459 意外と快適
「ピッピ! ピピッ!」
小さなあったかい足が、おでこの上をチョンチョンと行ったり来たりしている。ちょっぴり爪はチクチクするけれど、それ以上にまふまふと当たる腹の羽毛が最高……。
「ん、ん~~」
ダンジョン内でもいつも正確、目覚ましティアがせっせとオレの髪をついばんでいた。周囲は当然ながらずーっと薄暗いけど、ティアが起こすなら朝なんだろう。
「……あれ? 今日は寝ぼすけじゃねえのか」
ぼんやりと目を開けると、残念そうな顔が覗き込んでいた。
「ティア、タイミング悪いぜ! 俺が起こそうとしたのによ!」
不服そうに唇を尖らせると、肩にかけたタオルでがしがし顔を拭った。どうやら既に朝の鍛錬をすませたらしい。
「ピピッ!」
だから起こしたんだと言わんばかりのティアに、グッジョブとお礼を言っておいた。タクトの目覚ましは一瞬で目が覚める代わりに、めちゃくちゃ心臓に悪い。
「……おはよう。タクト、何しようとしてたの……?」
あくびしつつ胡乱げな目で見やると、タクトは悪い顔でにやっと笑って唇に手を当てた。
そして、そろっとオレの隣に手を伸ばし――
「――食らえ!! ローリングサンダー!!」
「はっ?! うああぁぁ~っ?!」
哀れ、ラキ……。早起きは三文の徳ってこういうことだね。
タクトはがっしりとラキを全身でホールドすると、寝袋ごと抱えたままテント内を転げ回っている。オレは轢かれないよう隅っこへ逃げると、右へ左へ流れる悲鳴を聞きながら、もう一度あくびした。
「ほらな! 目ぇ覚めただろ! 普段のベッドじゃできないスペシャルバージョンだぞ!」
タクトスペシャルが終わる頃、ラキはぜえはあと荒い息を吐いて伸びていた。タクト、朝から飛ばしすぎだよ……。
「そ、そういうのはユータだけにしてくれる~? 僕は起こされたらちゃんと起きるから……。ねえティア、今度から僕を先に起こして~? そしたらユータも起こしてあげられるでしょ~?」
「ピ」
くるんと小首を傾げて、ティアはそれもそうかなと納得したようだ。まあオレはタクト以外が起こしてくれるなら誰でもいいよ。できれば辛抱強く優しく起こしてくれると嬉しい。
『自分で起きる選択肢はないのね……』
……それができるなら毎回タクトの被害に遭ってないと思うんだ。
「ダンジョンの中って風もないし、結構静かでよく眠れるねえ」
オレはテントを出て、うーんと伸びをした。雨だって気にしなくていいし、虫もほぼいない。実はダンジョンってすごく快適なんじゃないだろうか。
ダンジョンにもよるけれど、ここは自然洞窟ほど冷えてもいないし、きっと年中気温も安定しているんだろう。エルベル様たちがダンジョンで生活するのも頷ける。
「そんなこと言うのはユータだけじゃない~? まあ、僕も快適で寝過ごしたわけだけど~。ダンジョンは日が差さないことを忘れていたね~」
ラキはぽんぽん、とオレの頭に手を置いて苦笑した。普段は誰かが見張りをするから寝坊することなんてないんだけど、今日は3人一緒に寝たからなぁ。
『おはよう! 異常なしだったよ!』
テントから出たオレたちを見つけ、シロが嬉しそうに立ち上がった。
「シロ、おはよう! 見張りありがとうね!」
駆け寄って首元へ飛びつくと、ぶらんと足が浮いた。力持ちのシロは、オレがぶら下がったくらいではビクともせずに尻尾を振った。ルーほどじゃないにしろ、やっぱり大きいなあ。そのまま顔を埋めると、すうはあと良い香りを吸い込んだ。一緒にお風呂に入っているし、獣臭さは全然ない。シロは春の野原みたいな優しい香りがする。これはきっと、魔力の匂いなんだろうな。
『ぼくもゆっくり寝たよ! だって何にも来なかったもの』
休憩所に続く通路は狭くなっていたので、夜中はシロにどーんと通路を塞いで横になってもらっていたんだ。どうやら、シロを跨いで侵入しようとする勇気ある魔物はいなかったようだ。
