504 小さな祝福
「どうして隠れるの?」
「しーっ、見てなって。早朝か、このくらいの時間の方がいいみたいでさ。運が良ければ……」
首を傾げていると、ふと周囲が明るくなった気がした。
「あ、光が……」
「光って?」
訝しげなアレックスさんの様子に、慌てて口をつぐんだ。
あれ? これは普通には見えない光?
オレの目には、ほのかな光が泉から零れるように、淡く優しく広がっていくのが見える。
「……お前、何を見てんの?」
やわやわと広がっていく光に口元をほころばせていると、タクトがオレの額をつついた。
「あのね、泉が光ってるよ。ふわふわ光ってとてもきれい」
「へえ~あの時みたいだね~! ほら、パプナちゃんの~」
妖精の道、だっけ。確かにその時の雰囲気に似ている気が――。
あ、と声をあげそうになって口元を押さえた。
ぽちゃん! ぴちゃん!
「お、お前ら運がいいな! 来た来た!」
アレックスさんがさらに岩陰に身体を縮め、にんまり笑った。
「あれ~? 泉に波紋……これってやっぱり~」
「妖精なのか?」
二人がオレに視線を集中させる。オレはしばし逡巡して、こくりと頷いた。
先輩たちなら大丈夫。それに、彼らはきっと知っていたんだろう。
「ユータ、まさかお前、見えるのか?」
「ええーっ、マジで? いいな! な、本当に妖精が来てんだよな?!」
つい大きくなった先輩たちの声に、波紋も水しぶきもピタリと消えた。
しまった、と慌てて口を閉じた先輩たちが、不安げに湖を見つめる。
だけど。
あのね、あんまり心配はいらないと思うよ。
オレは吹き出しそうになるのを一生懸命堪えた。
妖精さんたちは、逃げる素振りもなかった。
興味津々で飛んでくると、泉を見つめる先輩たちに小首を傾げる。頬に触れそうな距離で並ぶと、何をそんなに見つめているのかと視線を辿った。
二人の真剣な様子に、面白いものがあるはずだと思うみたい。妖精さんまで一生懸命泉に目を凝らしている。
並んで泉を見つめる先輩と妖精さんに、とうとう吹き出してしまった。
「ユータ?!」
何やってるんだと焦る先輩の声に、妖精さんが振り返った。
『え?』『ゆーた?』『あれー?』
あーあ、見つかっちゃった。ラピスの見つかりにくくする魔法も掛けてもらったんだけど、さすがにバレちゃうね。
くすくす笑って立ち上がったオレに、妖精トリオが明滅しながらくるくる周囲を舞った。
『あれー?? ゆーたたちがいるー』『どうしてこんなとこにいるのー?』『あえたー!』
オレだってびっくりしたよ! まさかこんな所でいつもの妖精トリオに会うなんて。
「久しぶり! あのね、先輩たちがここに連れてきてくれたんだよ。二人はここを守ってくれていたんだ」
呆気にとられる先輩二人を示すと、妖精トリオは目を瞬かせた。
『ばれてたー?』『おこられちゃうー』『まもるの、ありがとうー』
「もしかして、いつもの妖精さんなの~?」
「お? あいつらなのか?」
『いつものー!』『もしかするの~』『ひさしぶりー』
「おわっ?」
妖精トリオが方々の跳ねたタクトの髪を持ち上げて遊んだ。傍目には髪がぴょこぴょこ動いているように見えるのだろうか。
「お、お前たち、妖精に知り合いがいるのか……?」
「なんだよー! 俺らの人選カンペキってことじゃん!」
今度はラキの髪がさわさわと動きだし、先輩たちの目を釘付けにする。
こんな身近な所に妖精の道があったんだね。清浄な空気を感じるのはそのせいだろうか。
「チル爺はいないの?」
『いるとおこられるー』『みんなのひみつー』『こどもだけー』
どうやら妖精の子どもたち限定の秘密基地みたいなものだろうか。それなら尚更、先輩たちが守ってくれていて良かった。
「そうか、意味があったなら良かった」
「俺ら、割と活躍したんじゃない? 人目につかないように、魔物が入らないように、色々工夫したんだぞ!」
