522 お話がまとまったようで
木製のカップによく冷えた果物ジュース。オレたちは何度目かの乾杯をして中身をあおった。
とろりとした果汁が、浮かれた身体をほどよく冷やしていく。
「お……おめでとう……くそー!」
「ユータたちがDランク……や、分かってたけどさ!」
「ついにこの時が……」
今日は『草原の牙』が奢ってくれると言ったものの、ニースたちはテーブルに突っ伏してどんよりとしている。彼らはずっとCランクへ挑戦しているものの、まだランクアップには遠いらしい。
オレたちは先日の試験を好成績でクリアし、無事に彼らと並ぶDランクとなった。
「はあ、こりゃCランクもお前らに先越されそうだな! ほら、食え食え!」
押しつけられるままに骨付き肉を受け取り、むちっと囓った。ふんわりと香草の香りがする。きっと香草をつけ込んだオイルでマリネしてあるんだな。さすがは『鍋底亭』だ。
「実力的に明らかに君らの方が上って分かってるのよ? 分かってんだけど……このーーっ!」
「こんなに小さいのに」
ルッコとリリアナにかき混ぜられた髪の毛が、もさもさと逆立った。
「兄ちゃんたちは、なんでランクアップできねえんだ?」
料理を頬ばりつつ素直に口にしたタクトに、オレとラキが思わず口に入れた物を吹き出した。
「なんでって……実力が、ないのよおぉー!! 言わせないでっ!」
「おーまーえー! 言っとくけどなぁ! 普通はそんなほいほいランク更新していけるもんじゃないんだからな!! 俺たちの出来が悪いんじゃねえーから!」
「……まあ、それは何の擁護にもなってない」
失言したタクトは両側からほっぺを引っぱられて涙目になっている。うむ、甘んじて受けたまえ。
だけどニースたち、ちょっとパーティが偏ってるからなあ……。まずそこをなんとかしないといけないんじゃないだろうか。魔法使いがいないCランクパーティっているのかな? せめて魔法剣とか、魔法系統を使える従魔とか……物理攻撃以外の手段も必要じゃないかな。
「Bランクとか言わねえからさー。Cランクにはなりてえよぉー」
「そんなこと言ってるからランクアップできないんじゃない?! 目指すならAランクとかさ!」
「無謀な目標」
一滴も飲んでいないはずなのに、まるで酔っ払いみたい。泣きながら頬ずりするニースを押しのけ、乾いた笑みを漏らした。
「ほら、これは店の奢りだよ! あんたらも情けない顔してないで食べな!」
でんと無造作に置かれた大皿には、幾何学的な模様を描いて小さな焼き菓子が並べられている。
「わあ、キルフェさんこれ新作? 美味しそう!」
「そ、ぼうやはさすがだね! こないだ森で木の実がたくさん採れたからさ!」
これはクルミかな? クッキー生地に立派なクルミがひと粒ずつ乗った、ごくシンプルなお菓子だ。フロランティーヌみたいなものだろうか。クルミは丁寧にキャラメリゼされて飴色に艶めいている。オレの知るフロランティーヌより生地が薄いのは、この立派なクルミを味わうためかもしれない。
500円玉より少し大きいくらい。ちょうどこの大きなクルミと同じ大きさに成形されているのも、形を残してキャラメリゼしたこだわり故だろうか。
カリリ、歯を立てると小気味よい歯ごたえと甘みが広がる。微かな苦みと塩気が対を成してそれを引き立てるのは、さすがプレリィさんだ。バターとくるみの香りがあとから鼻を抜け、素朴なお菓子が腕ひとつでこんなに違うんだと思い知らされる。これぞプロのお仕事だ。
「菓子ひとつで、あんたはいい顔するねえ」
若干呆れた声で頬をつつかれ、感じ入っていたオレはキルフェさんを見上げた。
「だって、おいしいんだもの。この木の実、立派だね! 森で採れるの?」
「そうさ、後で場所を教えてあげようねえ! あ、礼は結構だよ。ついでに収穫を頼むからね!」
からからと笑ったキルフェさんを見て、ふと気がついた。
「ねえ、キルフェさんって魔法使いだよね? 冒険者ランクは?」
以前、森で出会ったことがあるもの。1人で森へ入れる魔法使いなんて、割と腕がいいと思うんだ。
「ランク? あたしは冒険者じゃないからねぇ、登録してないよ! 店で使う材料を採りに行くだけだから、必要ないさ」
「えっ? そうなの?!」
これってもしかして……すごい巡り合わせなんじゃ?! 慌ててニースたちに視線をやった。
「えー何コレ! お上品! うんまいじゃない!」
「上品と思うなら上品に食えよ! そんなに掴むな!」
「私はお代わりを所望する」
……ねえ今、すっごく大事なやり取りだったと思うんだけど。それと、お菓子全部食べないでよ?!
