526 清流
「ねえチャト、どのあたりがいいと思う?」
旋回するように飛びながら目を凝らす。あんまり上流まで行くと二人が大変だし、川幅も狭くなっちゃう。この辺りで寛ぐスペースがあって、日陰もあれば最高だね。
「……ここ。おれはここにいる」
チャトは言うなり降下を始めると、大きな岩の上へ降り立った。
「本当だね! ここ良い場所だね!」
滑らかに扁平な岩は、小部屋ほどの広さがあって上で寛ぐにはちょうどよさそう。場所によっては直接水面へ足を浸けられそうだ。さらには張り出した大きな木が、岩の中ほどに貴重な日陰を提供していた。
清流を覗き込めば、蒼く揺らめく底石がよく見える。流れも緩やかそうだし、深さもある!
さすが、チャト! 素敵な場所を見つけるのはお手の物だね。
「よし、じゃあ2人を迎えに――チャト?」
さあ、と振り返るとチャトがいない。にゃあ、と聞こえた声を頼りに視線を走らせると、抱っこサイズに戻っていた。ささやかな木漏れ日の当たる特等席、そこで手足を折りたたんで目を閉じ、すっかり寛ぎモードだ。
「チャト……? 2人を迎えに行きたいんだけど……」
『行ってきたらいい。おれは構わない』
うん……そうなんだけどね。オレは構うって言うか……。
仕方ない、歩いて戻ろうかと思ったところで、賑やかな声が近づいてきた。
『ここのお水、冷たくて気持ちいいねー!』
「最高だぜ! もっと深い所行こうぜ!」
「びしょ濡れになる~! シロ、河原を走って~!」
どうやらシロが連れてきてくれたようだ。盛大に水しぶきをあげて駆けてくると、ぼたぼたと雫を滴らせて満面の笑みを向けた。2人を下ろすやいなやビビビッと身体を振ったもんだから、渓谷には2人の悲鳴がこだました。
『楽しいね! 暑いと、走った時気持ちいいよ! お水に入った時気持ちいいよ!』
振り回されるしっぽからは七色の水滴が飛び散って、全身からは溢れんばかりの『楽しい』が伝わってくる。淡いブルーの瞳はこの清流のように澄んで、きらきら輝いていた。
「いいな! オレも早く遊びたい!」
チャトがいい場所を見つけてくれたから、もう新たなプールを作らなくてもいいんじゃないかな。あまり魔物の気配も感じないし。大急ぎで水中装備に着替えたところで、不満の声が上がった。
『主、ちゃんとプール作って! 俺様とアゲハが遊べない!』
『スオーも、プールがいい』
ええ~……もう、仕方ない。
「じゃあ、いくよ! ラキ、タクト、そっちにいてね! せーーのっ!!」
とっとと作ってしまおうと、河原に手を着いて一気に魔力を流した。せっかくだから、チュー助たちだけじゃなくてオレたちが遊べるように。
場所が狭かったので25mプールとはいかないけれど、割と大きなプールになったんじゃないかな。あとは川から水を引いて、さらに下流へ流す排水路を設ければ――完成! 最近、大きな魔法が使いやすくなっている気がする。もしかして、これもオレが大人に近づいてるってことで――
――きっとラ・エンの影響なの!
……あっ。そうか、そうだった。ラ・エンに加護をもらったんだっけ。嬉しいような、ちょっぴりがっかりしたような。
『ここ? あえは、ここはいる?』
『アゲハ、まだまだ! ここにお水がいっぱいになったら遊べるぞ!』
アゲハとチュー助が待ちきれずにソワソワしている。ちょろちょろと流れ込む水では、中々時間が掛かりそうだ。ここは大型魔法担当に頼んでおこう。
「ねえラピス! お水が貯まるまで待てないから、ここにたっぷり入れられる?」
――おやす……おやすみゴローなの!
ラピス、直ってない、直ってないよ。『おやすいご用』でしょ?
「きゅーっ!!」
どばしゃあああ!!
一瞬でプールからあふれ出した大量の水が、津波となって準備体操していたオレを押し流した。
突如波に攫われもがいていると、周囲がとびきり冷たい水に包まれる。きりりと身の締まるような水の気配に、川まで流されたことに気付いた。
「ぷはっ?!」
ぐるぐる回ってどこが上かも分からずじたばたしていたオレは、圧迫のなくなった周囲を感じて大きく息を吐いた。
『お水、溢れちゃったね』
ラピスはすごいねえ、と笑ったシロが、オレを水中から拾い上げ大岩の上へに押し上げた。た、助かった……。
「うおー! 危ねえ! ラピス、やり過ぎ!!」
「僕、死んじゃうよ?!」
あっちはタクトがラキを抱えて無事に避難していたようだ。
――普通そのくらいで死なないの。大丈夫だと思うの。
あのねラピス?! 普通、人は割と簡単に死んでしまうんだよ?!
まあ、オレが頼んだのが悪かったけども。
ティアは大丈夫かと視線をやれば、いつの間にか退避していたらしい。チャトの背中に埋もれてうとうとしている。割と不安になる絵面だけど、大丈夫だろうか。
『俺様遊んでくるー!』『あえはもー!』
2人には大きすぎるプールだけど、これも大丈夫だろうか。
『スオー、見ていてあげる』
『下流の方見張りついでに、注意しておくわ』
蘇芳とモモがお守りをしてくれるなら安心だ。それに、モモはオレたちのお守りもしてくれるらしい。
『じゃあ、ぼくは上の方で遊んでるね!』
フェンリルが上流にいるなら魔物の心配はまずなさそうだ。
「いくぜー!」
間近で激しく水しぶきが上がった。一瞬明るい髪色が蒼の中に沈み込んで、真っ白に包まれる。
「つめてー! 気持ちいい!」
ぶるる、とシロみたいに水を振り飛ばし、お日様みたいな笑顔を浮かべた。タクトは本当にお日様がよく似合う。
「いいな! オレもやるー!」
岩からの飛び込み、昔はよくやったもんだ。橋の上から飛び込むような場所もあるって聞いて、うらやましかったっけ。
「行くよー!」
温かい岩を蹴って空中へ飛びだした、一瞬の浮遊感。ざん、と視界が白くなり、泡に包まれる感覚。身体がふわりと重力から解放される瞬間。
これでしか得難い心地よさに、ひとりでに口角が上がり、こぽりと泡がこぼれた。
きらきらと透明の泡が浮かぶのを追って名残惜しく浮上すると、二人がほっと肩の力を抜いた。
「溺れたりしないよ!」
泳ぐのは得意な方なんだから! 心配しないで!
「そうは言っても、なあ?」
「無理な話だよ〜」
そんなお兄さんぶったって、二人だってまだ子どもなんだから。
「いいよ、じゃあオレは二人の心配するから!!」
それでおあいこだね。ふふん、と胸を反らせば、二人は大いに笑ってオレを撫でたのだった。






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