483 迷子
「シロ、疲れてない? 大丈夫?」
王都を出てしばらく、順調すぎるくらい順調なシロ車の旅は、思ったよりも早く目的地に着きそうだ。一旦休憩のためにシロ車を下りると、シロは自分で装備を外してうーんと伸びをした。
『大丈夫! だっていつものお散歩と一緒だよ! じゃあぼく、走ってくるね!』
休憩しようって言ったのに走り去ってしまったシロを見送り、やれやれと肩をすくめた。どうやら物足りなかったらしい。でも、どんな車にしたってシロの全力疾走に耐えることはできないからね。
「はぁ~俺、こんな旅イヤだ……」
タクトが傍らでどさりと地面へ体を投げ出した。完全に脱力した間抜け顔は、ヨダレさえ垂れそうでくすっと笑う。
「オレだって一緒に勉強してるよ? そりゃあやりたくはないけど、ずっと寮で勉強してるよりは良くない?」
気持ちいい外を感じながら勉強するのは、ただ机に向かっているよりずっと素敵だ。
「そうかぁ? 火あぶりと水責めどっちがいいかって感じじゃねえ?」
そ、そこまで? タクトの言い様に、つい声を上げて笑った。じゃあ、ひとまず頑張ったご褒美だね。相変わらず力の抜けきっている口に棒付き飴を差し込むと、不満気だった顔がたちまちニッと笑った。
「僕には~?」
寄りかかったラキを見上げ、待ってね、と飴を取り出した。わくわくと見つめる表情は、年相応の少年だ。
「ラキも、はい、ご褒美!」
結局どのルートを通って帰るかとか、ラキに任せちゃってるもんね。差し出した飴をぱくりと咥え、ラキも頬を綻ばせた。頼りになるリーダーだけど、まだまだこんな些細なお菓子に喜ぶ少年だ。
「そっちの方が大きくねえ?」
「気のせい~」
「タクトが舐めてるから小さくなったの!」
下手すると取り替えっこされそうで、オレは慌てて距離を置いた。
シンプルなべっこう飴の優しい味と、咥えた棒付き飴の懐かしさ。ちゅぷんと口から出して眺めた琥珀の塊は、きらきらと光を透かして本物の宝石みたいだ。
『スオーも』
「あっ」
はむっ! と目一杯のお口で飴に飛びついたブルーグリーンのもふもふが、満足気にオレの膝へ陣取った。その手にはしっかり棒付き飴が握られ、小さなほっぺが妙な形に膨らんでいる。
『あげる』
代わりにと差し出されたのは蘇芳に渡したべっこう飴。蘇芳たちの分は棒が付いていなかったのがご不満だったらしい。もう、オレだって棒付きが良かったのに。仕方ないなと苦笑すると、晒されたふわふわのお腹を撫でた。
「なんか食ったら余計腹減ってきた! あとどのくらいだっけ?」
ただの棒になった飴を名残惜しげに咥え、タクトが体を起こした。
「シロ車で行くならもうすぐだけど~、小さな町だから注目を集めちゃうし、歩こうか~?」
「えー……いいぜ! じゃあ早く行こうぜ!」
一瞬渋りかけたタクトが、先ほどまで馬車内で行っていたことを思い出し、慌てて肯定した。どうやら勉強よりも空腹を取るらしい。
「オレ2人から遅れちゃったから、何か依頼になってそうな採取とか討伐があったらこなしたいな」
「お前は遅れてるぐらいでいいの! 戻ってからでもすぐに追いつくだろ!」
オレが舞いやら何やらで冒険者活動ができなかった間も、2人は積極的に依頼をこなしている。学校がない分それしかすることがなかったと言えばそれまでだけど、おかげでオレとは大きく依頼達成ポイントに差が付いてしまった。
オレ、正直王都であんまり活動してない……。色んな依頼があるんだろうと楽しみにしてたのに。転移できるんだから、今後は王都まで依頼を受けに来ようかと思う。バルケリオス様だって何回来てもいいって言っていたし!
