498 上流へ向かって
翌朝、起きると既にスープとパンの朝食が用意されていた。朝からメイドさんが持ってきてくれたらしい。
こうしてみんなで食卓を囲んでいると、なんだか本当にかぞ……パーティって感じだ。
「――じゃあ、川じゃなくて山の方から上流に行くの?」
「そうだな。それが安全だという話だからな」
オレは話しつつシュルシュルと3つめのぺアンを剥いた。見た目は橙色のりんごみたいな果物だけど、メロンっぽい味がするんだよ。
「器用だなー」
アレックスさんが感心したように呟いて手元を見つめている。そう? りんごの皮むきと同じだよ。
手頃な大きさにカットして大皿に盛ると、今か今かと待っていた手がわっと伸びてきた。
大皿での熾烈な争いを横目に、ことりとテンチョーさんの前にも小皿を置く。
「え? ああ、ありがとう」
テンチョーさんは取り合いに参加しないから、1人分だけ別皿で用意してみた。欲しかったでしょう?
「熟年夫婦か!! そこ! テンチョーも照れない!!」
「て、照れてはいない! ただ、そう、切った果物を食うのは久々だと思っただけで!」
熟年夫婦はテンチョーさんとアレックスさんの方でしょ。ぬるい視線を送りつつ、オレもペアンを頬ばった。
落ち着くなあ。『家』ってやっぱりいいな。
冒険者パーティでこんな風にシェアハウスを持つこともあるらしい。旅が多い冒険者にはあまり向かないけれど、例えば転移で帰ってくるなら家を持ってもいいんじゃないかな。みんなオレの転移は嫌がるから、転移の魔法陣を設置したらどうだろう。
いつか秘密基地を卒業して、そんな風に家を持てたらいいなあ。ラキとタクト、そして召喚獣たち。妖精さんやルーたちも来てくれるといいな。外から入れる大きなお風呂を作って、お庭には小さな畑もいるよね。ううん、魔法が使えるんだから大きな畑だって夢じゃない。
「ユータ、顔が枯れてるよ~」
「ジジ臭い顔してるぞ」
夢を膨らませていたのに、外野から横やりが入る。どうしてオレが未来の展望を思い浮かべると、ジジ臭いって言われるの?!
『縁側で茶でも啜ってそうな顔するからよ』
『だって主、孫の将来を想像する爺さんみたいな顔だぞ』
容赦ない言われように、オレは頬をぱんぱんにしてむくれた。
「やっと討伐だな!! いっぱいいるよな?」
「どうだろうね~? 案外下流にしかいなかった、なんてこともあるかも~?」
不謹慎なことを期待するタクトに苦笑しつつ、オレも討伐できる方が嬉しい。だってバラナス美味しかったし。
オレたちは予定通りまずは山側から調査を開始した。村長さんたち曰く、バラナスは川沿いを離れることはないので、それなら襲われずに様子を窺えるだろうとの話だ。
ただし、バラナスがいなくても他の魔物はいる。
「討伐に来たのに戦わずに帰るとか……悲しすぎるぜ!」
「登山に来たと思えば楽しいんじゃない?」
「楽しくねえ!」
即答されてしまった。だけど、ちゃんと道もあるしちょうどいい登山コースだ。木漏れ日の中歩くのは楽しいと思うけれど。肩で揺れるティアも、心地よさそうにきょときょと見回している。
「ん~これといって変わった所なんてないんじゃね? フツーに増えてるだけって感じ?」
そろそろ山の中腹に差し掛かる頃、川幅は大分狭くなって簡単に見渡せるようになったけれど、バラナスの数はさほど変わらない。
「特定の魔物が増えることはある。それならそれで構わない、討伐すればいいだけだからな」
バラナスはあまりウロウロする魔物じゃないので、増えてもさほど脅威は感じない。危険だと思えば近づかなければいい話だ。ゴブリンみたいに範囲を広げて動き回る種族だと事を急くので大変だ。
上流から全部狩っていくなんて話になれば、一旦戻ってギルドでの討伐隊を組む流れだろうか。
「どうしたの?」
ふと、難しい顔で首を捻ったラキを見上げた。
「う~ん、下流とあんまり数が変わらないのも変じゃないかな~?」
「どういうこと?」
「俺もそう思う! 上流に行けばもっとザクザク出てくると思ったのに!」
タクトが不満気に鼻息を荒くした。
あ、そっか。本来上流の方が多いはずだったもんね。
「そうだな。ただ、個体の行動範囲が重なりすぎないようばらけただけかもしれない」
バラナスは群れてはいるけれど、生息域が被っているだけで集団として機能しているわけじゃない。各々快適を求めて移動すればそうなるのかもしれない。
「だが、いい気付きだな。偉いぞ、そのあたりも注意して観察しよう」
テンチョーさんが表情を緩めてラキを撫でた。
