463 へたれのさだめ
『城壁のバルケリオス』様……オレだってその人は知ってる!
国指定のSランク、強力無比なシールドの使い手だとか。『城の守りは壁にあらず、軍にあらず、バルケリオスに在り』そんな風に語られる凄い人だ。
初めて見たSランク冒険者の姿は、ちょっと……想像と違ったけれど。
「すげえ人だったんだな! それなら俺、Sランクの戦ってる所を見たかったぜ!」
「ふう、君は分かっておらんな。いいかね、私は守るべき運命を担った男だからね……何かを傷つけるなど運命に逆らうことで――」
「バルケリオス様に攻撃能力はありませんからね! それはバルケリオス様の剣である私の役目……いえ、運命なのです!!」
蕩々と語り始めたバルケリオス様の話をぶった切って、メイメイちゃんが身を乗り出した。
「何せ魔物と見れば嘔吐し、人が斬られれば失神するような御仁ですから! しかし、その拒否感こそがシールドを強くするのです!! バルケリオス様はヘタ……お優しいからこそ価値があるのです!! 敵を討つのは私! このメイラーディア・メイデスの使命!!」
ジャキン! 剣を抜き放ったメイメイちゃんは文句なしに格好良かった。だけど、肝心のバルケリオス様がしょんぼりしている。
そっか、攻撃能力がなくても国に有用だと判断される能力ってあるんだね。Sランクっていうのは国のお抱えだもの、城壁って言われるくらいだしお城に住んでるのかな。
「――まあ、何でもいいじゃないか。ひとまず食べないかね? 安全は保証するから……」
瞳を輝かせるタクトや少年たちに囲まれて、バルケリオス様の切なげなお腹の音が響き渡った。
「ああ~美味しい! 私、絶対強くなるわ!! 強くなってカウガウもガウホーンもお腹いっぱい食べられるようになるの!」
「そうとも、絶対だ! 俺はこの味を忘れないぜ!」
少年たちは、美味しいお肉の元に固い決意を交わしていた。明確な目標を前に、彼らからはメラメラと燃え上がる炎が見える。
『目標があるのはいいことだけどねぇ……』
『ちょっとチガウ』
モモと蘇芳のじっとりした視線に首をすくめた。そう? 最強を目指す! なんてふんわりした目標より、ずっと具体性があっていいと思うけどな。目標に対する数値化も簡単だ。きっと彼らがたらふくガウホーンを食べられるようになったら、ランクはCあたりになってるんじゃないだろうか。目標は身近な方がいいよね。
「ところで、君もシールドを使うのかね。それなら私と共に城を守る役目にも就けるんじゃないかね? 戦闘もできるようだし、これは将来有望だ」
メイメイちゃんとタクトたちのお肉争奪戦を横目に、バルケリオス様がゆったりとティーカップを傾けた。既に満腹のオレも、倣ってこくりと紅茶を含む。
今日はお偉いさんがいるので、少し気取ったハーブの紅茶を出してみた。少々こってりしたお口の中を、温めた紅茶が柔らかく一掃する。ほう、と漏れた吐息がほんのりハーブの香りで心地良い。
「ううん、オレじゃなくてモモが使ってるんだよ」
ひとまず、オレのことは可能な限り伏せておきたい。基本的にシールドはモモが使っていることにしている。
「もも……?」
『私よ!』
反対側の肩にいたモモが、存在を主張するようにみょんみょんと伸び縮みした。
「ヴッ……?!」
バルケリオス様の手からカップが滑り落ち、メイメイちゃんが当然のようにキャッチしてテーブルへ戻した。もしかして、モモもダメなんだろうか……。
「違うっ違うぞ、私! 違う、問題ない。あれは飾り、服飾品だ。問題ない、問題ない……」
ブツブツと自己暗示をかけ始めたバルケリオス様が不憫なので、モモはそっとオレの中に戻しておいた。この分だとチュー助やシロたちもダメだろうか。
『おじちゃん、ぼくもきらいかなぁ……』
オレの中で、シロがしょーんと耳と尻尾を垂らしているのを感じる。シロの見た目は犬だけど……どうなんだろう。
「バルケリオス様は動物もきらい?」
「そんなことはない! ほら、その肩の鳥は大丈夫だ。むしろ君たちはどうして魔物が平気なのか、理解に苦しむね!」
うーん、ティアは普通の鳥だろうか……? バルケリオス様の中で、魔物とその他の区別は一体どこにあるんだろう。
『失礼しちゃうわ! でも、この人のシールドはさすがね。私も敵わないもの。もしかすると前世は亀だったんじゃないかしら? 学ぶところは多そうね』
モモの真剣な声に、思わず吹き出した。亀……確かに、確かに似合うかもしれないけど!!
