482 また会える幸せ
「……なんで思い浮かばなかったんだろ」
オレは流れる景色を眺めつつ乾いた笑みを漏らした。
「僕は作ることばっかり集中してたし~」
「まあいいんじゃねえ? 気付かずに帰ってたら泣くとこだけどな!」
確かに、おかげで往路で使った路銀分も含めてプラス収支になっているわけだし。
『ラキのおかげだね! ぼくも一緒に走れて嬉しいな』
振り返って尻尾を振ったシロに、くすっと笑った。
「そうだね。ラキと、『シロの』おかげだよ!」
『ぼく? そっか! 嬉しいね! ラキ、嬉しいね!』
シロはウォウッと吠えて、ぐんと胸を張った。護衛も御者も不要のシロ車は、ガラガラと気持ちよくスピードを上げる。そう、シロ車。オレたちにはシロ車があったんだ。
帰路は護衛として雇って貰えたらいいけれど、中々そうはいかないだろうし、通常通り馬車を使うつもりで旅費を貯めていた。だけど、出発の日、シロが首を傾げて言ったんだ。
『あのね、ぼくの車には乗らないの?』
って。ホント、オレたちには移動手段があるってことをすっかり忘れていた。おかげで馬車代は浮いたし、何より快適だ。あれからカン爺たちの手でさらに改良を重ねたシロ車は、振動も抑えられ、かなりの速度に耐えられるようになっていた。どうやら、先日坑道でたくさん素材を採ってきたお礼の意味もあるらしい。
相変わらず屋根はないけれど、折りたたまれた骨組みを広げて布をかければ、幌が出来上がる仕組みを取り付けてくれた。
乾いた風にさらさらと髪がなびく。振り返れば、まだ王都の門はすぐそこだ。
ついに、ハイカリクへと帰る日。
そう、行くんじゃなくて、帰るんだ。オレたちの居場所に。
王都も楽しかったし、名残惜しいけれど、『帰りたい』そう思う気持ちも湧き上がってくる。
ロクサレン家の面々は相変わらず一緒に行こうと言ってくれたけれど、せっかくの経験を積める場を逃す手はない。
「……やってみろ、かぁ」
大丈夫か? とも、できるのか? とも言われなかった。オレたちだけでの帰路の旅に、ブルーの瞳に複雑な色を滲ませながら、そう言ってくれた。その言葉は、他になんと言われるよりも大きな信頼を伝えてくれる。
うん、やってみるよ。信じてもらえるのって、こんなにも誇らしい。
『あなたが帰るまで、待っているわね』
今回は、反対されなかった。温かな思いが、抱きしめられた柔らかな腕からたっぷりと注ぎ込まれた。離れていく手の寂しさと、離してくれた手の優しさに、自分の命を守る責任を感じる。
うん、待っていて。ちゃんと、無事に帰るから。
守る手の外へ。少しずつ、オレは、オレの行動を任せてもらえるようになっている。重さと軽さ、両方が胸の中でどきどきと騒々しく騒ぎ立て、大きく深呼吸した。
「あ、見えなくなっちまう」
タクトの声に振り返ると、丘を回り込んで王都の門が隠れてしまうところだった。
オレはガタガタする揺れに体を預けながら、高い空を見上げる。
「帰っちゃうのか……」
何気なく空へ手を伸ばすと、渦巻いた風がするっと小さな手を包んでいった。
「シャラ……? 来てくれたの?」
見送ってくれているんだろうか。シャラの所へは転移で行けるから、王都にいる時と何も変わらないって言ってたのに。
「ぶわっ!」
くすくす笑うと、正面からごう、と風が吹きつけた。たまらずぎゅっと目を閉じると、ピシピシとたくさんの何かが顔に当たった。
「お前、普通の馬車じゃなくて良かったな」
「怪奇現象だよね〜」
2人の呆れた声に目を開ければ、オレの周囲には花の曼荼羅ができていた。イタズラなのか、お別れの挨拶なのか、どっちのつもりなんだろう。
「きれいだね! ありがとう」
空へにこっと笑ってから、シャラは『お前はそれしか褒める言葉を知らんのか』って言ってるだろうなと可笑しくなった。
