514 312号室
「「「かーんぱーい!!」」」
掲げた重いコップが、かちゃんと合わさった。
冷えた中身を思い切って煽り、息を吐いた。
「もう3年生かぁ」
やっと、という気もするし、先日学校に来たばっかりな気もする。
「やっとじゃねえ?! 俺たちもう十分強いのにさ、いつまでも子ども扱いは困るぜ! 早く大きくならねえかな」
十分大きくなってると思うけど。だって、出会った頃はそんなに身長差がなかったはずだもの。あの頃はまさか、タクトがこんなに大きく強くなるとは思わなかった。どこにでもいる、冒険者に憧れる少年だったはずなのに。
「だけどタクトは飛び級はできないよね~。テストぎりぎりだもん~」
「いらねえよ! 俺は大きくなりてえの! 大人になってAランクになりてえの!」
ダン、と荒っぽくコップを置いたタクトに笑みが零れる。随分と大人っぽくなったラキに比べてしまえば、タクトはどこまでも悪ガキにしか見えない。
「Aランクには教養も必要だよ~? 大丈夫かな~?」
背もたれに深く身体を預け、ラキがちらりと流し目をくれた。
「あ、当たり前だろ。……そんなの、学校に行ってたら大丈夫に決まってる」
もそもそと呟いたタクトが、空になったコップをいじった。カラコロと音がするのは、オレが氷を入れたから。
「うん、大丈夫。一緒に勉強すればいいよ! だってお部屋も一緒になったんだし!!」
そう、今日からオレたちは3年生、そして部屋替えが行われた。
学校は3年で一応の卒業資格を得るので、4年生以降は人数がガクッと減ってしまう。その人数合わせと、面倒をみる名目で今までは高学年と一緒のお部屋だったけれど、3年生で既にお世話のいらない年齢と判断されるらしい。
「それはそれで、全然大丈夫じゃねえ……」
満面の笑みを向けると、タクトがうっと呻いた。
3年では既にある程度パーティが固定されている生徒も増えるので、主にパーティ単位で部屋割りがなされるそう。ただし、男女は別だ。
「嬉しくないの?」
不満そうな様子に敢えてガッカリ顔を作ってみせると、タクトがもう一度呻いた。
「嬉しくないの~?」
追随するようにラキまで上目遣いをしてみせるので、せっかく作った顔が崩れてしまった。しどけなく目をぱちぱちさせる様に、テーブルに突っ伏して笑いを堪える。
「なんかそれは嬉しくねえ~! お前、絶対朝早く起こしてやるからな!」
息巻くタクトに、これからの日々を思ってわくわくと胸が高鳴った。
先輩たちがいなくなっちゃうのはとても寂しいけれど、だけど、お部屋が一緒じゃなくても冒険者として一緒にいられる機会もあるって教えてもらった。
まさに、こんな風に。
「タクト、ユータとラキがまともな学校生活と冒険者生活を送れるかどうかは、お前にかかっているぞ」
飲んでいるのはジュースのはずなのに、ちびちびと飲むそれはまるでお酒みたい。テンチョーさんが機嫌良さげに口の端を上げた。
「起きないからね~、特にユータ。本当に起きねえの! 鼻に花突っ込んでも寝てやがんの」
えっ?! 何それ初耳なんですけど?! 何その無駄にダジャレみたいな嫌がらせ!
「アレックスさん?! そんなことしたの?!」
「おう、したした。だけど起きなかったぞ! くしゃみで花が吹っ飛んで可笑しいのなんのって……」
しれっと答える彼に盛大に頬を膨らませる。
「普通に起こして?!」
「いやいや話聞いてた?! だからフツーには起きねえんだって!」
そんな変なことするから起きないんだよ! もう少し根気強く起こしてくれたらきっと起きるよ!
