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もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた【Web版】  作者: ひつじのはね


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538 酔狂な回復術師


逃げようか。

そんな考えが男を掠めては消える。

消してるんじゃない、消えてしまう。必死の攻防に、そちらへ考えを回す余力がなくて。

全力の戦闘とは、一体何時間続けられるものなんだろうか。むしろ、自分がここまでやれることに驚いていた。手持ちの回復薬などとうに尽き、周囲も大差ない状況に思える。


どこで拾ったのか、魔物が振り回す剣は、半ば欠けた無残な有様だった。持っているものが剣でも棒でも大差ない。

けれど、何の技術もなくとも、モノアイロスはただ力が強い。振り下ろされたぼろぼろの剣を受け止め、疲労にぐらついた。

ここぞとばかりに再び無造作に振りかぶられた剣は、突如目の前に迫った。

あり得ない、この至近距離で剣を投げるなんて。崩した体勢で剣を払いのけたのが先か、右腕に痛みと重量を感じたのが先か。

モノアイロスにとって剣など、石や棒きれと同じ。最終的に相手を死に至らしめるのは、己の身体が一番確実な武器になる。


「くっ――そがぁ!!」

右腕を持って行かれる恐怖よりも、押し倒される恐怖の方が強い。戦闘中に背中を地面につけてしまうこと、それは大体が終わりを示す。食らい付かれた右腕をそのままに、払い腰の要領で地面へ叩きつけ、同時に左手でナイフを突き立てる。

死んだか確認などしない。陰った頭上を見上げるより早く、抜いたナイフを振った。ざあっと降る液体と重い手応えに、思ったより深く刃が通ったことに安堵して次を見据える。自分からか、浴びたものか、滴る生臭い臭いは、既に辺り一帯に充満していて気にならなかった。

右腕の状態は見ない。どうせ、動かないし、長剣はきっと持っていない。今、それどころではなかった。

圧倒的に短くなったリーチに、男はまるでモノアイロスのようにめちゃくちゃにナイフを振り回して牽制する。

魔物が、近すぎる。逃げられない。

避けきれない刃が、棒が、爪が、徐々に身体のあちこちを掠めていく。

考えるのはただ、死にたくない。それだけだった。


ぼやけてくる世界の中、見えるのは黒ばかり。大ぶりになったナイフの軌道から、黒いものが消えた。

「――?!」

足を掴まれたと気付いた時には、視界が魔物の群れから青空へと変わっていた。どすん、と背中からの衝撃と共に意識が飛びそうになる。

青い空に黒い魔物の顔が大映しになった時、確かに聞いた。空気を切り裂くような遠吠えを、魔物たちのどよめきを。

朦朧とする意識の中、これで最後とばかりに魔物にあてがった左手を引き切った。勝利を確信し、気を逸らせた魔物が悲鳴をあげて男の上から転がり落ちる。


――回復が必要なら……呼んで。

場違いな声が聞こえた気がした。

流れが、変わる。暗く蝕むようだった空気が塗り替えられていく。

そうか、回復術師が、増援が来たらしい。戦場に来る酔狂な回復術師がいたなんて、驚きだ。

少々、遅かったけれど。

「ユー……タ?」

おぼろげに聞こえた高い声は女のようだったが、これなら男の名前だろうか。

だけどどうやら今、早急に自分に必要なのは、回復よりも盾か剣らしい。目の前で剥かれた牙を見つめ、弱々しく左手のナイフを上げた。


瞬間、横切った白い風にナイフが弾き飛ばされ、黒かった視界が白銀と青になった。

「来たよ!」

『あ、ごめんね。包丁蹴飛ばしちゃった』

頬に添えられたふくふくとした柔らかな感触。どう聞いても高い声に、男は閉じなかった瞳を瞬いた。

青空を背に、のぞき込んだのは間違いなく幼児だった。

声をあげようとして、しかし、もうどんな疑問も言葉にはならなかった。


痛ましげに潤んだ瞳が、ひたりと男に視線を合わせる。漆黒の瞳も、はらりと落ちた髪も、今の今まで文字通り死ぬほど見ていた色なのに、全く違う色に見えた。

誰かに見守られながら逝くのは、存外いいものかもしれない。男は、どことなく満足する自分を感じた。

「……回復するからね!」

もういいか、とまぶたを下ろそうとした時。頬に触れた手から、とぷりと湯に浸かったように全身がぬくもりを帯びて緩んでいく。急激にクリアになっていく思考についていけず、男はぼんやりと漆黒の瞳を見つめて目をしばたたかせた。