「………」
ほんのりと頬を上気させたラキに、オレとタクトは顔を見合わせて笑った。いつもオレたちを引っ張ってくれてるもの、こんな風に褒められる事ってあんまりないもんね。
テンチョーさんの圧倒的パパ感を前に、いつもよりちょっぴり子どもっぽいラキを見つめる。
オレたちの頼れるリーダーは、まだ子どもだ。
オレたちといるから精一杯背伸びして頑張っているんだろうか。ラキを見上げ、オレは改めて感謝した。
「――やっぱりおかしいね~? むしろ減ってる~?」
ラキの台詞に、今度はテンチョーさんが難しい顔をした。
登山道がただの獣道になり、オレたちの息が上がってきた頃。川はそろそろ上流と言って差し支えないと思うのだけど、バラナスの数は増えていない。むしろ、随分減ったように思う。川を眺めれば必ずと言っていいほど視界に入っていたバラナスが、探さないと見つけられない程度になっている。
「奥さんが言うには、この辺りなら日当たりのいい所を求めて折り重なるように群れている所もあるって話だったけどなぁ」
アレックスさん、奥さんのお相手をしていただけじゃなくて、ちゃんと情報収集をしていたんだ。
と、激しい水音が響いて川へ視線をやった。タクトが目を眇めて首を傾げる。
「なあ、あれってバラナスなのか? なんかでかくねえ?」
バラナス同士がケンカしているのかと思ったけれど、水しぶきの中見え隠れする個体に差があるように思える。やがて暴れていた片方がぐったり動かなくなり、それをくわえ込んだもう一方が顔を出した。
「バラナスじゃないよね?! 強そう……」
悠々と顔を上げて食事を始めようとするのは、赤みがかったふたまわりほど大きな生き物。トカゲみたいなバラナスより、ずっと凶暴な顔をしている。どちらかと言えばワニ? それとも恐竜だろうか。重量感ある姿に圧倒される。
「アリゲール……? ただアリゲールもバラナスと大差ない魔物のはずなんだが……」
「アリゲールって灰色っぽくなかったっけ? 口のでっかいバラナスってイメージだったんだけど」
そう言えば川にはアリゲールもいるって言ってた。元々少ないらしいけど、あんな凶暴そうならバラナスを食い尽くしてもおかしくないんじゃないだろうか。
「あれ? アリゲールってこれでしょう? 違うんじゃない?」
ここぞとばかりに魔物図鑑を取り出して調べてみると、どうも違う気がする。全体の特徴は似ているけれど、灰色で頭から胴が1m前後と描かれている。だけどあれはどう見ても2m以上はある。
「いや、こっちだな」
テンチョーさんが図鑑のページをまくった。
「スーペリオ・レッドアリゲール? 本当だ、これだね! ……でもこれ、単体C~Dランクだよ」
アリゲール種の強いヤツってことかな。討伐はDランクパーティでギリギリだ。タクトのわくわく顔が不謹慎極まりない。
「あれのせいでバラナスが生息域を追われたのかもしれないな。もうすぐ湖のはずだ、そこを確認してから対応を検討しようか」
バラナスにしてもアリゲールにしても、源流付近の湖が生息域の端らしい。
「じゃあ、湖に着いたらお昼ご飯にする?」
朝からの登山で既にお腹はぺこぺこだ。期待外れと言うべきか、道中大した魔物が出て来ず、新たな食糧を確保できていないのが残念だ。
「お前さぁ、アレ見たあとでよくその台詞が出るね……」
「おそらく湖があのアリゲールの住処だろう。……そこで飯を食うのか?」
2人のじっとりした眼差しに、居心地悪くもぞもぞする。だ、ダメだった? だって腹が減っては戦はできぬ、でしょう?
「そうだぜユータ、食事は道中で小腹を満たす程度にしとくべきだと思うぜ!」
タクトの台詞にテンチョーさんたちが深く頷き、ラキが胡乱げな眼差しを向けた。
「だって早く討伐したいじゃねえか! で、昼飯にあれ食おうぜ! 美味いって書いてただろ?!」
テンチョーさんたちがガックリと肩を落とした。タクト、そんなとこだけちゃんと読んでいたんだ。
それは一理ある。せっかくだから美味しいものを食べたいもんね。
「だけど、バラナスの解体も割とかかったんだから、あの大きなアリゲールを解体するのって結構時間かかると思うよ? 待てる?」
「待てねえ。じゃあ湖で食おう!」
あっさりと意見を翻したタクトに、2人はもう一度ガックリと沈んだ。
ゆっくり進ませて~
急ぎたくないのよ~それがもふしらってことで(笑)
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