453 行ってみよう!
「ユータ、起きるぞ!」
どすっとベッドが沈むと、顔に当たっていた眩しい朝の光が遮られた。
やだよ、まだ起きないよ……。タクトが起こしに来るってことは、まだ早い時間だ。
「ほーら、目ぇ覚めるだろ!」
「ひゃあああ?!」
首筋と腹に氷のようなものが差し込まれ、体が跳ねた。慌てて振り払おうとしたけれど、びくともしない。
「お~あったけぇ! ちょうどいいぜ」
毎度毎度心臓に悪い寝起きに、ぶすっと盛大に不機嫌な顔で目を開けた。差し込まれていた氷のような手は、オレの体温でじわじわと温まりはじめている。
「オレで暖まらないでよ! どうしてそんな冷たい手なの……」
普段体温が高めのタクトにしては珍しいことだ。渋々体を起こすと、あくびと共に呆れた視線を送った。
「そんな格好で外に出るからだよ……」
「ちょっとギルドに行くだけだし、特訓の後は暑かったんだよ! 今日結構寒いぞ!」
そりゃあ汗かいた後に冷えたら寒かったろう。だけど、オレの腹で暖を取るのはやめていただきたい。
「それで、何かいい依頼があったの?」
「おう! 依頼はフツーのしかなかったけどさ、とびっきりの話があるんだよ!」
どうやらそのとびっきりの話を外で聞いていたもんだから、こんなに冷え切ったらしい。
「とりあえず討伐行こうぜ! 話すからさ」
ああ、依頼は受けてきたんだ。だけどなにもそんな朝早くから出発しなくたっていいのに。オレはタクトの手を引っこ抜くと、ショボショボした目をこすってもう一度あくびをした。
地響きがするような突進をサラリと躱し、すれ違いざまにタクトの長剣が閃いた。どうっと倒れ伏したのは、猛々しい一本角を生やしたサイみたいな魔物だ。
ちらりと目をやって絶命を確認すると、タクトはなんでもないように振り返った。
「俺らってさ、ランクはEだけど実力は結構あるだろ?」
ニッと笑った精悍な顔は、もういっぱしの冒険者だ。剣を一振りして納める姿も、随分と手慣れている。
以前は両手で振っていた剣が、片手で軽々振れるようになったんだなぁ。
タクトはマッシュ先生の見立て通り、身体強化と抜群に相性がいい。身体強化を習得してからの伸びは、めざましいものがあるんじゃないかな。
「そうだね~。うぬぼれは良くないけど、過小評価も良くないね。だってそれDランクの魔物だし~」
人ごとみたいに言うラキだけど、その視線の先には同じく倒れたツノの魔物がいる。
大型の魔物に小さな狙撃魔法はあまり相性が良くないはずだけど、ラキの場合はそうでもないらしい。正確無比な狙撃は、見事に右の眼窩から後頭部へ抜けていた。
突進してくる魔物の真正面に立ちはだかって狙撃なんて……本当、鉄の心臓の持ち主だと思う。
「――漏電!! うん、貴族学校でもそう思ったよ。タクトやラキの方がずっと強いって!」
濡らした地面を伝って、オレの周囲数頭の魔物が硬直して倒れた。ちょっとセデス兄さんのワザみたいでカッコイイよね!
