494 207号室メンバー+α
「さーて、ああ言ったものの、どうしよっか?」
アレックスは、へらりと笑ってテンチョーを見上げた。
「ライグーの時に十分実力は見ているからな。問題ないだろう」
「それはどういう意味で? ま、実力は問題ないよねー。むしろ俺達より上じゃん」
素直に後輩の実力を評価できる、そんなアレックスを好ましく思いながら、テンチョーは頷いた。
「そうだな。心配ではあるが、私達では難しい依頼を受けてみるか」
「場所は、やっぱりあの辺り?」
「……」
珍しく逡巡する顔を見つめ、アレックスは返答を待った。その答えがどうであれ、賛成するに値するものだと知っている。
「俺、テンチョーの考えに賛成!」
なんであろうと、支持すると決めた。付き合う相手の多いアレックスの、たった一人のパーティメンバー。
顔いっぱいの笑顔を見やって、テンチョーは胡乱げな目をした。
「おい、私はまだ、何も答えを出していないが……」
「いーんだよ、俺はテンチョーに賛成するから! 大丈夫大丈夫!」
「馬鹿、何ひとつ大丈夫な要素がないぞ」
テンチョーはアレックスの額を小突いて、やれやれと苦笑した。肩に入っていた力が抜け、眉間のしわが緩んだのを感じて、さらに苦笑する。
「大丈夫」
ぴたりと合わせられた視線は、迷うことなくテンチョーを支えていた。
「……お前には敵わない」
テンチョーは片手で顔を隠し、ため息を吐いた。どんなに隠しても、きっとこの聡いパートナーにはバレているのだろうと思いながら。
* * * * *
「おーい、朝ですよ~!」
賑やかな声にゆさゆさと揺さぶられ、ごくうっすらと意識が浮上した。
「ユータちゃんや、起きる? それともアレックスさんが抱えていく?」
うにうにとほっぺを揉まれる感触に、ぐっと眉根を寄せて振り払おうとする。
「ほーう、抱えていく方をご所望かな~?」
力の入らないオレの手を気にも留めず、筋張った手はしつこくほっぺから離れない。仕方なく、盛大に不機嫌な顔で少し目を開ける。間近く覗き込むのは、案の定アレックスさんだ。
あれ? そう言えばどうしてアレックスさんに起こされてるんだっけ。
ぼんやりとした思考が急激に焦点を合わせ、バッと起き上がった。
「おおおはよう!! うん、起きてる。起きてるよ!!」
あれから数日後、今か今かと待っていたオレたちに、やっとお声がかかったんだ。
今日はテンチョーさんたちと討伐依頼を受ける日。オレたちが普段依頼を受けるより、ずっと早くに起きなきゃいけない。
「おはよ! 起きてはいなかったな! 優しい先輩に感謝するように」
「まったく、ユータはまだ朝が苦手なのか。困ったものだが、まだ小さいからなあ」
テンチョーさんはすっかり用意をすませているし、ラキだって寝ぼけ眼で着替えていた。やっぱりオレが最後になるんだなと、少しばかりしょげながら着替え始める。
「おはよー!! ユータ起きろ!」
「タクト、扉は静かに開けるんだ」
ばーんと開いた扉からはいつも通りタクトが飛び込み、テンチョーに怒られた。
「起きてるよ!」
「起こしてもらったんだろ」
鼻で笑われ、むくれて蘇芳を投げた。蘇芳はタクトがキャッチしようとした手前でピタリと止まり、伸ばされた手が空ぶる。
「うぶっ? ひててて!」
見事顔面に貼り付いた蘇芳が、遠慮なくタクトの両頬を引っ張った。よし!
「へぶっ」
「よし、じゃないよ~。早く用意する~!」
にやりとした所で、隣のベッドから飛来した枕に被弾。……まあ、相手がラキなら枕で良かった。砲撃魔法は割と痛いからね……。
大慌てで着替え、すぐさまベッドから飛び降りた。
「もういいのか? 持ち物は?」
「ユータは収納袋に全部入れてるから、起きるの遅いけど用意は早いんだぜ!」
タクト、余計な一言は言わなくてもいいんじゃないかな。収納袋があればこそ、オレはゆっくり寝ても大丈夫。なんならパジャマで担いで行かれたって、着替えも入ってるし。
「よーし、じゃあ出発するか! 207号室メンバー+α、行くぜ-!」
「「「おーー!!」」」
オレたちは、はち切れんばかりのわくわくと共に駆けだした。
「す、すげー!! これ、乗れんの? シロってそんな力強ぇーの?!」
「移動手段があるとは……これもランクアップの秘訣だろうか」
二人がシロ車を見て仰天している。すごいでしょう、シロは力持ちなんだよ!