『根気強く起こしてもらおうとしないでちょうだい……。もうそろそろ、おねむの時期も終わりそうなものだけどねえ』
モモがまるで母親みたいな台詞でふよんと揺れた。確かに、オレもそろそろ6,7歳くらい。そのくらいならお昼寝もしないように……? いやいや、オレその頃だって結構寝てたと思うよ? 小学校に上がってもお昼寝が恋しかったもの。だからもう少し大きくならないことには……。
『ゆーたは大人になってもお昼寝してたよ? ぼく、一緒に寝るの好きだよ!』
……確かに。
窓を開け放して畳に寝転がる心地よさと言ったら……。お昼寝しているといつもシロが傍らに来ていたね。寝苦しいと思えば時折チャトが乗っていたり。
「ユータはまだ小さいからなあ。仕方ないところもある」
「そうやってテンチョーはユータばっかり甘やかす!!」
指を突きつけて怒るアレックスさんに、テンチョーさんはお父さんの苦笑を浮かべた。子だくさんだと大変だね。
「大丈夫だぜ! 俺スペシャルで起こしてやる! ま、ユータは最悪抱えて行けばいいけどな!」
それは勘弁していただきたい……。タクトスペシャルは寝覚めが最悪だ。Eランク冒険者、いいやきっともうすぐDランクの冒険者――にもなって、抱えて行かれるのもちょっと。
『それがイヤなら自分で起きられるようにならなきゃね!』
『主ぃ、早起きできねえと依頼だって取れないぞ! ずっと薬草採りだぞ!』
チュー助だって起きてないくせに! オレはずっと薬草採りでもいいもん。それにタクトがきっと依頼を取ってくるから。
パーティは助け合い、補い合うことが必要だもんね! 頼り頼られる存在。いつかセデス兄さんに教わった言葉が頭をよぎった。いつの間にか、オレたちはちゃんとそういう関係になっている気がする。
「うん、頼るところは頼って、オレが得意なところは頼ってもらう。これが一番だよね!」
にこっとしたオレに、ラキがぬるい視線を寄越した。
「そういうことかな~? 僕、そこじゃないと思うんだけどな~」
「よく分かんねえけど、俺もそう思うぜ!」
タクトにまで同意されて、オレはそっと視線を逸らした。
312号室。
オレたちはそう書かれたドアの前でにんまりと顔を合わせた。
「「「ただいまー!!」」」
誰もいないと知っているけれど、大きく扉を開け放って宣言する。そう、今日からここはオレたちがただいまを言う場所。
「ムゥムムゥ!」
ないはずの返事が返ってきて、窓辺に視線が集中する。そうだった、ムゥちゃんはお留守番だった。
「ただいま、ムゥちゃん」
今日も葉っぱのハリは抜群、身体の色つやも最高だ。ただいまの握手を交わして葉っぱを撫でる。前のお部屋ではアレックスさんが怖がるからあんまり目立った動きの取れなかったムゥちゃんだけど、このお部屋なら自由だ。サンバを踊ったっていいし、ポールダンスをしたっていい。
「お、ムゥちゃんただいま!」
「ただいま~」
2人も律儀にムゥちゃんとハイタッチ(?)して笑う。
そうだ、この3人なら、ラピスや管狐たちも姿を見せられる。いつも人目を憚って姿を現わしていたみんなも、自由に行動できる。
部屋の広さは以前とさほど変わらないのでちょっと狭いけれど、オレたちが寛ぐ場所で、みんなも寛げる。それはとても胸が高鳴ることだ。
「いいな、こういうの。いつか、みんなで過ごせる家がほしいね」
秘密基地はあるわけだけど、あれは基地だから! 堂々と陽の光を浴びて外を楽しめる、畑のあるおうち。山も谷も近くにはないおうち。
「そうだな! いつかさ、すげー稼げるようになったら町外れの家とか買えねえかな?」
「パーティの家? 先は遠いね~。だけど、多少町の外でも大丈夫な気がするし~それなら安く買えないかな~」
2人の台詞に目を瞬いた。そっか、2人と一緒に住んでもいいんだ。
パーティで住む家……テンチョーさんたちと依頼を受けた時みたいに。一緒に蘇芳をおふろに入れたり、シロのブラッシングしたり。3人でお料理を作ったり。
「だけど、家買うとあちこち行きづらくなるよなー」
「普通は、定住するものだしね~」
うっとりと夢の生活を思い浮かべていたオレに、2人の台詞が突き刺さる。
「……でも! ええと……例えば転移でその都度戻って来たり! あ、箱みたいなおうちにして、収納に入れちゃうのはどう?!」
単なる思いつきだけど、これはなかなかいいんじゃないだろうか。旅先でもマイホームで過ごせる、そんな贅沢があるだろうか。
「家を収納に入れるとか……オレたちまでユータになっちまうぜ」
「発想がユータすぎるよ~……」
2人の視線に心から憤慨した。
オレの名前!! 悪い意味の慣用句みたいに使わないで?!
8巻発売まであと1週間!!
緊張してまいりましたよーー!!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/