465 みんなで作ろう
「へえ~、ユータはバルケリオス様に会ったんだ」
「うん、Sランクだって言ってたよ! オレ、Sランクってもっとお話の勇者様みたいな人だと思ってた」
「わはは、確かにあれは勇者様じゃねえなあ! だがあいつのシールドは割ととんでもねえぞ」
そっか、やっぱり二人ともバルケリオス様は知ってるんだね。カロルス様は一緒に戦ったこともあるんだろうか。
今日は館の厨房を借りてお菓子作りの日。お菓子はのんびり作れる時が限られるから、時間がある時にたくさん作って収納に保存している。野外で気軽につまんだり、ちょっとしたお礼なんかにも喜ばれるから切らしてしまうわけにはいかない。
それに、なんだか差し入れを持っていくべき場所が多くなってしまって、もはや一回に作る量がお店屋さんのその量だ。
柔らかくなったバターにざららっとお砂糖を入れると、両脇の二人がぐっと手元をのぞき込んだ。興味津々だけど、残念ながら珍しいものは作らないよ。
「へえ、こんなに砂糖が入ってるんだね」
「美味そうに見えねえけど、香りはいいな」
カロルス様はバターとお砂糖で、既に美味そうな香りを感じるらしい。
普段ロクサレンではジフたちが手伝ってくれるけど、ここの料理人さんたちはあんな風にぐいぐい来たりしない。お願いしたら当然手伝ってくれるけれど、オレのお菓子作りにプロを動員するのは申し訳ないので――。
「セデス兄さん、カロルス様も手伝ってくれる? これ混ぜて!」
申し訳ないけどオレの小さな体では少々辛い作業量だもの、ここは時間と力の余ってそうな二人に手伝ってもらおう。
「うわ~緊張するよ」
「混ぜるだけか?」
どうやらやってみたかったらしい。料理人さんのエプロンを装着してもらうと、二人は案外嬉しそうにボウルを受け取った。
それぞれ小さなボウル、中くらいのボウル、大きなボウル。みんなで横に並んで作業していると、なんだか絵本のイラストみたいだとくすっと笑った。ちなみに、カロルス様はこぼすから大きなボウルを使っているだけで、中身は多くない。随分とエプロンが窮屈そうだけど、我慢していただこう。
「あっ、カロルス様! こぼれちゃう! そっと!!」
「そうは言ってもなあ……うまく混ざらんぞ」
「ふーん、混ぜるって言うか練り込むような感じ? ちょっとコツがいるかな」
セデス兄さんは案外器用なので、お菓子作りもそつなくこなせそうだ。一方のカロルス様は色々と破壊しないようにするのが精いっぱいだ。それでも、エリーシャ様よりはずっといい。
「次は卵を入れるね!」
二人のボウルに割りほぐした卵を注ぐと、じっと見つめる瞳がわくわくと輝いていた。楽しいよね、お菓子作りって。
「――こんなふうになるまで混ぜてね!」
急いでお手本となるようにオレのボウルを混ぜてしまう。ここまでは特に難しいところもないし、大丈夫だと思うんだけど。
「ユータ、混ざらん!」
「さっきとまた混ぜ方が違うね!」
セデス兄さんは大丈夫そうだけど、カロルス様はちっとも混ざってない。そもそも魔女のお鍋みたいにぐるぐるとへらを回すだけなもんで、大体のものは混ざらない。
ぽん、と踏み台から飛び降りてカロルス様の所へ行くと、ふわっと体が持ち上がった。
「こうだよ!」
両脇を支えられながら混ぜてみせると、振り返ってにこっと笑った。
「お前がやると簡単そうだ」
納得いかないむっすり顔がおかしくて、さらに笑う。この調子だと次に小麦粉を入れて混ぜる工程は無理そうだな。
二人に手伝ってもらってることだし、ややこしい材料は入れずにシンプルにしよう。トッピングで表情を変えればそれでいいかな。
――クッキーなの! ユータ、ラピスはカリカリが乗ったやつがいいの!
そう、今回もクッキーで当たりだね! 大量に作るならどうしてもクッキー頻度が高くなる。バリエーションもつけられるし、やっぱり簡単便利だ。
厨房のそこここには、いつの間にやらぴこぴこするお耳ともっふりしっぽがたくさん見え隠れしている。管狐部隊担当はオーブンだけど、みんな待ちきれなくて出てきたみたい。時折きらきらした瞳と目が合って、きゅっと慌てた声が聞こえた。隠れなくたっていいのに、呼ばれるまでは出てきちゃダメって掟があるんだろうか。
「次いくよ~!」
ボウルに小麦粉を投入すると、二人の目が丸くなった。せっかく混ぜたボウルの中は、小麦粉でいっぱいだ。
「これ、多すぎない? 混ぜるの? いや、混ざるの?」
「粉じゃねえか。いつクッキーになるんだ?」
予想通りの反応にくすくす笑った。クッキー作りは簡単だけど、ここだけは多少の慣れがいるよね。
「これを混ぜるんだよ! だけど、ちょっと見ていてね。ぐるぐる練っちゃダメなんだ」
オレのボウルはさておき、まずは抱っこのままでカロルス様のボウルに取り掛かった。
木べらでサクサクと切り込むように、粉とその他を少しずつ馴染ませていく。
「面倒な混ぜ方だな……」
がっちりとオレを支える腕が一つ外れ、一生懸命ボウルを押さえる小さな手に重なった。途端にボウルが完璧に安定して、格段に混ぜやすくなった。足がぶらぶら浮いていて混ぜにくいかと思ったけれど、カロルス様の腹と腕でばっちり固定され、自分で立っているよりもぐらつかないくらいだ。
ふむ、カロルス様はこういう補助方面で手伝ってもらうとアリかもしれない。
結局、カロルス様はやりたがらなかったので全部オレが混ぜた。セデス兄さんは慎重に、見よう見まねで頑張っている。これからはセデス兄さんと一緒にクッキー作りができそうだね。
残しておいたオレの生地にはチーズをたっぷり投入して、甘さは控えめでおつまみになりそうなクッキーにするんだ。
「案外難しくないもんだね。今度僕も作ってみようかな」
「そうか? 結構面倒で難しいと思ったが。俺は食う方でいい」
「でも、作ったら好きなだけ食べられるんだよ!」
そもそもオレがお菓子作りを始めたきっかけは、好きなだけお菓子をがっつくことができるからだもの。お皿に山盛りにしたクッキーを独り占めできるなんて、最高の幸せだよね!
