484 孤児院
「こんな時間にどうしたの? オレたちごはん食べるところだったんだ! 一緒にどう?」
ここぞとばかりに大きな鍋の蓋をあけると、ふわっと優しい香りが漂った。あんまり栄養状態の良くなさそうな子どもたちなので、お腹に優しそうな雑炊にしてみた。これならさほど仰天されることもないだろうし。
「なんで……お前ら何やって……??」
だから、ごはんだよ? たった今説明したのに、聞いていなかったんだろうか。小首を傾げると、どうやら返事を求めてはいないようだ。空腹を主張する彼らのお腹の虫の方が事態を分かっていそうなので、椀によそって差し出した。
「いっぱいあるから、どうぞ?」
棒立ちになっていた4人の視線が、ほわほわと白い湯気をあげる椀に釘付けになった。
「食わねえの?」
タクトは大きい椀にたっぷりよそうと、これ見よがしにはふはふと頬ばっている。
誰かが一歩踏み出したのを合図に、4人は一斉に駆け寄ってきた。
「――!!」
だ、大丈夫? 割と熱いよ……?
あれから一言も発さず貪るようにかき込む子どもたちに、今度はオレの方が呆気にとられて見つめる。口の中が大変なことになってるんじゃないかと、生命魔法水多めのお水を出しておいた。
雑炊にしておいて良かったよ、お肉だとそんなにいっぺんに食べたらきっとお腹を壊していたんじゃないかな。
「――そっか~、街道を外れて歩いたから場所が分からなくなったんだね~」
「普段はそんなことない、今日は魔物に追いかけられたから分からなくなっただけで――!」
彼らが3杯目の雑炊を平らげた頃、なんとか落ち着いたのか会話が出来るようになってきた。
彼らはどうやら孤児院の年長者らしい。10歳になるかならないかくらいの4人だ。
疲れているだろうから一緒に野営のつもりだったけど、考えてみればいくら冒険者でも外で野営してくる子どもってそう多くない。孤児院なら院長先生がいるだろうから、きっと心配しているだろう。
「お前ら、一緒に野営してくのか?」
「早く帰った方がいいなら、後で町まで送るよ~?」
ラキがふうふうやりながら視線でシロ車を示すと、シロが得意げにウォウッと鳴いてしっぽを振った。
「えっ? 帰れる……のか?!」
「犬の馬車?! すげえ……」
まだ忙しく頬ばっているけれど、4人は目を丸くしてシロ車を見つめた。
「じゃあ、お腹いっぱいになったら町まで送るね!」
むしろ、まだいっぱいにならない? 見ているだけでオレのお腹が苦しくなりそうだ。頬杖をついてにこっと微笑むと、少年がやっと気付いたように匙を下げた。
「お前ら、そんなチビのくせしてなんだよ、何なんだこれ……」
「そう言えばここ、子どもしかいないじゃねえか! なんでそんな落ち着いてるんだ?!」
にわかに騒ぎ出した彼らに、オレたちは顔を見合わせてくすくす笑った。おなかが満たされて、色々と状況が把握できるようになったみたいだね。
「心配すんなよ! 俺ら結構強いぜ!」
「僕らEランクだよ~。野営も慣れてるから~」
ふふっ! Eランクなんだよ! 目を丸くした少年たちに、オレたちはつい得意になって胸を張った。オレ以外は依頼ポイントもしっかり貯まってるし、Dランクだってもうすぐだ。
「嘘だろ……」
まじまじと見つめる4人の視線に、改めて頑張ってきたことを感じる。そうだよ、野営だって慣れてきたし、護衛だってやったことあるんだよ。彼らを町まで送るくらいお安いご用だね!
