486 素人はこれだから
「あんまり魔物はいねえなー」
シロ車に乗って森まで行くと、不服そうなタクトを先頭に、例のアツベリーを見つけた場所まで歩いた。
「う~ん、何にも残ってないね~」
やはり、と言うべきか古い小さな切り株があるだけで、アツベリーの木は見当たらない。
「ここはそうだろうけど、この周りにまだあるかもしれねえからさ!」
散り散りに探しに行こうとする少年たちを慌てて止めると、そっとティアを見つめた。
「どう? 切り株しかないけど……さっきの畑にあったアツベリーの木を探してるの。いけそう?」
「ピピッ!」
むん、と丸い胸を張ったティアは、パタタッと羽を鳴らして飛び立った。
「ピッピ! ピピッ!」
あっちの枝、こっちの枝にと尾羽をふりふり、先に立って案内してくれるようだ。
「え? どこ行くんだ?」
不思議そうな少年たちを尻目に、ともすれば一面の緑に紛れそうなティアを追いかけ森を歩く。ぴこぴこと揺れる小さな尾羽だけが頼りだ。
「ピピッ、ピピッ」
森の小道を外れて藪をかき分け歩くことしばらく、ティアが移動をやめてさえずりはじめた。
「ここ?」
この先は、かき分けていた藪の種類が変わっている。絡み合うような柔らかい植物の塊から、腰までの固い低木となって行く手を阻んでいた。突然現れたオレたちに、ご馳走を頬ばっていたらしい小動物たちがガサガサ逃げ出していく音が響いた。
肩に戻ってきたティアから周囲に視線を戻すと、低木の間にちらほらと赤紫の小さな実がついているのが見えた。もしかして、この藪は全部アツベリー?
「す、すげー! アツベリーがいっぱいだ!!」
歓喜の声を上げた少年たちが一斉にアツベリーへ群がった。いっぱい、と言っても教室の半分くらいだろうか。全部を香木として売っても、ブル1匹の買い取り額にも満たないんじゃないかな。
「酸っぱ! 赤いから甘いと思ったのに!」
どうやら一足早く実を食べたらしいタクトがフルフルしている。赤いのはまだ若い実だと思うよ? 多分、紫が濃いのが熟しているんだろう。オレも1つつまんで口へ運んでみると、十分に熟した実であっても割と酸っぱい。なるほど、大したお値段にならないわけだ。
「――うーん、これならうちの木の方が栄養状態もいいはずなのに」
「虫のせい、とか? 俺たちが虫を全部とっちまうから」
「でも取ってたのは葉っぱを食べちまうやつだぜ? 原因は土じゃねえ?」
さっそく採取を始めるだろうと思ったけれど、少年たちは真剣な顔で何か話し合っている。『見たい』というのは本当だったんだね。同時に、本当に一生懸命アツベリーを育てていたのが分かる。
だけど、人の通り道としてある程度整った小道と違って、ここは木々の生い茂る藪の中だ。子どもが話しに夢中になっていていい場所じゃない。
パシュ
軽い音と共に、どさりと間近に落ちてきた物に少年たちが飛び上がった。
「ま、魔物?!」
「魔物じゃないね~普通の蛇だよ~」
ラキ、でかした! 肉団子にしたら美味しいやつ! 見事に頭を撃ち抜かれて絶命しているのは、丸々と立派な大蛇だった。
「こんなデカイ蛇が……ひゃ?!」
今度は激しく揺れた藪の音とけたたましく上がった獣の悲鳴に、少年たちは咄嗟に身を寄せてうずくまる。
「それで、何か分かったのか?」
振り抜いた剣をしまいながら、タクトがこちらを振り返った。その足下に横たわるのは、小型のイノシシみたいなレッサーボアだ。ちょっとクセがあるけど、これも食用のお肉だ。蛇もイノシシもそこそこの大きさがあるので、本日の孤児院でのお昼は豪華になりそうだ。
「あ……。いや、ごめん、まだ何も……。お前達、本当に強いんだな」
ほくほくと獲物を回収しようとするオレを横目に、少年たちは服を払って立ち上がった。
「分からねえんだ。何が違うんだ? ひとまず、実が一杯なってるやつを持って帰ってみたいんだ。その、俺らもここで採っていっていいか?」