生地を休ませるのは手間なので魔法で少し冷やして、すぐに成型を始めた。こういう所は本当に魔法便利! いちいち冷蔵庫に入れなくても、適度に冷やしながらできるんだもの。
ラピスのリクエスト通り、トッピングにはナッツ類やドライフルーツを乗せよう。チーズクッキーはやっぱり三角形にして、ちょっぴり卵黄を塗って艶を出したら美味しそうかな?
「みんなも手伝ってくれる?」
にっこりして声をかけると、覗いていた耳やしっぽがひゅっと引っ込んだ。
「「「きゅうーっ!!」」」
ぽぽぽっ! まるで、ポップコーンがあちこちで弾けるように管狐が飛び出してきた。
「はい、はい、一つずつね」
ずらっと並んだ管狐たちに、ひとつひとつドライフルーツをつまんでは渡していく。受け取るたびに「きゅっ」と嬉しそうに見上げる瞳が堪らない。
「ピッ、ピッ!」
ティアが素早く調理台を行き来してはこぼれたナッツのかけらを拾ってくれている。いや、つまみ食いと言った方がいいだろうか。
「わ、早い早い、待ってー! ユータ、なんか管狐たくさんいる気がするんだけど?!」
『スオー、手伝う』
「めんどくせえな、全部四角に切りゃいいじゃねえか。食ったら一緒だろ」
人間部隊+蘇芳がせっせと型抜きして、ラピス部隊が次々トッピングを乗せる。そう言うならと、カロルス様は棒状にした生地をひたすら切ってもらった。せっかくの神速の剣だもの、活かしてもらおう。
「ふう、これで終わり? このまま食べてもおいしそうだね!」
「まあまあだったぞ。やっぱり焼いた方が美味いな」
カロルス様、いつの間に食べたの?! お腹壊すよ?! まあ、世の中には焼く前のクッキー生地が好きな人もいるそうだけど……。
よし、あとは焼くだけ! 管狐部隊に火加減はお任せで大丈夫だ。
「みんな、ありがとう! おかげで早く終わったね!」
しゅるりとエプロンの紐を解くと、軽く畳んで調理台へ乗せた。作業の終わり、このエプロンを脱ぐ瞬間は何とも言えない充実感がある。
ほう、と息をついて振り返って苦笑した。
「どうしてそうなったの……」
一人で脱ごうと四苦八苦して複雑に絡み合ったセデス兄さんのエプロンを外し、仁王立ちでオレを待つカロルス様に取り掛かる。無理に引っ張られて固く結ばれた紐を解くのは随分苦労した。
「これで終わりか?」
「そう、あとはお片付けで終わり!」
『まだだぜ主ぃ! まだ味見が残ってるぜ!』
『あえはも! ちゃんとあじみしたげう!』
チュー助とアゲハがオーブンの前で今か今かと準備運動をしている。
『危ないよー、オーブン開いたらあっついよ!』
『アゲハはもしかしてオーブン平気なのかしら?』
二人のそわそわ具合から、オーブンが開いたら飛び込んでしまいそうだ。シロとモモがお守りしてくれているから大丈夫かな。アゲハは火の精霊だけど、半分管狐だし赤ちゃんだからなぁ……どうだろうね。
「味見かぁ、自分が作ったの食べてみたい! 一応、僕が作ったって言っていいよね?」
「うん、セデス兄さんは一から作ったよ!」
「俺の味見はユータが作ったやつでいいぞ」
どれも、きっとおいしいよ。
オーブンからいい香りが漂ってくるまでもう少し、その時間は何をしよう。この場を離れる様子のない二人を見上げて、笑みをこぼした。
初めてのクッキーが焼けるまで、オーブンの前に椅子を持ってこよう。クッキーに合うだろう紅茶を入れて、主役が登場するまでゆっくりお話ししながら待とう。
きっと、もうすぐ甘い甘い香りが紅茶の上品な香りと交じり合って、二人は椅子から腰を浮かせるんだ。
オレはつい上がってしまう口角をそのままに、ティーポットを手に取った。
マリー:な、なんてことを……私がいない間にそんな……
エリーシャ:まあ! ユータちゃん言ってくれれば私も手伝うのに~! ごめんなさいね、マリーと出かけてたものだから。
マリー:ハッ…(私はエリーシャ様を確保するお役目だったのですね……)
6巻が発売されたところですが、実はこそっと7巻の予約も始まっております…!!
今度はどんなイラストが描かれるんでしょうね~楽しみ!!!
そしてコミカライズ版の3巻も2月に発売予定みたいですよ!!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/