「あのね、バルケリオス様は、モモにシールドのことを教えてくれる?」
「えっ?! ……えっ?!」
どうして二回驚いたの。口をぱくぱくさせるバルケリオス様を置き去りに、メイメイちゃんがずいっと割り込んできた。
「それはいいアイディアかもしれませんね! スライムがシールド云々はさておき、フラッフィースライムなら見た目もソフトです。バルケリオス様も、少しずつ魔物に耐性をつけて下さった方がいいと思うのです! どうせ暇ですから、少年に時々遊びに来てもらいましょう」
蒼白な顔で首を振る本人の意見は考慮されないらしい。この分だと耐性がつくよりバルケリオス様が引退する方が早いんじゃないだろうか。
メイメイちゃんが嬉々として教えてくれた住所は、お城近辺の白の街だ。お城じゃないなら行けるかもしれない。本当にシールドのことを教えてくれるなら、凄いことだよね! なんせ憧れのSランク冒険者だもの! ちょっとイメージとは違ったけれど。
「い、いや、少年よ、まあ私は曲がりなりにもSランク冒険者であるからして、君と遊ぶ暇など……」
「バルケリオス様は城が危機にならない限り、基本的に暇ですもんね! 良かったですね、退屈してこんな所まで遊びに来ることもなくなるでしょう」
「……えっと、メイメイちゃん? あの、勝手に来たこと怒っ――」
「怒ってません」
にっこり笑った笑顔の圧がすごい。そっか……ラピスだって勝手に置いて行ったらきっと怒るもんね。しかもメイメイちゃんは『バルケリオス様の剣』だもの、そりゃあ剣置いて出かけたらダメでしょう。
「なんだか凄い人とお近づきになっちゃったね~Sランクだなんて~!」
ようやく満腹になったらしい二人がオレの両隣に腰掛けた。
「あんまりすげえって実感は湧かねえけどな! 俺、どっちかっつうとメイメ……えーとメイ様? の話が聞きたいぜ!」
なるほど、さっきの業火は魔法剣なのかも。 彼女は普段バルケリオス様の側にいるはずだから、遊びに行くときはタクトも一緒に行ってもらおうかな。
『腕が鳴るわぁ~! シールドを使いこなして、私もSランク目指すわよ!』
『モモ、腕はない』
Sランクのスライムっているんだろうか。張り切るモモだけど、果たしてバルケリオス様がモモに教えられるかなぁ。
せめて、美味しいおやつでも持って行くことにしよう。きっと涙目になるだろうバルケリオス様を想像して、くすっと笑った。
「――ねえ、ルーは知ってる? 『城壁のバルケリオス』っていうSランクの人」
「知らん」
間髪入れずに返ってきた返答に苦笑する。ちゃんと考えた? お肉を頬ばるのに忙しくて、どうでもいいって風に聞こえたよ。
高級肉じゃないからあんまり喜ばないかと思ったけど、ルーはガウホーンのお肉でも十分満足のようだ。皿の隅々まできれいに拭って、ぺろりと口の周りを舐めた。
ルーはがっつく割に上手に食べるね。シロだと口の周りどころか、おでこから胸元まで汚れたりするんだけど。
「美味しかった?」
「……普通のガウホーンだ」
そりゃそうだよ、焼いただけだもの。だけど、久々にここへ来た割に機嫌がいいのは、きっとガウホーンのおかげだろう。その証拠に、これだけ撫で回しても怒らない。
「……あったかいねー」
いつもルーのいる場所は居心地が良い。肌寒くなってきた森の中、大きな身体はぽかぽかと日の当たる一等地に横たわっていた。たっぷりと熱を吸収した毛皮に小さな手を這わせると、ほんのりと指の跡が残った。手のひらで撫でつけて凹凸をならせば、また幾重にも光の輪が復活する。
「………面白いか」
ぼんやりと跡を付けては撫でつけて遊んでいると、ルーの呆れた視線と目が合った。
「面白いよ?」
ぱふっと片方のほっぺを毛皮に伏せ、金の瞳を見つめ返して笑った。
ルーといると、時の流れがゆっくりになる。こうして何年でも、一緒にぼうっとしていられそう。
オレは柔らかな毛並みに遠慮なく手を差し入れ、その下のしなやかな身体を抱きしめた。
いざるって普通に使ってたよ!そんな使われない言葉なんですね~!
もふしら6巻、もう読まれた方もいらっしゃるようで嬉しいです!Web既読の方にも楽しんでもらえるように頑張りましたが、どうだったでしょうか。
書籍の方でご要望等あれば出版社さんに伝えてみてくださいね!巻末に住所載ってます!
ハリウッド映画化してー!とかディズニーにもふしらのアトラクション作ろう-!とかね!(違う)






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/