ちなみに、あの後転移の条件やら何やらは執事さん達から聞いた。本当はバルケリオス様の所へ聞きに行くはずだったけれど、タイミングが良かったのか悪かったのか、転移陣の片割れ完成の連絡が坑道事件の最中だったから、エリーシャ様たちがうまく利用したらしい。
一応、転移陣利用の許可は城への申請もすませた正式な許可らしいけれど、利用条件に大したものはない。あまり吹聴しないこと、設置はロクサレン家の敷地内にすること、転移できるのはオレかロクサレン家が同伴する3名まで、等だった。どちらかというとオレの身を守るための条件な気がする。
「王都の城近くへ転移できると知られれば、悪用しようという者もいるでしょう? バルケリオス様はいいのだけど、ユータちゃんが狙われるわ。転移なんてなくてもいいと思うのだけど」
バルケリオス様はいいのか……。まあ、『城壁』だしメイメイ様もそのあたりは心配してはいないようだからね。エリーシャ様はせっかくの転移魔法陣にあまり嬉しそうな顔をしない。カロルス様なんて、絶対いらねえ! と断固拒否していたくらいだ。
そっか、バルケリオス様たちはそんなこと考えてなかったと思うけど、王様たちにとってはロクサレン家と王都への行き来を容易にするためのものでもあるのか。
『渡りに船、だったかもしれないわね』
転移陣のある場所がロクサレン家とバルケリオス邸。これほど安全な転移陣もない。もしかすると王都からの使者は、これからは転移陣を使ってやってくるんじゃないだろうか。
「うまく利用されちゃったかな? だけど、オレだって自由に王都に行きたいもの」
タクトやラキだって一緒に行けるんだから、これからは王都の依頼をみんなで受けることもできる。タクトはメイメイ様から引き続いて指導を受けることもできるし、ラキが工房を使うことも出来る。カロルス様たちには申し訳ないけど、王様からのお願いやら何やらは貴族の努めだろうし、頑張って頂こう。
王都で好きに買い物できるメリットも絶大だ。オレは豊富な調味料や調理器具を思い出して、ひとりにまにまと頬を緩めた。
『ゆーた、ちょっと来て~。あ、タクトでもラキでもいいよ!』
お散歩に行っていたシロが風のように戻って来て、尻尾を振った。
「どうしたの? どこに行くの?」
『うん、あのね! ゆーたたちみたいな子がいるんだけど、危なくないのかなって!』
「子どもの冒険者ってこと~? ユータくらいなの~?」
危ないに決まっているけれど、冒険者っていうのはそういうものだ。
『うーんと、多分ゆーたよりは大きいよ! ラキより大きいかどうかは、ぼく分かんない。あのね、町から遠いから、迷子じゃないのかなと思って』
「迷子?!」
そう言えば、と空を見上げる。オレたちがここから歩いて夕方には町に着くだろうと思っていた。どうやら子どもの冒険者はオレたちよりも町から遠い場所にいるらしい。それなら、暗くなるまでに町へたどり着けるはずがない。
「ひとまず行ってみようぜ!」
シロ車は目立つので一旦収納にしまうと、シロの背に乗って駆けた。
『あそこ!』
なるほど、街道からはかなり離れているしこの時間に子どもの冒険者がうろつくには相応しくない場所だ。シロが示す先には、のろのろと進む4人の子どもたちがいた。きちんと冒険者らしい身なりをしているし、子どもと言ってもオレたちよりは年上に見える。
「野営の準備があるようには思えないね~」
「弱っちいな! 多分見たまんまだな!」
大分消耗しているようで、誰も一言も発さずにとぼとぼと歩いている。
「どうする? シロ車に乗せて町まで送る?」
「それもいいけど~、今日は僕たちも野営する~?」
「賛成! 俺腹減った! 美味い飯がいい!」
オレたちの中で美味いものを食いたい時は、町より野営だったりする。王都なら美味しいものがたくさんあったけれど、小さな町ではそれも望めないだろうし。
オレのお腹がぐう、と鳴る。タクトとラキ、そしてシロやラピスたちの期待に満ちた視線がこちらを向いていた。どうやら今日は野営で決定のようだ。
* * * * *
「……ねえ、日が暮れるよ」
疲れ切った声が、誰も口にしなかった事を言った。そんなこと、分かってる。だけど、日が落ちるのを止めることも、町まで飛んで帰ることもできない。
4人は、それきり黙って歩いた。進む方向が合っているかも分からないまま、できることはそれしかなかった。
朝からほとんど飲まず食わずだった胃袋が、最後のあがきのように切なく鳴いた。気のせいだろうか、芳しい香りがしたような気がして、4人は顔を上げた。思ったよりも暗くなっている周囲に焦りと恐怖がこみ上げてくる。
「み、見ろ!!」
少年たちの目が、たなびく煙とたき火の明かりを捉えた。止まっていた足が一歩、二歩と進んで、まろぶように駆けだした。
「こんばんは! 一緒に食べる?」
思いもしなかった光景に、少年たちは呆然と目をしばたたいた。
更新安定できるかと思ったんですが…まだもうちょっと安定しなくてすみません!
3/23 コミカライズ版更新日ですよ!!
かわいいのでぜひご覧下さい!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/