464 祈り
「あ、ゆーた兄ちゃーん!」
「ユータだ! 今日は何持ってきたのー?」
「おやつの時間は終わっちゃったよー?」
駆け寄ってくる子どもたちに、自然と頬が綻んだ。オレより小さな子もいるんだよ、ほら、ゆーた兄ちゃんだって!
「こんにちは! 今日はお肉を持ってきたよ。ダンジョンでたくさんとれたんだ」
「「「お肉?!」」」
みんなの瞳がきらりと輝いた。ガウロ様の別館は、たくさんの子どもたちが集まって、まるで孤児院の様相だ。スポンサーがガウロ様なので子供たちが飢えたりすることはないけれど、それでも食べ盛りの子どもたちがこの人数だもの。全員がたらふく食える機会はそうそうない。
「ユータ、また何か持ってきてくれたの? 気を使わなくていいよ? ちゃんと私たちも稼ぐし、ガウロ様も良くして下さってるから」
子どもたちに引っ張られてやってきたミーナが、しゃがみこんでオレを撫でた。
「うん! でも遊びに来たついでの手土産だから、気にしないで!」
だって、うちのパーティの貯肉は貯まる一方だから。大量のカウガウとガウホーンはギルドにも卸したけれど、買い叩かれるのも不本意なので小分けにして出す作戦だ。鮮度の落ちないオレの収納だからこそだね。
ちなみにギルドではバルケリオス様たちの口添えもあって、報奨金が出されることとなった。ダンジョンの魔物数正常化に貢献したからだそう。ギルドの役に立つようなことをすれば、こうして報奨金が出る場合もあるんだって。
おかげでオレたちの蓄えは帰りの路銀として十分な額になりそうだ。
ふと感じた視線を辿ると、思い思いに騒ぐ子どもたちの中でそわそわとオレを見る小さな子がいた。
「なあに? なにかご用事?」
目が合うと、はにかんで年上の子の後ろへ隠れてしまう。とてもかわいい。
「あ、そうだった! こいつもお守り買ったんだって。ユータにあれやってほしいんだよ!」
年上くんに前へと押し出され、その子はおずおずとオレに何かを差し出した。
「これ……」
小さな手のひらに乗せられたものをのぞき込み、つい苦笑した。
その首から下げられるようになっている小袋は、最近出回っている『天使様のお守り』らしい。
風のお祭り以降、王都ではシャラ様と共に、なぜか天使様まで人気を博している。あの時の舞を見ていた人たちから、天使様が精霊と舞ったという根も葉もない噂がたってしまった。
あの後スッパリと『旅の舞子』さんが消えてしまったのも噂に信ぴょう性を持たせてしまったみたいだ。
かといって姿を消さないとそれはそれで面倒なことになりそうだけど。
そして、お守りもそれに乗じて広がっている。シャラ様の『風のお守り』は風の魔石が組み込まれた少々値の張るものだけど、天使教の方は基本的に平民の間で広がる宗教なので、お守りも良心的な価格らしい。ただ、お守りと言っても気持ちばかりの魔石のかけらが入った、何の変哲もない布袋だ。ご利益はないけど……それを見て自分の行動を改めようって代物らしい。
このお守りは買った後に祈りを込めるのだけど、なぜかここの子たちはオレにその役目をさせようとするんだ。
普通は、家族や教会の人がするものだ。大した縁もないオレがしていいものじゃないと思うのだけど。
「教会でお祈りしてもらわなかったの?」
「だって……」
もじもじするちびっこに代わって、他の子が口々に言った。
「だって教会の人よりユータの方が天使っぽいじゃん!」
「ゆーた兄ちゃん、天使様と似てる」
うっ……。
舞っていたのは色違いのオレなんだから、そりゃあ似ているだろう。
「で、でもほら、オレは天使様じゃないよ?」
「でもいいの!」
きらきらした瞳で見つめられてしまったら、もう断ることはできない。
仕方ない、ともう一度苦笑してお守りを受け取ると、そっと片膝をついて両手でお守りを握り込んだ。ぱっと顔を輝かせた小さな子も、慌てて跪く。
「……健やかに、健やかに――この者が天使様と共に光の中を歩みますように……」
目を閉じてゆっくりと、なるべく厳かにその言葉を紡いだ。
とてもとても簡単な祈りの言葉。
きっと、これは聖句でも何でもなく、お守りを手渡した人々の心からの願い。
きっと、これは……魔法になる言葉。
相手の健やかな未来を思い浮かべて注がれた祈りは、明確な言葉を与えられて、ささやかな魔法になる。ただただ、対象を慈しんで守ろうとする、優しい魔法。
布袋は、祈りの魔法を与えられて初めて、お守りになるのかもしれない。
静かに目を開けると、大きな瞳が真剣な眼差しでオレを見つめていた。
