540 縁起でもない魔法
飛びすさった魔物とにらみ合う中、半信半疑の視線が集まった。
「そんなワケねえだろ?! 見た目は何も変わってねえし、強めのボスってだけじゃねえのか?」
肩で息をする彼は、『野郎ども~』って反撃ののろしをあげた人だ。リーダー格みたいだから、きっとCランクなんだろう。
あれが向こうのボスなら、この人がこっちのボスだろう。
「でも他のとは全然違う、魔法が通らない~。他のはこんなに簡単に通るのに~」
言いつつ、冒険者さんの背後を狙っていたモノアイロスを撃った。きれいに眉間への一撃で仕留めたラキに、明らかに周囲が引いている。
「あいつ、めちゃくちゃ力強いぞ! 防御に自信ないと危ねえかも。お前だとぶん殴られたら木っ端微塵になるんじゃねえ?」
ふう、と息を吐いたタクトが腕をさすった。それはつまり、タクトもオレを木っ端微塵にできるってこと? そんなわけないよね、と思ったところでマリーさんとエリーシャ様が脳裏をよぎって口を閉じた。できる。絶対できる、もしくはできるようになる。もしやタクトって剣より体術を習う方がいいんじゃ……。
そんなことを考えるうちにも、冒険者さんたちがじりっとボスを囲み始めている。
いくら強くても、この数の冒険者がいるなら問題ない。それにアリゲールの時より感じる気配が小さいもの、脅威度はあれより低いはず。
油断なく囲みを完成させようとした時、他のモノアイロスたちの動きが変わった。
「くそ、守ろうってのか!」
残った全てのモノアイロスがどんどんボスの周囲へと集まって来る。負けじと冒険者さんたちも集合するけれど、いかんせん元々の数が違う。もう、囲みの中はぎゅうぎゅうの満員電車状態だ。
「あ……見失っちゃう!」
「ちいっ! 逃げる気か?!」
慌てた冒険者さんがボスを狙うけれど、怒濤のように押し寄せる魔物の壁に阻まれてしまう。みるみる埋もれていくボスが、オレたちを嘲笑ったように見えた。
と、鋭い音と共に、群れの中から微かな悲鳴が響いた。
「左耳~! 左耳が欠けたモノアイロスがボスだから気をつけて〜!」
「よっしゃ! ラキナイスだぜ!」
さすがラキ! 小さな目印ではあるけれど、ないよりはずっとましだ。
「頑張っても耳くらい~。アリゲールよりは固くないけど、剣で切れるのかな~?」
相当集中して撃ったらしく、ラキはオレたちの後ろで目を閉じてこめかみを揉んでいる。信頼してもらって嬉しいけど、今、モノアイロスの集中攻撃受けてるよ?
「みんな避けてくれたら大きい魔法使えるのに」
「これ、全部倒さなきゃボス倒せねえってやつ?!」
倒しても倒しても押し寄せてくる魔物にうんざりとため息をつく。特にラキが狙われているので、オレたちへの攻撃は割と激しくなっている。
「どっちにしても殲滅戦だったんだろうけど~、それよりも――」
「ぐあっ!」
悲鳴と共に吹っ飛んだ大きな身体が、木へぶつかって止まる。慌てて駆け寄った側を、もう一人吹っ飛ばされた人が転がった。
「ボスだ! 気をつけろ、囲め!」
「一対一になるな!」
左耳の目印のおかげで、対峙した瞬間に構えることができている。できているけど、致命傷を防ぐことで精一杯だ。すぐに他のモノアイロスに紛れてしまって、ボスに攻撃を集中することができない。
「くっそ! ボスを見つけたらCランクで囲め!」
「どこにいるか分かんねえよ!!」
いたぞ、の声も悲鳴もあちこちで聞こえるように思う。囲い込みさえすればなんとかなるのに……!
「あっ……」
方法があるかも! だけど、危険もある。
「ぐうっ!!」
また1人、ボスにやられたらしい。危険はあるけれど……やった方が被害は少ない!
「行くよっ! 大きい魔法使うからっ! ボスがいたら、教えてー!!」
懸命に声を張り上げ、びたんと地面に手を着いた。
「ロシアンルーレット!!」
ズッ、と地面が震動した。オレのイメージに沿って、みるみる土壁が立ち上がっていく。こうなると、モノアイロスが一所に集まってくれていたのが助かるくらいだ。
オレは蜂の巣のように、なるべく小さなブロックで冒険者さんごと区画分けをした。この中のどこかに、ボスがいる!