これだけあれば、と期待に頬を上気させる少年たちに、オレたちは顔を見合わせる。もしかしてオレたちが採るだろうと思って採取しなかったのかな。
「食えるなら実は分けてほしいな! 酸っぱいけどユータが上手いことやるだろ?」
タクトがにっと笑った。どうやらおやつにしてくれというリクエストのようだ。
「え、香木はどうするんだ?」
「別にいらねえんじゃねえ?」
「まあ、試しにいくつかあれば十分かな~?」
食えねえし、と興味のなさそうなタクトに苦笑して、ラキが一応確保するようだ。オレも実があればいいし、香木を売ればお金になるだろうけど……なんとなく、他に稼ぐ手立てがあるのにこれを刈ってしまうのは気が引けた。
「オレたちは少しでいいけど、できれば全部刈らないでほしいな」
オレはそっと周囲を見回した。魔物の少ない森のせいか、小動物も多い。きっと大事な食糧だもの。
「全部採ったりしねえよ、生えなくなっちまう。院長先生が生えている植物を全部採って帰るのはバカがやることだっていつも言ってんだ。オレたちがあの木を引っこ抜いてきたのはさ、あのままじゃ枯れちまうからだぞ」
憤慨した少年が腕組みして言った。さすが、自分たちで植物を育てているだけあってよく分かってる。
「じゃあ、必要な分持って帰ろうぜ!」
引っこ抜き係はタクトがやってくれそうなので、オレはせっせと実を集めることにした。ブルーベリーほどの小さな実は、枝がしなるほどたっぷりと実っている。酸っぱいので小動物以外はあまり好んで口にしないからかな。
一生懸命実を集めていると、ティアが何か言いたげにオレの髪を引っ張った。
「どうしたの? 何が違うの?」
しきりと『ちがう』と言っている気がする。何が違うんだろうと顔を上げると、飛び立ってタクトの腕に降り立った。そして、短いくちばしで泥だらけの腕を容赦なくドスドスと突つきはじめる。
「痛えって、なんだよ?」
頑丈なタクトはさほど気にも留めずに次を引っこ抜きにかかっているけれど、オレがされたら流血ものだ。
「えーと、何か違うんだって。それじゃないって言ってるんじゃないかな」
「え、鳥が?」
少年たちがぽかんとティアを見つめた。普段はフェリティアの本領を発揮して目立たないようにしているティアだけど、こうして行動をとれば注目を浴びる。
「鳥に何か分かるのか? 俺らちゃんと元気が良くて、いっぱい実が成ってるのを選んでるぜ?」
「ピピッ!」
分かってない、そう言いたげに羽ばたくと、ティアは別のアツベリーにとまった。
「え? それがいいの?」
オレたちは困惑して顔を見合わせた。ティアが選んだアツベリーには実がひとつもなっていない。なのに、畑に植えるならこれだと言っている気がする。
「あのな、香木にするなら実のない方がいいらしいけどよ、俺たちは実が――いてっ」
ペシーッ!
『この素人がーー!』
小さな翼で少年のほっぺをはたいたティアがふんぞり返る。
『ぺっぺっ! てめえらは文句言わずに言われた通りやりゃいいんだよ! ったく、シロートがやるとろくなコトがねえ! ――って言ってると俺様は思うぞ!』
吹き替えを担当したチュー助にじっとりした視線を送ると、もう一度そのアツベリーを眺めた。他の木と何も違いはないけれど、全く実がない。これじゃ畑のアツベリーの参考にもならないんじゃないかな。
見回してみれば、そこここに実のないアツベリーもある。
もしかすると、彼らの持って帰ったのは実のならない種類……? だけど森にある時は実がなってたって……
「あ、そっか」
オレはぽんと手を打った。
もうすぐ4月!もふしら7巻発売日が近づいて参りました!!
羊毛の方の展示会についても活動報告に書きましたのでご覧下さい~!
4月3日から東京で開催されます! 管狐たちがいますよ!!
 






 https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
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