そっか、この子にとっては大切な儀式だもの。ふわっと微笑んで立ち上がると、司祭様になったつもりでその細い首へお守りをかけた。
「天使様のご加護がありますように」
大して年も変わらないオレからの祈りで良かったんだろうか。少し申し訳なく思うけれど、その子はそうっとお守りをかき抱いて胸元へ押し当てた。
「天使さま……」
目を閉じて祈りを捧げるような姿に、オレは少し反省した。
天使教は確かに色々な勘違いから始まった。肝心の天使はいないってオレは知っている。だけど、その教え自体は悪いものじゃない。天使を信じることで人に優しくできるのなら、天使が実在しようがすまいが、どちらでもいいのかもしれない。
もうオレとは関係なく宗教として成り立っているのだから、毛嫌いするのは良くないよね。
小さくため息をついて振り返ると、いつの間にかシンとしていた周囲が再びざわめき始めた。
「ユータ! 次、俺も」
「あのね、あたしも買ったの!」
まだあるの?! オレはぐいぐいと詰め寄ってくる子どもたちに押し倒されそうになって目を瞬いた。
「はいはい、みんなちゃんと並んで! 天使様が見てるよ?!」
戸惑うオレに構わず、ミーナが手際よく列を形成し始めている。
「あ、あの、別にオレじゃなくてもミーナとか……」
「ダメ。ちなみに最後でいいから私もお願い!」
ちゃっかり最後尾に並んだミーナが、ぱちんとウインクして見せた。
「お、俺っ……私もだ!!」
思い切りよく開いた扉にビクリと肩を揺らすと、ミックが滑り込むような勢いで飛び込んできた。
「あらお兄ちゃん、今日は早いのね」
「ミーナ、ユータが来るなら言ってくれればいいじゃないか!」
「嫌よ、お兄ちゃんユータを独り占めするもの」
ミックはどうやら約束を守ってちゃんと早めの帰宅を心掛けているみたいだね。やり合うミーナもどこか嬉しそうに見える。
『私も』って、お守りのことかな。そう言えばミックにあげたお守りは、役目を果たしてしまったもんね。
「ミック、おかえり。早かったんだね」
ほほえましい二人にふふっと笑うと、ミックが相好を崩した。ミック、その顔はなんだかマリーさんみたいだよ。
「ユータ、全然城の方に来てくれないじゃないか。また私に差し入れを持ってきてくれるんじゃないのか?」
そっとかがみこんだミックが、妙に一部を強調して言い募った。
「うん、また持っていくね! 何がいいかな? 気軽につまめてたくさん作れる……」
「たくさんはいらない、私は一人だ」
う、うん。ミックは一人だけど、騎士さんはたくさんいるわけで……。
「ミック兄、順番だぞ! ちゃんと並ぶ!」
「そうだそうだー! ほら、お兄ちゃんがいるとユータを独り占めするんだからー!」
「天……ユータを独り占めしちゃだめー!」
方々からブーイングを浴びて、ミックは渋々と列の最後尾に並んだ。
「いいじゃないか、お前たちと違って私はなかなか会えないんだから!」
「じゃあもっと家にいろよー!」
「そうよー! お兄ちゃんいつも夕飯ギリギリじゃない」
大きな体のあちこちに子供をぶら下げて、ミックがしかめ面をしている。ミック、お父さんみたいだね。
豊かな表情と、がっしりと大きなミックの体。
あの時の、淀んだ瞳の枯れ木のような少年はもういない。
健やかに、健やかに――。
あんな思いをする子どもが、どうかもう現れませんように。オレはわいわいと言い争うミックとミーナを見つめ、そっと目を細めた。
『……言った方が良かったかしら?』
『言っても、ゆーたはやるしかないと思うよ?』
『それに、今更』
召喚獣たちは確かに、と頷き合った。だったら、もう言わなくていいんじゃないだろうか。お守りの列は、そろそろ終わりに近づいている。
『あうじ、キラキラきれー』
『しいっ! アゲハ、しー、だからな。主は言ったら気にするからな!』
――いいの。ユータはいちろく置かれるといいの。だから、言わなくていいの。
モモは淡く光を帯びつつ祈るユータを見つめて、ふよんと揺れた。それを言うなら一目置かれる、だと思うわ、などと考えつつ。
ミーナ:ちょっとお兄ちゃん、感涙しないでくれる?!ユータにバレちゃう!
ミック:うっ…だって見ろ、あんな神々しい……
モモ:そもそも天の使いって言われてたものねぇ…ここで隠すのは無理がありそうよ…
もうすぐコミカライズ版3巻も発売されるみたいですよ!!!






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