか?」
一応タクトなりの配慮はしてくれたらしい。けど、どっちもご遠慮願いたいと首を振った。本当にふらつくなら、シロに乗せてもらえばいいことだし。
あまりここの魔素を取り込みたくないので、生命魔法水を口にして1度目を閉じ、しゃんと立ち上がった。
「あ! お前ら……! この、この、どうなってやがる! ふざけんなよ、こんな小さな成りでよぉ!」
突如抱え込まれ、力任せに締め上げられる。
今飲んだばっかりの生命魔法水が逆流しそうになって、思わず口元を押さえた。言動がどっちも悪者だけど、この締め上げはアレだ。俗に言う熱烈なハグってやつだと思う。
オレとタクトをまとめて抱え込んでいるのは、えーと、誰だかは知らないけど冒険者さんたちのリーダー格だった人だ。
「絞めるな! 潰れるだろう!」
魔物との戦闘よりも危機に陥ってもがいていたオレは、ひょいと太い腕から取り上げられた。潰れていた肺が空気で満たされ、すうはあと大きく深呼吸する。ちなみにタクトはまだ太い腕の中だけど、彼なら潰れたりしないから大丈夫だろう。
抱え上げてくれた人を見上げ、ぱっと顔を輝かせる。
「レイさん! 大丈夫だった?」
「ああ、この通り。ユータのおかげだ!」
端正な顔がふわりと緩む。随分と汚れてぼろぼろになっているけれど、しっかりと五体満足の姿を確認して、オレも笑みを浮かべた。ロシアンルーレットを使って以降、レイさんの姿を見失って心配していたんだけど、この2人はどうやらパーティメンバーだったらしい。
「全く、今日の私は最高の働きをしたと自負しよう。何せ、君たちをここへ導いたのだからな!」
誇らしげに高々と掲げられて、オレの短い足がぶらぶらしている。
あの、多分だけど……どう見ても『高い高い』だからやめてほしい。
「おう、でかしたぞ。お前を使いにやって正解だったな! 戻ってくるとは思わなかったが!」
「戻ってくるに決まっている。ハンク……私だけ逃がそうとするな」
じろりと睨まれ、ハンクと呼ばれたリーダーさんが気まずげに笑って頭を掻いた。
「ま、何はともあれ、今回の成功はお前たちのおかげだ! 町に帰って打ち上げやろうぜ! 当然奢りだ! ……っつってもお前らの飲み食いする分なんて知れてらぁな!」
顔いっぱいで笑うハンクさんに、オレとタクトも瞳を輝かせた。打ち上げ! 冒険の後にお酒を飲むやつ!!
二つ返事で承諾しようとして、はたと止まった。
「行きたいけど……シロたちにもおいしいごはんあげたいから……」
オレだけ先に楽しむのは申し訳ない。シロはお腹空いていたみたいだしね!
『ありがとう! だけどぼく、がまんできるから大丈夫だよ!』
健気にしっぽを振るシロだけど、オレはまたの機会にしよう。せっかく頑張ってくれたんだから!
「オレは召喚獣のみんなとごはん食べることにするね!」
少々眉を下げてへらりと笑ったところで、がしっと頭に手が置かれた。
「心配いらねえよ、冒険者酒場だぜ? このワンコロぐらい問題ねえよ! もっと見た目のおどろおどろしいやつはさすがに勘弁してくれって言われるけどな!」
「えっ? いいの?!」
『本当?!』
水色の瞳が南国の海のように煌めいた。シロは人が好きだもんね、本当はいつも大勢が楽しそうにしている所に入りたかったんだろう。
「じゃ……じゃあオレも行く!」
ぱあっと満面の笑みが浮かぶ。上がる口角が隠せないオレに、ハンクさんとレイさんが目を細めて笑った。だって、依頼が終わったあとに酒場でわいわいやる……すごく、やってみたかったことだ!
