43ヤクス村へ 2
「あ・・あり・・ありがと・・・!!」
リリが大泣きしながら父親に抱きついてお礼を言ってきた。勇敢なお父さんだね・・若い家族が抱き合って無事を喜ぶ姿に、オレはにこっとした。
「もう大丈夫。」
ラピスがいるのバレちゃったし、今さら隠せないもんね。どっちにしても誰かが傷ついてまで秘密にするべきことじゃないな。
「それ・・それは、管狐?お前さん、そんな小さいのに管狐を従魔にしとるのか?」
管狐ってなんだろう?
・・眷属のことだよ、管狐はそのへんにもいるんだよ、とラピスが言う。
おお・・そっか!じゃあラピスも管狐ってことにしておいたら堂々と側にいられるんじゃないの?!
「きゅ!」
喜んだラピスがくるり、と回ると淡いきつね色に染まった。
わあ・・そんなこともできるんだ。馬車の中は暗いから誤魔化せるだろう。
(じゃあ、ラピスは管狐でオレの従魔ってことにしておいて大丈夫?)
大丈夫!と言うラピスは続けた。
ラピスは管狐じゃないけど元々ユータの従魔だし!
えっ?あの『一緒にいる契約』ってもしかして従魔契約だったの・・?
・・オレは召喚術師の前に従魔術師になっていたようだ。
「くそっ・・なんだってんだ?!」
ガッと太い腕が幌から突きだし、もう一度男達が入ってくる。
悲鳴をあげて後ずさる乗客を、男達は今度は油断なく見回して警戒している。
「魔法使いか・・?どいつだ?!」
「もういい、出てこないなら大したことねーってことだ!片っ端から切れ!」
「だめ!」
オレは精一杯胸を張ってみんなの前に出る。
肩には怒ったラピス。
「・・・なんだぁチビが!どけ!」
「捕まえておけ!いい値で売れるぞ!」
「ぼく!危ないわ!」
「ぼうや!こっちに来るんだ!」
我が身を省みずオレを助けようとする乗客達・・みんな、いい人だ。そう思ったらこの男達に無性に腹が立った。今ここにラピスがいなかったら、この人達は殺されていたかもしれない・・こんなヤツらに!
「へへっ」
にやけた顔でオレに手を伸ばす汚い男に、雷が走った。
バチバヂィッ!!
すごい音と光と共に、男は声もなく煙をあげて倒れる。
・・ラピス、やりすぎ。
怒ったラピスはなかなか怖い・・おかげで少し頭が冷えた。
今度は魔素を集める時間があるから・・オレがちゃんと魔法を使える。ラピスは加減しないからオレがやろう。
倒れ伏した男に驚き、動きの止まった男達を、もう一度突風で馬車から吹き飛ばす。
「うわああ!」
「なんだっ?!」
「あなたっどこに行くの?!」
「危ないぞ!中に入りなさい!」
「だいじょうぶ!」
引き留める人たちを振り切って、オレは幌馬車から飛び降りた。
「ガキが1匹逃げてやがる。あいつら何やってんだ!」
外に潜んでいた男達が驚きの声をあげると、ようやくニース達が騒ぎに気付いた。
「ユータっ?!」
「野盗っ?!」
慌てて戻ってこようとするが、ゴブリンはあと2体、そして野盗が冒険者たちに相対する。残りの半分はオレと幌馬車を囲んでいる。
「気ぃつけろ!そのガキ、魔道具持ってやがる!」
吹っ飛ばした野盗がふらふらしながら起き上がった。
あ、こういう魔道具もあるんだ!いいこと聞いた。
「くっそおぉ!ユータ!!逃げるんだ!」
「ニース、大丈夫。」
必死に剣を振るニースににっこりすると、オレは野盗たちを一掃すべく魔法を発動する。
「せんたっきー!」
ドドドッ!
渦巻く大量の水が、瞬く間に野盗たちを巻き込んだ。まるで水の竜巻のように回転しながら立体的な水流を発生させ、盗賊たちを・・・もみ洗いする。ダブルの水流で頑固な汚れも真っ白に。
えへへ・・・オレの失敗魔法その1。
洗濯機を魔法でやりたかったんだ・・・でも規模が大きすぎてこうなっちゃった。使えないと思ったけどこんな所で役に立つとは・・。
目と口をぱっかりと開けて剣を落としたニースたちに手を振る。
「みんなだいじょうぶー?」
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結局一番大きなケガをしたのは、野盗に襲われた御者さんだった。背後から頭を殴られたらしく、後頭部から出血して倒れていた。もちろんちゃんと治療してある。
「お前・・・管狐を従魔って・・そりゃ野盗ごときじゃ相手にならんわ・・。」
「ありえない・・。」
「もーどこから突っ込めばいいのかわかんないわ・・」
オレの魔法は全部ラピスがやったことにして、3人と冒険者グループにも点滴で回復しておいたのだけど、3人はすごくグッタリしている。あれ?点滴効いてない?