「ついで!」

にこっと微笑んで頬から手を離した幼児は、そのまま両手を天に伸ばしていっぱいに広げた。

ふわっと広がった光は、周囲の冒険者まで包み込む。傷や疲れとともに、萎れた心が再び顔を持ち上げるのを感じた。士気が上がる瞬間を見た気がした。


何でもないように、ふう、とひと息吐いた幼子が、立ち上がって膝をぽんぽんと払う。

冗談のように小さな手、小さな足。まるみを帯びた頬に、水分がこぼれそうな口元。大柄な冒険者の中で、それはまるで動くぬいぐるみのようで。

「――っ危ない!」

幼子に向けて振り下ろされたこん棒に、呆けていた男は跳ね起きた。踏み込みと共に、腰へ伸ばした右手が空ぶって呼吸を止める。……剣が、ない。

生死を分ける一拍に、息を呑んだ。


「危なくないよ!」

ほんの僅かに身体を開いた幼子を掠め、叩きつけられたこん棒が地面をえぐった。思わず安堵した次の瞬間、モノアイロスの首が前へ転がり落ちる。男と一瞬絡んだ1つしかない目は、地面に転がって光を失う瞬間まで、勝利を確信していたように見えた。

次いで、軽い音と共に空中にあった小さな体が着地する。見上げてくる漆黒の瞳は恐怖も高揚もなく、ただ静かな湖面のようだった。


「大丈夫?」

呆然と頷く男に、犬がしっぽを振ってナイフを差し出した。

思わず受け取ったものの、きらきらする水色の瞳に、何かを期待されている気がして戸惑ってしまう。苦笑した幼子が違うよ、と撫でると、心なしか振られたしっぽが下がった気がする。何か間違ったのか。何が違ったのか。あからさまに輝きを減らした瞳に、落胆されたことがありありと伝わって、ひとまず弁解したくなる。何に対してかは分からないが。


と、少しへたりとしていた三角耳がピンと立った。

「うん、行こう!」

駆け出すのが先か、騎乗するのが先か。一瞬手を振った幼子の幻影を残して、彼らは視界から消えた。


* * * * *


さすがは、Dランククラスの冒険者たち。この状況でよく踏ん張っている。

士気が上がった影響で冒険者たちが後退から前進を始め、戦線が乱れ始めた。混戦になりつつある最中、声を張り上げながら戦場を駆ける。

「ユータだよ! 回復が必要なら呼んで! 助けてって言って!」

助けを呼ぶ声は、シロが拾ってくれる。オレも探すけど、自分が危ないと思ったら声を上げて! できるでしょう、Dランクなら。回復の蝶々はオレの最終手段。必要なら使うけど、必要ないなら使わない。


忙しく周囲に向けられていた三角の耳が、ぴくりと動いた。同時に、オレも消えそうな光をレーダーで確認する。

『間に合う』

白銀のラインとなったシロの背で、蘇芳の静かな声が聞こえた。大丈夫、蘇芳がいる。上手くいく。


「来たよ!」

シロは周囲の魔物を吹っ飛ばして、ギリギリで割り込んだ。間に合った安堵もそこそこに、すぐさま回復魔法を発動させる。

ややあって飛び起きたところを見るに、もう戦うも下がるも可能だろう。

ただ、丸腰はまずい。武器はないかと周囲を見回した時、シロがナイフを差し出した。わざわざ探してきたみたいだけど、ナイフよりはそこらに落ちてる長剣の方がいいんじゃ……。

受け取る冒険者さんも微妙な表情だ。

『包丁、持ってきたよ! 多分、この魔物は美味しくないと思うけど……上手にお料理できたら分けてほしいな!』

嬉しげなシロに、かくりと力が抜けた。


そ、そっか。包丁……お料理する人だと思ったんだね。確かに、オレが料理に使うナイフや包丁と似たサイズかもしれない。

『違うの……? 前に臭いお肉も美味しくなったから……』

シロは臭いライグーが絶品料理になった衝撃を覚えていたらしい。オレはどうも……いくら美味しくなったとしても、こういったヒトっぽい魔物は食べられそうにない。

勝手に期待して勝手にガッカリされた冒険者さんが何か言いたげな顔をしているけれど、説明の間もなく再び三角のお耳がピクリと反応した。


『ユータ! 呼んでる!』

「行こう!」

戦闘が終わったら、たくさんおいしいお肉を食べさせてあげよう。

鼻が麻痺しそうな生臭い臭気の中、そんなことを考えた自分に少し眉を下げて苦笑した。



ほのぼのを書きたいときにバトルを書かなきゃいけない巡り合わせ…



皆さまもう書籍9巻表紙ご覧になりましたー?!

カロルス様めっちゃカッコよくないですか?!そしてシロと蘇芳かっわいい!!

今回もすっごく素敵な表紙です〜!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美味しいお肉食べさせて上げて!
[一言] お疲れ様ですm(_ _)m シロちゃんや…ここで、包丁…料理… なんか違う…
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