45 詳しいおはなし
オレは居住まいを正した。前に座るカロルス様。執事さんはいつものように横に控えている。
さて・・どこからどこまで話せばいいかな?カロルス様の知りたいのは、まずは攫われたとこからだから・・。
「とっても、長くなっちゃうけど・・。馬車から攫われたとこから、おはなし?」
「そうだな。長くなるのは当然だろう。別に今日中に全部話せなくても構わんから、ちゃんと話せ。」
カロルス様は、ちゃんと話を聞いてくれようとしている。それに、きっとこの人なら何を話しても大丈夫。そう思いつつも、ちょっと重くなる口を開いた。
馬車から攫われる時に気を失ったこと、気付いたら他の子達と一緒に大型の馬車の荷台にいたこと・・・そしてそこから逃げるに至ったこと。
「ちょっと待て・・。お前、魔法が使える・・のか?野盗の時はその管狐が使ったんだろ?」
あ、そうだった。そこも話さないといけない。
「はい。オレ、チル爺におしえてもらって、魔法、つかえます。」
「・・・チル爺??」
「妖精の、おじいさん。」
「なっ・・・。そう言えばマリーが言ってたな・・妖精と会ったと言うのがかわいいと。」
「そう。その妖精さん。あの時は明かりの魔法と回復と、風しか使えなかったの。」
カロルス様は手で顔を覆うと天井を仰いだ。
「・・・・・・いい、話が進まん、とりあえず全部聞こう。・・それからだ。」
「それから・・えーと、あっ!そのときに人を探す魔法を使えるようになりました。それで、カロルス様たちをみつけたので、合図して逃げたんです。」
「人を探せる魔法・・?合図ってあの光の華か・・・」
「はい!きれいだったでしょう?」
「・・・・・・そう、だな。」
にっこりしたオレにじっとりした目を向けるカロルス様。とりあえず続けろと促されて、あの後のことを話し始める。
崖から飛び降りたこと、風と回復でなんとかなったこと、そして・・ラピスと会ったこと。
「ラピス。」
「きゅ!」
オレが促すと、ラピスはくるっと回って元の輝く真っ白な毛並みに戻った。
「うん・・・?白い?白い管狐なんているのか・・??」
「あのね、天狐って言うんだって。管狐はこっちの・・アリス!」
ぽんっとオレの肩にアリスが現れる。
「こっちが管狐。ラピスの眷族なんだって。」
ラピスとアリスを手のひらに乗せて、かわいいでしょう?とカロルス様の近くに差し出してみせる。こんなにかわいいのにカロルス様は目を見開いたままだ。
「この、ラピスと会って治療したの。そしたら一緒にいる契約をすることになったの。その契約って従魔契約だって言ってました。アリスは最近になってラピスが生み出したんだって。」
カロルス様の反応がないので、ちょっと首をかしげて見つめる。
「・・・カロルス様?」
ハッとしたカロルス様が再起動する。
「いや・・・おかしいだろ?!なんで管狐2体もほいほいいるんだよ?!2歳児と契約ぅ?!お前、コレが何か分かってるか??管狐だぞ??妖精の守護獣だぞ?」
ラピスは天狐だって言ってるのに・・まぁいいか。管狐って妖精の守護獣って呼ばれるんだね・・妖精と関わりが深いならチル爺達が詳しいかな?
「管狐はそのへんにもいるって言ってたよ?」
「いやいや!そのへんにいるかよ!!生息地も不明で、ごく希にふらりと見かけることがある程度だ。小さななりだが強力な魔法の使い手だぞ?!鍛えた魔法兵5人分くらいの力があると言われる。」
「そうなの!すご~い!」
アリスがそうならラピスはきっともっと強力だね!魔法兵10人分とか?でもあの森での大洪水を思えばもっと強力な気がするなぁ。
「それをお前は2体も!従魔にしてんだぞ?!お前、鍛え上げた魔法兵10人引き連れて歩いてんだぞ?この国の王子より豪華な警備だな・・。お前、他のやつに2体もいることは言うなよ?」
やっぱり2体もいるとまずいのか・・普段はどちらか1体と一緒にいるしかないね。
カロルス様はすっかり天狐も管狐に換算してしまっているけど、そっとしておこう。オレはちゃんと言ったし。
「・・・・カロルス様、話が進みません。」
「あ・・おう、そうだな・・・もういい、とりあえず最後まで話せ。」
執事さんに脱線した話を戻され、今度はルーと会った話をする。森の大洪水の話は・・・ちらっと誤魔化して話した。あ、フェリティアと土魔法のこともちらっと・・・土のお城のことはナイショにしている。ルーと会って、治療してから街の近くまで送ってもらったこと、そこから冒険者さんと出会ったこと。カロルス様は途中から両手で顔を覆って、テーブルに肘をついたまま話を聞いている。もう相槌もなく時々頷くのみだ。
「街で、串焼きおいしかったです!冒険者のお宿にも泊めてもらったの!そこから馬車で帰る途中、悪い人が来て、みんなでやつけました。それで、戻ってこられました。」
「・・・・・そうか。」
拙い言葉では難しくて、2歳児の割に色々と流暢に話してしまったところもあるけど、元々カロルス様には割としっかり話していたので大丈夫だろう。
話し終わった場に、長い沈黙が落ちる。
えーと・・やっぱり色々とまずかったかな?
「・・・魔法・・妖精・・管狐・・神獣・・お前・・・どれか一つにしておけよ・・・。」
「えーと・・ごめんなさい?」
カロルス様はわしわし、と頭を撫でた。
「悪くはねえよ。ただ・・・俺の処理能力を超えてるってだけだ。この話は他のヤツにはするなよ?お前を守り切れなくなる。お前は・・・自分を守れるようにならなくちゃいけねえな。管狐は強力だが・・力だけではどうにもならないこともある。管狐以上の力の存在もある。
そうだな・・・お前は常識がなさすぎるし、これからのこと、ちょっと考えなくちゃな。」
「・・ま、悪いようにはしねえよ。でもしばらくは・・ココで大人しくしてろな?」
カロルス様は、オレの頭に手を置いたまま、ニッと片方の口の端を上げてカッコイイ顔をした。
・・オレもあの顔練習しよう。
あの後、カロルス様は執事さん達と話があるからとのことで、一旦退室したオレは久しぶりの自分の部屋に戻った。館の中を歩くだけでも、なんだか嬉しい。
絨毯の感触、壁に手すり。何でも無い造形物が、いかにも人の作り出したものだとしみじみ感じて、とても大切に思える。
当たり前だと思っていたことは、いとも簡単に崩れてしまう。地球と、こちらの世界で二度も経験することになるとは思わなかったよ。
だから、この『日常』がどれだけ大切で奇跡的なものか、オレにはよく分かる。
手が動く、足が動く、ものを考えることができる。そしてこの小さな体には、数十年分の試行錯誤と技術・知識が蓄えられている・・・ましてや先人の知恵すら引き継いで。これはすごいことだ。なのに、もしあの時黄色い熊に食べられちゃったら、全部なくなっていた・・そんなの、なんて勿体ない。
オレという生き物は、たくさんの中から選ばれて奇跡的に今生きている。もしかしたら地球が始まったときの生物の記憶すら秘めて。
大切に大切に、毎日を味わって生きよう。オレはなんだか感慨深くそう思った。






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