「ごめんなさい・・言ったらダメだと思ったの。」
「いやまぁーーー・・言ったらダメなやつだろうよ。」
「同意。」
「うん。言っちゃダメよ。」
3人は深く頷いた。やっぱり2歳で従魔がいるのはナイショにしておいた方がいいみたいだ。
気味悪がられたりするかもしれないと思ったけど、3人の態度が変わらなくて心からホッとした。
「でもま、とりあえず助かったぜ!」
「みんなを守ってくれてありがとうね!」
「危なかった・・・。」
ニースはにかっと満面の笑顔を浮かべ、ルッコはぎゅうっとして頬ずりする。リリアナはよくできましたと頭を撫でてくれている。一緒にいたのがこの人たちで本当に良かったと胸が熱くなった。ぐぐっと喉の奥も熱くなる。あ・・まずい。
「あり・・がと・・。」
「なっなんで泣いてんだよ!」
「どうしたの?!大丈夫、大丈夫よ!」
「怖かった?」
ぽろりと零れた涙をきっかけに、次々と涙が溢れて困ったことになった。
オレ、本当は怖かったんだな・・この人たちに嫌われちゃうかと思って。
簡単に涙の堤防が決壊する幼児の体を持て余すオレ。背中をぽんぽんしてくれるリリアナ、頭を撫でながら布きれで涙を拭いてくれるルッコ。そしておろおろと右往左往するニース・・・・モテる男には遠いぞ。
オレに手を伸ばしては引っ込めるニースを見かねて、泣きながら両手を広げてみせた。
「!!」
「こ・・こういうとき、ぎゅっとするといいんだよ。」
にこっとしたオレの頬に、また涙が伝う。ニースがおそるおそる、オレをぎゅうっとする。
「・・ちっこいな。」
「・・にさいだから。」
この場面でそんな台詞はないよ・・こんな時は、相手が女性なら頭を撫でながら、耳元で「泣くなよ」とか言うんだよ・・と思いながらオレは笑った。
「ニース、3点。」
「100点満点中ね。」
女性陣から厳しい採点が下された。
泣き止んだオレと3人が馬車に戻ったら、みんなから無茶をするなと叱られて、感謝された。
そして、ラピスはみんなに大人気だった。
・・ちなみに・・・野盗たちはずぶ濡れのまま馬車の後ろに雁字搦めになって転がされている。
変なところで時間を取っちゃったけど、ヤクス村まであと数時間だ。
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ガタゴト・・揺れる馬車の中でオレはどきどきしている。
もう目の前に村が・・!
ガタゴト、ガタゴト・・・簡素な門をくぐり、オレはこの世界で初めての村へ・・たどり着いた。
馬車を降りれば、懐かしい場所まで、もうあとわずか。
ここまで帰ってきたのに、緊張に足が止まってしまうオレを見かねて、ルッコが抱き上げてくれた。温かい腕にホッと安心する。
「あいがとう・・。」
にっこりしたオレを、ぎゅっと抱きしめてくれる。カロルス様の力強い安心感とはまた違う、柔らかくてホッと力の抜ける優しさが、オレを包み込む。ほうっと力を抜いて身を預けると、少し緊張がとけた気がする。
「ここかぁ・・まさか領主様んとこの子だとはなあ・・。オレら、扱いがなってないって罰受けたりしねーよな?」
「あり得る・・。」
「保存食与えたり安宿に泊まらせたり・・そもそも結構歩かせたし。野盗にまであっちゃって・・。」
「あっ・・オレなんて体拭いてもらったわ。」
「ちょっとあんた何やらしてんのよ!!!」
「あり得ない。」
領主館の前で尻込みし出す3人。
普通は褒美がもらえるって喜ぶとこじゃないの?くすっと笑うと、ルッコの腕から降りて向き直る。
「ここまであいがと。みんなはおやどで待つ?いっしょにいく?」
「お・・おう・・家に入るまで見送ってるぜ!」
「えーっとその、私たち冒険者でマナーがなってないからね・・・。」
「貴族は冒険者を嫌うから。」
あのカロルス様に限ってマナーがどうとか言うことはないと思うけど、嫌ならしょうがない。
「じゃあ、おやどでまっててね?・・・まっててね??」
おう、とホッとした様子の3人にこのまま帰ってしまうんじゃないかと不安になったので、こっそりアリスをつけておいた。
3人に見守られながら立派な門をくぐると、正面扉の前で振り返って手を振った。
よし、と気合いを入れて扉を開ける。
キィ・・
軽い音をさせて開いた扉。
ちょうど、奥の階段から誰かが降りてくるところだった。
ゆっくりと降りてきたのは、何やら難しい顔で書類に目を通しながら歩く・・カロルス様。
「・・・・・カロルス、さま」
会いたかったその力強い姿に、思わず小さく呟いた。
ほんの小さなささやきだったのに、カロルス様は弾かれたように顔をあげて・・オレを見た。
バサリ、と書類が落ちる。
目を見開いて、恐る恐る近づいてくるその姿は、まるで駆け寄ったらオレが消えてしまうと思っているようだった。
目の前まで来て膝をついたカロルス様は、何も言わず、確認するようにそっとオレに触れた。
大きな手に似合わない壊れ物を扱うような怖々としたしぐさに、随分と心配をかけたのだと胸が痛む。
「か・・カロルスさまぁ・・ごめんなさい・・・。」
なんとか涙を塞き止めて小さな声で言うと、カロルス様は強い腕でオレをぎゅうっと抱きしめた。
「なんで・・・なんでお前が謝る・・!!悪かった・・本当にすまなかった・・・!!ああ・・・よく、よく無事で・・・!!」
大きな固い体が少し震えているのが伝わる。
オレの堪えたはずの涙もとうに溢れてカロルス様を濡らしていく。
「・・ただいま、です・・。」
オレは小さな手で、大きなカロルス様を精一杯抱きしめた。






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