「町まで送るのはいいんだけど~この時間から宿空いてるかな~? ぼくたちは外で野営かな~」
「それなら孤児院で泊まればいいって! 本当に泊まるしかできないけどさ、外よりマシだろ?!」
せめてと身を乗り出して訴えた少年の台詞に、オレたちは視線を交わした。正直、野営の方が快適かもしれないけれど……だけど、彼らの厚意を無下にもできない。
こくりと頷いたオレたちに、彼らはやっと破顔した。
うーん、眩しい……。
明るい陽の光にころりと体勢を変え、シロのお腹らしき場所へ顔を突っ込んだ。今何時だろう? 随分眩しいけど、2人はもう起きてるんだろうか。
「あれ、誰だ?」
「新しい子かしら?」
「だけど、きれいな服を着てるよ?」
なんだか周囲がさわさわと落ち着かない。そう言えば、昨日は野営じゃなかったんだっけ……と、そこまで思い出してぱちりと目を開けた。
「うわっ?」
目に飛び込んできた光景に、ついビクッと体をすくめて蘇芳を抱きしめる。
「あ、起きた!」
「起きたー!!」
まじまじとオレを覗き込んでいたたくさんの瞳が、いっせいに散り散りに駆けて行った。ドッドッと早鐘を打つ胸を押さえて周囲を見回すと、全く覚えのない場所だ。
「そっか、孤児院に泊めてもらったんだった」
魔物の跋扈する中で眠れるんだもの、いくら床が固かろうが布団が布きれだろうがぐっすりだ。タクトとラキは別室で、なぜかオレだけこっちの小さい子組のお部屋で寝かされてしまった。すっかり日の差し込むようになった部屋でうーんと伸びをすると、簡素な窓の向こうからオレを呼ぶ声がした。
「よう、おはよう! お前、チビたちの中でも一番起きんの遅いんだな。良かったな、そっちの部屋で」
タクトがにっと笑って覗き込んでいる。どうやら大きい子組と小さい子組で起床時間が違うらしい。
「なあ腹減った! 朝飯にしようぜ」
「でも、ここで勝手には食べられないでしょう?」
ふあ、とあくびをこぼしてトコトコと歩み寄ると、タクトにがしっと両頬を掴まれた。
「顔、溶けてるぜ! ほら起きろ!」
「起きっ、起きて、る!」
遠慮なくもにもにと揉まれ、ぶすっとむくれて振り払った。ばっちり起きてるでしょ、ちゃんと見てよ。オレが部屋で一番起きるのが遅いっていうのも気に食わない。
『それはどっちも主のせいだな! もうちょっと早起きできるようにならないとな!』
『あうじー、がんばようね!』
チュー助がつんつんとオレの頬をつつき、アゲハが慰めるように頬を撫でた。チュー助だっていつもお寝坊でしょ! たまたま起きてただけじゃないか。不機嫌なオレはチュー助を掴んでわしわしと顔を拭った。うん、柔らかくて温かくて気持ちいい。
『ばっちりセットした毛並みがぁー!! おおお俺様をタオルにするなんて……!!』
ぎゃあぎゃあと文句を言うチュー助を胸元に突っ込んでいると、フッと手元が陰った。
「ラキ、おはよう」
「おはよう~。起こさずに起きられたの~?」
偉いねとでも言うように頭を撫でられ、それはそれで複雑な心境だ。
「なあ、何て言ってた?」
「うん、僕たちが構わないならありがたいって言ってたよ~」
2人の会話に首を傾げて見上げると、ぽん、と2人の手が肩に乗った。
「「と、言うわけで朝ごはんよろしく~!」」
「――ご、ごめんなさい、まさかこんな風にしてくれるなんて思わなかったものだから……!! でもお金はないのよ、その代わり何日でも泊まってちょうだい!」
院長先生は申し訳なさそうに小さくなって頭を下げた。タクトとラキに請われて孤児院でみんな一緒に朝食をとることになったのだけど、院長先生が思っていたのと違ったらしい。
土地だけは広い孤児院の庭は、子どもたちの歓喜の声でいっぱいだった。大鍋2つを使ってスープを作り、あと2つの鍋は卵粥だ。気を使っちゃうだろうと思って質素な朝食にしたけれど、子どもたちには十分だったみたいだ。
「お前達、しばらくはいるんだろ? ここに泊まれよ! いい実の採れる場所とか教えてやるから一緒に行こうぜ! お前らと一緒だったら依頼も早く済むし遠くまで行けるよな!」
どうやらシロ車を使って遠出を目論んでいるらしい。長居するつもりはなかったのだけど、依頼を受けるならもう一泊くらいはしてもいいかな。
「だけど、僕たちがいなかったら危なかったよ~? どうしてあんな離れた所まで行ったの~?」
たしなめるようなラキの声音に、ばつの悪そうな顔をした昨日の4人がそっと院長先生を盗み見て声を潜めた。
「……ちょっとさ、森まで行きたかったんだよ。俺たちもうすぐここを卒業だからさ、チビたちのために考えてることがあるんだ」
3/23はコミカライズ版更新日でした!
かーわいいですね!!もうご覧になりました?!






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