『いいでしょう、これぼくの車だよ! いっぱい見て! カッコイイでしょう。お屋根もあるし、テーブルだって出せるんだよ。食べ物だってぶら下げられるようになったんだ!』
新たな人を乗せられるとあって、シロは得意満面、ふさふさの胸を反らせてきらきらしている。
「……なあユータ、あれなんだ?」
タクトが心持ち低い声でシロ車のとある一点を指さした。シロ車の新たな装備は、いい具合に風を通して揺れている。
「干し網だよ! この間作ったの。旅の途中で乾物が作れるって素敵でしょう!」
にっこり会心の笑みを向けると、タクトががっくりと肩を落とした。
「そんなわけねえぇ!! ばーちゃん家の軒先かよ!」
干し柿なんかも吊すつもりだったから、なるほど、軒先とはいい例えだ。実用的で素晴らしい設備だと思う。だって収納に入れていたら熟成もしないし干すこともできないもの。……生で長期保存できるけど。
「どう? シロ、重くない?」
正面から風を受けながら、リズミカルに走る背中に声をかけた。
テンチョーさんとアレックスさんは先日の子どもたちと違って大人体型だ。鍛えているし、ずっしりと重いだろう。少し心配だったのだけど、シロはぶんぶんとしっぽを振った。
『大丈夫! いっぱい乗ってると楽しいね! ぼく、色んな人を乗せたいよ』
ぱあっと笑う様子に、オレの口角も自然と上がる。
「これだけの人数を乗せて走れるのか……大した犬だな。御者もいらずに走るとは、召喚獣ならではだな」
テンチョーさんから零れた台詞に、シロはますます有頂天でしっぽが忙しい。ダッシュしたいのを懸命にこらえているのが分かる。目的地についたら、存分にお散歩に行けるからね。
「俺、こっちの方来るの初めてだ! 強めの魔物がいるもんな、さすがDランクだぜ!」
「そうだな、私たちも普段から行く場所じゃない。油断してくれるなよ」
Dランクになればそこそこの冒険者だ。依頼の難易度もピンキリとなり、行動範囲は格段に広がる。
オレたちが向かっているのは、山あいを流れる大きな川。下流の方にある村で、魔物に襲われる被害が増えているらしい。
「こういう討伐って初めてだね~! 困ってる人を助けるって感じ~!」
「だよな! 勇者っぽくていいよな!!」
力一杯頷く二人に、ちょっと首を傾げた。
「そう? あのライグーの時だってそうでしょ?」
害獣退治とか、割とやってる気がするけれど。
「お前な! 全然違うだろ!! 人助けだぜ?!」
「だから、人助けでしょう??」
農家にとって害獣の被害は死活問題なんだよ?! 畑が全滅したらそれこそ村中が飢えて死ぬことだってあり得るんだから。単純に人を襲う魔物よりよっぽどタチが悪い。
「ユータってなんか冒険者っぽくないんじゃね? なーんか枯れたとこあるよな」
「そう言ってやるな。浮ついてなくていいと私は思うぞ」
なんとなく納得いかない気分を逸らせようと、ちょっぴり頬を膨らませて魔物の図鑑を取り出した。
「えっと、多分アリゲールかバラナスって言ってたよね」
どっちも半水生で肉食の魔物だ。ワニっぽいかトカゲっぽいかの差があるくらい。山あいにはたくさんいるらしいけれど、普段は下流の村まで下りてくることはないそうだ。単体Eランクの魔物だけれど、生息地の危険度や調査が必要な状況から、Dランクの依頼になったみたい。
「割と強そうだよな!」
図鑑を覗き込んだタクトが、にっと笑った。そこは嬉しそうに言う所じゃないと思う。
「Eランクってことになってるけど、水の中にいたら難易度跳ね上がるから要注意ってね。絶対に川の側に寄らないように!」
「でも、寄らなきゃ倒せないんじゃないの~?」
首を傾げるラキに、アレックスさんが人差し指を振った。
「甘いね~、Dランクからは頭も使わなきゃいけねーの。D以上の討伐依頼には、結構な割合で調査も含まれてるんだぜ!」
「お前たちはそういう討伐依頼は初めてだろう? 闇雲に討伐するだけじゃない依頼も経験しておくといい」
そっか、テンチョーさんたちは先輩として、オレたちに依頼のノウハウを教えてくれようとしてるのか。最後だから、なんて言葉が浮かんで慌てて前を向いた。
「え、じゃあ討伐しねえかもしれねえの?!」
「ま、場合によっちゃあね! それが賢明な時もあるってこと」
「ええーー!!」
周囲にタクトの悲痛な声がこだました。
うん、タクトにはすごく大事な経験かもしれない。オレはラキと顔を見合わせてくすりと笑った。
なんとか投稿~~
が、がんばります………






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