「う、うわあ?! こ、ここだ! 助けてくれ!」
『分かった!』
「行くぜ!」
声をかける間もなく、三角のお耳をピッと立てたシロが飛び出した。その背にはタクトを乗せ、あっという間にボス区画へ飛び込んでいく。
分かった、そこだね! ふらりとしそうな身体を立て直し、ボス区画を除いて全ての壁を崩してみせる。
「ボスは、あそこ!」
誰の目にも明らかな土壁を目指し、冒険者さんが集結していく。
「Cランクで囲め! Dは囲いの外で他を倒せ!」
リーダーさんが指揮をとってCランクが土壁を囲み、Dランクが背中を合わせるように外へ向かって囲んだ。
「崩すよ!」
「おうっ!」
気合いの入った腹からの声が応え、冒険者さんたちが崩れた土壁へさらに包囲の輪を縮めた。
土埃が収まると同時に、一気に掃討戦が始まる。Cランクにとって普通のモノアイロスは雑魚だもの、囲みの中に取り残された魔物はみるみる数を減らしていく。
「ユータ! こっちだ!」
タクトの後ろには怪我人がまとめられ、シロが守りを固めていた。幸い大怪我はないようで、安堵しつつまとめて回復の光に包み込んだ。
「あれ、ラキはどうした?」
「モモとあそこにいるよ」
「……派手にやってんなぁ」
物見台のように高い土の柱の上、気付いたラキが手を振った。
スナイパーはやっぱりこうでなきゃ。落ちたら危ないので頂上にはぐるりと壁を立ち上がらせている。そんな工夫をしていたら余計に魔力を食って、少々疲れてしまった。回復術師として活動するときは、なるべく他の魔法は使わない方がいいかもしれない。
「で、ボスの方は……大丈夫そうだな」
「加勢に行かなくても良さそうだね」
完全に包囲された中、ついに一匹だけ残ったのは、左耳の欠けたモノアイロス。おそらくBランク相当の魔物になっていると思うけど、ここまでCランクが揃って囲んでしまえば勝機は見えはしない。
「とどめを刺すとこまでやりたかったけどな!」
「もう十分目立っちゃったよ」
もはや袋だたき状態の戦闘を見やって、オレたちは顔を見合わせDランクの囲いへと駆け出した。
右手で一閃、勢いのままくるりと回って左手で一閃。返した両手で正面へ突きを放つ。囲いの外のモノアイロスも、着々と数を減らしている。ここまでくればもうあとは時間の問題だ。
「ボスを仕留めたらそれで終われそうだね。あとは――」
「うまいメシ!!」
袈裟懸けに切り下ろしたタクトが、肩越しに視線を寄越してにっと笑った。
オレもつられてふわっと笑う。そっか、そうだね。何を食べるか考えなくちゃ。さすがにこの場には20人以上いるからみんなでってわけにはいかないかな。ギルドへの報告も行かなきゃいけないし。
つい、カサカサになった唇を舐めた。
まずは、冷えたレモン水で乾杯。今まで気に留めていなかったのに、ひりついたのどがこくりと鳴る。
次は、次は――。お肉たっぷりのサンドウィッチをがぶり、だろうか。それとも腸詰めを炙って、滴る油ごとパンで挟んで――。
「ユータ! 考えてたら腹減った!!」
盛大なしかめ面で、タクトが振り返った。その汗と泥と血にまみれた顔に、周囲の血なまぐささを思い出して瞬いた。
こんな地獄みたいな中でも、お腹って空くんだな。こんな場所でもお腹が空くようになったんだな。
まるで、もっと生きようとするみたいに。
こんな中だからこそ、余計に生きたいと思うんだろうか。
その時、わあっと内側から歓声が聞こえた。
見上げたラキが、囲いの中に目を凝らし、ぐっと親指を上げる。オレたちも思わず口角を上げて拳を振り上げた。
戦闘の終わりを感じ、どうしようもなく鳴り出したお腹を押さえて苦笑する。
そう言えば三大欲求に「生存欲」ってないんだな、なんて思った。






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