誇らしげに微笑んだ二人に、妖精トリオが視線を交わした。
『ありがとー!』『ちょびっとだけどー』『みえるー?』
隠密状態を切ったらしい。ラキとタクトもハッと妖精トリオに視線を合わせた。
「お……? うっすら、見えるぞ!」
「うわー本当に妖精じゃん!!」
喜ぶ二人の元へ飛んだトリオが、チュッチュとほっぺにキスをした。
声もなく固まる二人に手を振ると、再び隠密状態になって泉へと身を翻す。
『しゅくふくー』『じゃあねー』『またねー』
「うん、ばいばい!」
手を振るオレを見て、察したラキとタクトも泉に向かって手を振った。
「じゃーな!」
「またおいでよ~」
そんなオレたちを尻目に、先輩たちはまだ呆然としていた。
「――妖精の祝福?」
「そうだ。迷信みたいなものだが……まさかこの身に受けるとは」
どうやらさっきのかわいいキスは、妖精の祝福と言うらしい。シロ車に揺られて帰りながら、先輩たちはまだぼうっとしている。
とても名誉なことだそうだけど、証明書があるわけでなし、他人に知らしめる方法がないのが残念だね。
『主ぃ、そういうコト言いふらしたいヤツは、とてもじゃないけど受けられない祝福だぜ!』
『でもまあ、あの子たちのことだから軽いノリでやってそうね……』
確かに。あんまり何も考えてはいなさそうだ。一応、ささやかな効果があると言われているけれど、毒物に強くなるとか、運が良くなるとか、魔力が強くなるとか……色々と噂の範疇を出ないみたい。
「今度チル爺に聞いてみよう!」
「そう言えばユータは、妖精の祝福を受けていないの~?」
ラキの視線を受け、そう言えばと思い返してみるけれど、受けた覚えはないなぁ。
――ラピスがいるのにやっちゃ失礼なの! ティアもいるの!
そうなの? 先着順? ラピスたちと妖精さんは繋がりがありそうだもんね。色々とルールがあるんだろうか。
翌日、ギルドへ顔を出すと大騒ぎだった。
コトの顛末は説明してもらっているので、呪晶石による魔物の凶悪化事件として問題なく手続きは進んでいる。
「いっぱい褒められたね」
「そうだね~、多分もう次のランクアップできるね~」
盛大に褒められ、ギルドからの報酬と追加の討伐料金ももらい、お財布が一気にほっかほかだ。何より、怒られなくてホッとした。だってギルドに行くと、割と怒られるから。
「今回は運が悪かったんだもんね!」
「そうだね~無茶しようとしたわけじゃなかったし~、あと、早々にギルドや村に報告したし~」
……それって先輩たちのおかげだったり? だってオレたちだと普通に川で片っ端からバラナス狩ってそう。最悪の場合血の臭いに惹かれてあのデカブツが村の近くまで下りてくるなんて事態になっていたかも。……冒険者って、難しい。
「だけどさー、相当強い魔物だったじゃねえか。全然分かってねえ! なんか納得できねえ!」
不満顔のタクトに苦笑する。だって、浄化したら柔らかくなっちゃったんだもの、仕方ないよ。
あの魔物は確かに強かったけれど、最も苦労した部分はあの鱗だった。だけど、浄化で変化しちゃったから……。子ども3人の意見では中々丸ごと信じてはもらえないだろう。
オレにとっては目立ちすぎなくて良かったけれど、タクトは当然ながら面白くないようだ。
「ドラゴンを倒す予行練習ができたと思えば、いいんじゃない~?」
「……まあ、そうだな。努力は人知れずするもんだぜ! 俺はいずれドラゴンを倒すんだからな! そうとも、あの程度惜しくないぜ!」
ドラゴンは多分、浄化しても鱗は柔らかくならないだろうしね。あんな怖い思いをしたけれど、それでもドラゴンを倒したいと思うタクトがすごい。オレ、戦いたくないけどな。
「なあ! ドラゴン倒す作戦考えようぜ!!」
にっと笑ったタクトの笑顔に、本当にいつか倒してしまいそうだなと苦笑した。
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