がしりと肩を組んで、タクトがにっと笑う。
「よーし、じゃあさっそく――いてっ!」
つんのめったタクトに目を瞬かせる。あれ? そう言えばラキは――あっ。
狙撃塔の上から見事な射撃をかましたラキが、遠目にも分かるほどじっとりとこちらを見つめていた。
「――ご、ごめんって! だって階段とかつけたら魔物も登ってきちゃうし! ラキも階段なら作れるでしょう?」
慌てて塔に駆け寄ると、階段を作るより先に、シロが壁を駆け上がってラキを下ろしてくれた。うっすらと微笑む口元が、ことさらに怖い。
「僕、割と魔力消耗してるんだけどぉ~? 見てないかもしれないけど、結構な数討伐してるんだけどなぁ? それで2人とも、僕を置いてどこへ行こうとしてたのかなぁ~?」
ああ、執事さんみたいだ。ひんやりしたオーラに背中がぞくぞくする。
うちのリーダーは、結構怖い。オレはふるふると震えるタクトと、青ざめた顔を見合わせたのだった。
人がいっぱい。ものすごくうるさくて、いい匂いもそうじゃない臭いもごちゃまぜで、みんな笑ってる。
人の声が多すぎて、もう、なに言ってるか全然わからない。食べたものがおいしいのかどうかも、よく分からなくなってきた。
椅子が足りなくて、みんなテーブルに座ったり人の上に座ったり、めちゃくちゃだ。オレたちも子ども椅子なんてないんだし、床に直接座っている。安定しているはずなのに、ふわふわと波間を漂うような楽しい気持ちがいっぱいで、勝手に笑み崩れてしまう。どうにも堪らなくて、ひとりコップを振り上げた。
「かーんぱーい!」
ぱちゃんと中身が飛び散って、飛沫が冷たい。それすらも可笑しくって、けらけらと笑った。
「おう、ちびちゃんご機嫌だな! 乾杯!」
「うん! 知らないひと、かんぱい!」
誰だか知らないおじさんが、陽気にコップを合わせてくれた。ついでにわさわさと頭と言わず顔と言わず撫でられ、くすぐったくて首をすくめる。またもやぱしゃっと中身が跳ねて、甘い香りが広がった。
確信を込めて思い切り後ろへ倒れ込むと、思った通り、オレより少し大きな背中が揺るぎなく支えてくれる。それが嬉しくて、悔しくて、小さな手でぱちぱちと叩いて笑う。
「お、おい、ユータ?」
「んふふっ! なあに?」
のぞき込むタクトの訝しげな顔が可笑しい。こみ上げる笑みを抑えようと、こくっと両手で抱えたコップをひとくち。
「お前、何飲んでんの?! 酔っ払ってねえか?!」
「ないよぉ! お酒飲んでないもの!」
頬に添えられた手が冷たくて心地良い。えへっと笑うと、見つめる瞳が困惑に揺れた。
と、両手の中が急に軽くなった。
「あ……オレの、だよ!」
取り上げられたコップに手を伸ばすと、身体がふわりとする。そのままコップを持つラキを抱えるように捕まえた。
「オレ、まだ飲むよ!」
ラキが飲んでもいいけど、残しておいてね! オレの飲み物の臭いを嗅ぎながら、ラキの手がぽんぽんとオレの頭を抑える。力の入らない手が滑って、べしゃりと床――じゃなくてラキの膝へ崩れ落ちた。
「ユータはそのまま寝ておいで~。これ、ナッツビアだね~」
言いつつラキはコップの中身を一気にあおった。ああー! オレのなのに! 全部飲んだでしょう! そう抗議したかったのに、とろとろと世界が溶け出していく。
「はあ? ナッツビア? なんでそれで酔っ払うんだよ?」
「子ども用だけど、すこ~しだけ酒精があるらしいよ~?」
2人の会話すらくすぐったい気がして、ほやほやと笑う。ため息を吐いたラキが、オレの髪から頬へ手を滑らせた。ラキの手も、冷たくて気持ちいい。
「でも子ども用だろ? 俺だって飲むけど、風味だけじゃねえの?」
「だけじゃなかったみたいだね~。あっつあつになっちゃってるよ~」
「真っ赤だもんな。ナッツビアで酔っ払うなんて……。危ねえなぁ、俺らがいねえとこいつ本気で危なくねえ?」
タクトがオレのほっぺをつまんで顔をしかめた。お兄さんぶったしかめ面に、んふっと声が漏れる。
2人とも、背伸びしたってまだまだ子どもなんだから。
オレがちゃんと守ってあげなきゃいけない。タクトの手をきゅっと握り、ラキの手を捕まえ、ほうっと安堵して笑う。
ほら、安心するでしょう? これで大丈夫、って気がするでしょう。
2人を捕まえ、オレは満足してまぶたを落とした。
ナッツビアはキャラメルナッツみたいな甘~い飲み物。使われるナッツ自体にごくごく微量のアルコールが入っているそう。きっとユータはノンアル飲料でも酔っ払いそう(笑)
ところで「ロシアンルーレット」魔法、どこがルーレット?!ってツッコまれるかと思ってヒヤヒヤしてましたけど皆様お優しかった!ホントは「ガレット・デ・ロワ」にしようと思ってたんだけどあまりに知名度が低いから急遽変えたんですよ…『幸せ』じゃないですしね…






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