「今日は5階層まで行けるかな~?」
「行こうぜ! ゴブリンばっかじゃつまんねえし!」
オレたちはさっそくテントを畳んで行動を開始した。ちなみに夜の間に作っておいたローストビーフ、いやローストカウガウは、今朝のサンドウィッチになった。ローストカウガウはオレが作ったと言うよりも、管狐部隊が作ってくれたと言っても過言ではない。だってじっくりローストするのは管狐部隊だもの。オレは調味料をすり込んでお任せしただけだ。
「なんか、悪い。ここまで世話になるつもりはなかったんだけど……」
しっかりとサンドウィッチを頬ばりながら、少年は決まり悪そうに言った。
「ううん、ついでだからね」
「薬草の情報ももらったしね~」
「で、でも薬草の情報なんてギルドで聞けば教えてくれる類いのもんだし! いや、でも俺らにできるのはそれぐらいだもんな、絶対薬草見つけてやるからな!」
おお! と応える少年少女たちの気合いがすごい。モモに薬草はあの子たちに任せてあげてって言われたけど、こういうことか。
オレはティアと顔を見合わせて『しいっ』と笑った。
「ふーん、ここまで来るとゴブリンはあんまりいねえな」
「大分崩れた部分が多くなってきたけど~、薬草はないね~」
オレたちは薬草目的じゃないからいいけど、彼らは段々と焦りが出てきたようだ。
「ううっ……普段は2階層でも見つかるくらいなんだけどなぁ……」
「ごめんね、戦闘もしてないのに見つけられなくて。魔物が増えてるから全部食べられちゃったのかなぁ」
肩を落としつつ、視線は必死に周囲を探している。この4階層まで来ると、魔物も少し強くなって彼らには戦闘が厳しくなるみたいだ。
「4階層までは普段来ないの?」
「うん、来てもすぐに戻れるようにしてるんだ。俺たちだとカウガウ1匹だってやっとだよ」
オレたちは魔物を減らす目的があるから積極的に狩っているけど、このくらいの魔物なら戦闘を避けて逃げることだってできる。低ランク冒険者たちはそうやって賢くダンジョンをまわっているらしい。
「ピ……」
いつもいるんだかいないんだかオレにさえ気付かせないほどのティアが、落ち着かない様子でしきりと毛繕い(?)を始めた。チョンチョンとせわしく立ち位置を変えてみたり、かと思えばチュー助の短剣をつついてみたり。
「どうしたの?」
「ピピ!」
なんでもない、って……そうではなさそうだけど? また肩まで戻ってきたティアがそわそわと尾羽を振った。
『ちゅ、チュー!!』
「あっ?! こいつ!」
……チュー助? 少年たちの1人から小袋を奪うと、サンタさんみたいに担いで走って……慌てて四足歩行に切り替えた。お気に入りのベストも脱いで、四つ足で走っていたら普通のねずみに見える。
……何やってるの?
『ちゅー! こっちだっチューの!!』
ねえ……察するに、しゃべっちゃダメじゃない? ちょっとハラハラして見守るオレに手を振ると、チュー助は追いかけてくる少年を確認して、岩の間に滑り込んだ。
「チュー助、何やってんだ?」
「なんだろうね~あそこに何かあるのかな~?」
あ、なるほど。ちらっとティアを見ると、まふっと羽毛を膨らませたティアが満足そうに鳴いた。
「ちょ、返せ……?! あっ……?!」
岩の隙間を覗き込んだ少年が、紅潮した頬でがばりとオレたちを振り返った。
「あ、あったぞーー!!」
わっと集まった彼らの表情を見るに、どうやら目的の薬草だったらしい。
『どーよ、俺様の演技力?』
いつの間にか戻って来ていたチュー助が、ふふんと鼻をこすった。演技も何も、普通にねずみだからねぇ。だけど、彼らのために一芝居うってくれたことには感謝しなきゃ。
「ありがと。おかげで見つけてもらえたね」
くりくりと小さな顎を撫でると、チュー助はへにゃっと口元を緩めてオレの手にすり寄った。
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