「じゃあさ、キルフェさんが冒険者登録して、『草原の牙』に入ったらいいんじゃねえ?」
タクトのストレートな物言いもたまには役に立つ。ちょうどいいな! なんて笑うタクトに、視線が集まった。
「「「えっ?」」」
「え? あたしが?」
お菓子を奪い合っていた3人とキルフェさんが目を丸くした。
「え? キルフェちゃんって戦えるの? だって狩りとかギルドに依頼して――」
おずおずと問いかけたルッコに、キルフェさんが肩をすくめた。
「そりゃ、魔法使い1人で狩りは無謀だからね。店もあるし、依頼した方が確実だろうさ」
「「「魔法使い?!」」」
3人は声を揃えて立ち上がった。そこも聞いてなかったの?!
「俺たち、魔法使い探してたんだよ! 頼む! 俺たちのパーティに入ってくれねえ?」
「たまにでもいいの! 細々した依頼はあたしらが片付けられるから!」
「完全歩合制、休暇は応相談」
3人に縋り付かれて、キルフェさんが困った顔だ。
「なんであたしが?! 冒険者じゃないって言ってるだろう? それに店を放り出すわけには……」
「でもお店、経営厳しいんでしょ~? その場合副業で稼ぐのも当然アリじゃない~?」
ラキの台詞に、うぐっと詰まった。そもそもお店って言ってもお客さんほとんど来てないんだから、プレリィさんがちゃんと起きて対応していたら問題ないと思う。
「キルフェ、いいよ? ずっとこんな店で籠もってないで、外に行くことも勉強じゃないかな。お客さん来ないし。元々1人でやってたんだから、大丈夫だよ?」
ある程度片付けを終えたらしいプレリィさんが、カートを押して紅茶を配ってくれた。
「プレリィさん、元々1人でお店やってたの?」
「そうだよ。食うに困ったら外で何か採ってくればいいし、僕はたまに誰かが来てくれたらそれでいいんだ」
もしかしてプレリィさんも戦えるのかな。彼なら何を採ってきてもおいしく調理できそうだもの、確かに生きるのに困らないかもしれない。
「そんなだから、あたしが来たんじゃないか! 勿体ないって、その腕が!」
「ありがとう、だけどもう十分腕もふるったからねぇ。君はまだ若いんだから、色々やってみるといいよ」
悔しげなキルフェさんだけど、プレリィさんはどこ吹く風だ。
「若いって……プレリィさんも若いだろ? 2人は同じくらいじゃないのか?」
首を傾げたタクトに、プレリィさんが「あーあ」と言いたげな顔をする。
「なっ……?! 同じくらいだって?! 冗談はよしとくれよ!!」
目を剥いたキルフェさんが詰め寄った。あー、森人だもんね。森人の年齢はオレたちには見た目じゃ分からない。だってメリーメリー先生だってあんなだけど、すごい年齢のはずだ。
「倍! 倍は違うから!!」
「「「「ええぇ~?!」」」」
全員の声が揃った。バンバンとテーブルを叩いて怒るキルフェさんは、オレたちの感覚じゃ20代そこそこ、プレリィさんは落ち着いているのでもう少し上に思えるけれど、それでも20代に見える。
「あはは、この子は姪っ子だよ。跳ねっ返りでね、住んでた森を飛びだして来ちゃったんだよ」
淡いグリーンの瞳が気遣わしげな光を宿して彼女を見つめた。
「退屈だからってここまで来たんだろう? 危険はあるけど、やってみたらどうかな? 僕も君をここへ縛り付けているのは心苦しいよ」
「そ、そうだよ! 退屈だったからで……」
視線を彷徨わせたキルフェさんに目を細め、ラキが耳打ちするように言った。
「……たまにでもいいって言ってるし、店は続けられるんじゃない~?」
ピクッ
「うまくいけばお店続けながら素材を集められて、なおかつ収入が得られるっていう~」
ピクピクッ
「そして冒険者なら耳より情報も集まりやすく、素材も自分でいいものを採ってこられて――」
ぼそぼそぼそ。
真剣な顔で耳打ちを聞いていたキルフェさんが、突如燃え上がった。
「やってやろうじゃないか! あたしで良ければ受けて立つよ!!」
ど、どうして急にやる気になったの?! ラキ、何を吹き込んだの?!
「え? え? 本当?! やったー! 何がどうなったかサッパリだけど嬉しい~!」
「これは僥倖」
「まーじで?! なんかわかんねえけどやったー!!」
きょとんとしていた3人が、降って湧いた幸運に諸手を挙げて喜んだ。
「なあ、お前キルフェさんになんて言ったんだ?」
「別に~? プレリィさんも喜ぶだろうな~とか、リスクもあるから心配されるかもね~ってことを伝えただけだよ~」
「それだけ?」
それのどこが琴線に触れたんだろうか。
だけどキルフェさんが冒険者として店を空けることが多くなるなら、依頼がない時はここでお手伝いしようかな? その代わりプレリィさんに色々教えてもらえるかもしれないし。
「………あ、あれ? すげー嬉しいけど、俺の立場ますます弱くなるんじゃ……」
我に返ったニースの呟きは、誰にも拾われることなく消えていった。
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