『でもネーミングセンスがねぇ……』
モモが力なくふるふる揺れた。
「――だから、さっ!」
高く飛んだタクトが、突っ込んできた1匹を真上から屠った。ドッと倒れる背中から飛び降りると、ニッと大きく口の端を引いて笑う。
「……行ってみねえ? 低ランクでも行くヤツは行くって言ってたぞ!」
「そうだね~せっかくだし、様子見だけでも行ってみる~?」
「やった! オレも賛成!」
残った数頭の魔物は、敵わぬとみて逃げていったようだ。ちょうど話もまとまったし、オレたちは満面の笑みでハイタッチした。
もちろん、オレたちが受けた討伐依頼の対象はこの立派なツノの魔物じゃない。たまたま群れに出くわしてしまっただけだ。
Dランクの魔物なら、そう苦労することもなく戦える。図らずもそんな証明になってにんまりと笑った。
そもそも、一般的に人が住む領域に出てくる魔物なんてDランク以下だ。それ以上がほいほい出てくる場所で人は生活できないもの。
だから、出現してもせいぜいCランクまでってところだ。あとは、人の方から魔物の領域に踏み込まない限り、まず遭遇するものじゃない。
「ダンジョンかぁ……」
オレは上気した頬で想いを馳せた。まさに、魔物の領域へ踏み込むための場所。オレはカロルス様たちとダンジョンを経験したけれど、この3人で行けるなんて! これぞまさに冒険だ。
タクトが聞いてきた話だと、王都近郊のダンジョンには低ランクも割と挑戦している場所があるそうだ。ただ、少し不便な場所にあるから馬車を借りる必要があるらしい。低ランクだとお金に余裕がないので野営しつつ歩いて行くそうだ。
「だからさ、お前の試作品がちょうど良いんじゃねえかってな!」
『ぼく、引っ張りたい!』
タクトがラキの背中を叩き、シロがぶんぶんと尻尾を振った。
「えっ? シロの馬車できたの?!」
「ま、まだ試作の試作だよ!」
ラキが慌てて手を振った。でも、試作ができたんなら試乗をすべきだよね!
「楽しみ! いつ行く? 明日?」
「明日はムリだよ~もう少し準備をしよう? ギルドで話を聞いて、情報も集めないとね~」
オレたちはきらきらする瞳を見つめ合わせた。危険なんだって分かってる、だけど、それでもワクワクは止められない。
「ダンジョンだぜ! 何持ってく?! 洞窟の中でもテントはいるんだよなぁ?」
「ダンジョンって森があったり外みたいな場所があるって言うよ~! テントもきっといるよ~」
なるほど、数日はダンジョン内で過ごすって寸法なんだね!
「じゃあ調味料はたっぷり持っていかないとね! 途中でなくなったら大変だよ! そうだ、着替えとかどのくらい持っていけばいいのかな?!」
なんだか遠い懐かしい記憶が蘇る気がする。おやつは200円までなの?! バナナはおやつに入るっけ?! 雨天決行だよね?! 雨具ってカッパのことだっけ?
「着替えなんていらねーよ! ずっと同じの着てればいいじゃねえか。でも調味料はいるな。飯が不味いと早く帰りたくなるからな!」
確かに、食と睡眠が確保できたら大抵のことは耐えられる気がする。逆に言えばその2つが快適ならどんな場所でも結構生活できる気がする。
「まずは話を聞いてから、必要なものを揃えよう~。僕たち回復薬とか全然使ってないから残ってるよね~? 何が残ってるかも一度確認しなきゃ。今日の夜は僕たちの部屋に集合~!」
「「おおー!」」
まずは今日の依頼を手っ取り早く済ませてしまおう。
オレたちは足取りも軽く草原を走った。
「足ばっかり触るんじゃねー」
無心で巨大な肉球を揉んでいたら、鬱陶しげに尻尾で払われた。
「だって、だってダンジョンに行けるんだよ! 落ち着かなくって」
「俺の足を触っても落ちつかねー!」
いや、そんなことないよ。ルーの巨大肉球をもみもみするのは結構心が落ち着くんだけど。
後ろ足だからダメなのかと前足に手を伸ばすと、スッと遠ざけられてしまった。
唇を尖らせて金の瞳を見上げると、ルーはフンと鼻を鳴らして姿勢を崩した。
「じっとしていれば落ち着くだろうが」
落ち着かないからじっとできないの! じっとできるならそれはもう落ち着いてるの! 地団駄踏みたいような気分でルーの胸元に乱暴に顔を突っ込んだ。腹いせに思い切り力を込めてしがみついてみるけれど、どこ吹く風で尻尾を揺らしている。
ぐりぐりと柔らかな毛並みに顔を擦りつけると、体にグルルルと振動が伝わった。
心地よさそうに目を閉じて、ぱたりぱたりと揺れるしっぽ。もしかして、喉を鳴らしてるのかな。地響きみたいな振動に笑みを堪えると、オレも力を抜いてふかふかのベッドに横たわった。
そうだね、じっとしてても落ち着けるかも知れない。
ルーがゆったりとリラックスしているから、オレも段々と力が抜ける。
漆黒の毛並みに混じる黒髪を眺めて、ふんわりと笑った。
なんとか更新・・・






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