心配しないでね、ちゃんと会いに行くから。
シャラに、ミックやミーナたち、工房の人たち。ガウロ様やバルケリオス様たち。また会いに来なきゃいけない人たちがたくさんだ。ミックなんて、バルケリオス様の転移陣を使えるって言わなかったら、離してくれなかったんじゃないだろうか。
『あなた、この調子だと常に世界中を飛び回る羽目になりそうよ』
『主は会いに行く人が多すぎるぞ!』
そうかも。それは随分と忙しそうな未来だ。
『あうじは、いしょがしいは、うれしー?』
知らず上がっていた口角に、アゲハが不思議そうに小首を傾げた。
「そうだね、忙しいけど、嬉しいよ」
小さなアゲハをすくい上げて頬ずりすると、抑えきれずに笑った。嬉しいよ、とっても。
――仕方ないの。みんなユータに会いたいに決まってるの。だからラピスは側にいるの。
ラピスが小さな体をオレのほっぺにすりつけた。
一緒にいる幸せと、また会える幸せ。それは、どっちも幸せで間違いない。
「またね」
段々と見えなくなっていく王都を見送って、小さく呟いた。
「乗合馬車じゃないからさ、俺ら好きな場所で休めるよな! 今日はどこで泊まる? 町に寄らなけりゃ宿泊代だって浮かせられるぜ!」
「テントで寝泊まり? それも冒険者らしくていいね!」
「だけど~、ずっとテントはまだ無理じゃないかな~? ちゃんと宿で休む日も作った方がいいから~、立ち寄る村を考えなきゃいけないね~」
街道と町の位置しか描かれていないような簡素な地図を取り出し、オレたちは作戦会議を始めた。
「1日おきに野宿と宿を繰り返すのはどう?」
「いいんだけど~、都合良く宿泊できる町があるかな~?」
「どの道通って帰るかも考えねえと、テント張れねえ場所で夜になったら大変だよな」
『ぼく、夜も走れるよ?』
振り返ったシロに、オレたちはハッと顔を見合わせた。
シロ車……有能!! その手があった! だけど、シロだって休む時間が必要だ。それは最終手段に取っておこう。ひとまず、どんなルートを通って帰るか決めないとね!
「ここ行こうぜ! ダンジョンが近いらしいぞ」
「あ、ここもいいね~! 養蜂が盛んらしいよ! もしかするとそこならではのスイーツとか……」
「どっちもすごく遠回りだよ~! むしろ帰り道じゃないから~! ちゃんとルート内で考えて~!」
だけど、せっかくの遠出だもの、ちょっと寄り道するくらい――
「間に合わなくなるよ~? テスト受けられなかったら進級できないよ~?」
ピタリ、とオレたちは動きを止めた。……え? テスト?
「ユータは大丈夫だろうけど~、タクトは再テストも受けるなら早く帰らないとね~?」
「なんで再テスト受けることが前提なんだよ!」
急に現実に引き戻され、どんよりと肩を落としたオレたちに、ラキがくすりと笑った。
「テストはまあ置いといて~……ぼくたち、3年になるんだよ~?」
「あっ?! そ、そっか! もうすぐだ!」
ぱっと顔を輝かせたオレと、さらに小さくなったタクト。
「……なれるよな……3年」
「大丈夫~、絶対なれるよ~!」
珍しく優しい言葉を掛けたラキに、タクトが瞳を輝かせて顔を上げた。
「タクトがテストに合格できるレベルになるまでは、食事以外は勉強してくれていいよ~。戦闘はぼくたちでできるしシロ車だからそうそう襲われないし~。ギリギリまで回り道して帰るから~」
慈しみ深い微笑みを浮かべたラキに、タクトが声を失って固まった。
たくさんの感想ありがとうございます!いつも嬉しく読ませていただいています。
個別にお返事できなくてすみません…とてもありがたく思っております!!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/