450 お出かけ
がしっ!!
突如両側から強く抱きしめられて、きょとんと顔を上げた。
「やっったわ!! これで合意よ!!」
「やった! もう言質(?)をとったからね?!」
嬉しげに細められたグリーンの瞳が、両側からオレを見つめている。そして、少し離れてマリーさんが感涙していた。
あの微かな頷きに気付いたんだろうか?! でも、でもあれは……!
視線を彷徨わせて何と言おうかと戸惑っていると、全方位からの圧力が増した。ぐえっとなると同時に足が地面を離れて揺れる。
「ちょっと! 下ろしてよ! 僕も巻き込んでるんですけど?!」
「んふふ~今宵は宴よ……」
騒ぐセデス兄さんと、気にも留めずほっぺにスリスリしているエリーシャ様。3人まとめて抱え上げたカロルス様が、コツンとオレとおでこを合わせた。近すぎるブルーの瞳がぼやけて見える。
「いーんだよ、これでいいんだ。お前は考えるな、俺が保証してやる。……これでいい」
低い声が宣言するように囁いた。
「………」
これで、いい。
へにゃりと顔を緩めると、オレは今度こそ頷いた。
にやっと笑う顔も、それ以外も、全部ぼやけて見えた。
「ねえ、どうしておめかしするの?」
書類を出すだけだって言ったのに、朝からとっかえひっかえ色んな服を着せられている。出発前から大分消耗してしまった。
「書類を出すのはすぐよ、すぐ! その後お出かけでしょ? だってユータちゃんたら忙しくて、一緒に行けるの久々なんだもの~! それに、お祝いだから奮発するのよ!」
「ユータ様、せっかくの機会ですもの! めいっぱい着飾りましょう!」
そんな服、どこから持ってきたんだろうか。
どうやら今日のディナーは豪華なお食事になるらしい。渋っていたオレの書類を提出するだけなのに、とても申し訳ない気分だ。
「ユータ、僕たちも久々に良いディナーを食べたいんだよ。そんな顔しないで大丈夫」
「おう、なんか理由ねえと金遣いが荒いとかなんとか言われんだよ」
それは、やっぱり王都だから他の貴族様の目が厳しいんだろうか。それとも執事さんやエリーシャ様からの圧力だろうか。
そっか、カロルス様が喜ぶなら……まあいいか! オレよりも嬉しそうなカロルス様に、くすっと笑った。
「ちょっと! 私がみっともないからやめてちょうだい! 悪あがきしたってどうせバレるわよ」
「い、いいじゃねえか! フードくらい被っても……」
さて出かけようとした所で、カロルス様がフードを羽織りだして一悶着だ。もう結構な期間王都にいるのに、まだ出歩くの慣れてなかったんだ……。
でも、エリーシャ様やセデス兄さんと歩いて目立たないわけがないよ。
「じゃあさ、フードの代わりに髪型を変えたらどう? お芝居の人と違う髪型にしたらいいんじゃない?」
そんなことをしたって、カロルス様たちのオーラが消えるはずはないけどね。
「お、なるほどな。じゃあ、ひと思いにやってくれ!」
簡単に信じたカロルス様が、マリーさんに背を向けて座った。
「私はユータ様かセデス様の御髪をお任せいただきたいのですが……」
そんなことを言いつつ、『美しくする』という作業が好きなマリーさんは嬉々としてカロルス様の髪を結った。ひとつにまとめるだけかと思ったら、右半分だけきちっと編み込まれていた。貴族らしくピシリとした装いにも似合うまとめ髪……だけど、ぼさっと下ろしている時よりもワイルドに見えるのは気のせいだろうか。オレがやったら女の子みたいだったのに。
「ユータ、大丈夫。僕だってアレ、儚い王子様って言われたから」
セデス兄さんもやったことあるんだ! オレたちは微妙な笑みを浮かべて見つめ合った。
「ねえ、どこに行くの? お城?」
「お城の近くではあるけどね、また違う場所なのよ」
オレたちはみんなで白の街を歩く。
せっかくなので馬車は使わないらしい。何が『せっかく』? と思わなくもないけれど、みんな体を動かすのが好きだもんね。オレは右手も左手も華奢でやわらかな手に包まれて、力加減に緊張してしまう。
「うふふ。ユータ様とお手々繋いでおでかけ……小さなふくふくした手が私の手中に……。ああ、スライムのように柔らかで脆くて握りつぶしてしまいそう……」
――違った。力加減を間違ってほしくないのは華奢な手の持ち主の方だった。オレごときの力でどうこうなるはずもない。
顔がゆるゆるのマリーさんを見上げて、潰さないでねと苦笑した。
緊張していた割に、書類の手続きは本当にすぐに終わった。もう、秒単位じゃないだろうか。書類ちらっ、オレをちらっ、ハイ終わり、だ。
「こんなに早く終わるんだ……」
「ユータは本当にまだ子どもだからね。それに、養子に制限があるわけじゃないもの。家督を継ぐとか結婚になると、色々と書類が関わってややこしくなるけどね」
そもそも養子をここに連れて来ずに登録することも可能なようだ。その場合は他に面倒な書類が増えるらしいけど。
「これで終わりっ! 嬉しいわ! もう誰が何と言おうとユータちゃんと結ばれたのよ~!!」
きゃあ、とはしゃいだエリーシャ様がオレを抱っこしてくるくる回った。オレの頭の中でまた鐘が鳴り、あまつさえフラワーシャワーの幻覚が……。
「おめでとうございます! おめでとうございます!! マリーは嬉しゅうございます!」
滝のように感涙したマリーさんが、カゴいっぱいの花びらをせっせと浴びせかけていた。さすがAランク、1人でフラワーシャワーを演出可能とは……じゃない! マリーさん、それどこから……?!
想定外にものすごく目立ってしまい、オレたちは大慌てで移動した。
「ねえ、ユータはどこ行きたい?」
「みんなでお芝居見……」
「却っっっ下だ!! お前、何恐ろしいこと言いやがる……」
カロルス様が両腕でバッテンを作って割り込んだ。うん、まあダメだろうとは思ったけど。
結局、時間まで白の街をうろつくことにした。ここならカロルス様がこそこそしなくてすむからね。
「オレ、ここ通ったことあるのに気付かなかったよ」
「景色の一部だと思ってると、目に入らないよね」
普段あまりゆっくり眺めることのない白の街は、案内してもらえば見所がたくさんあった。芸術品のような建物や像、珍しい草木に美しい装飾。まるでテーマパークか博物館のようだ。
「きれいなものって、こんなに身近にたくさんあったんだね」
お外に出たときは、結構草木や地面、石なんかもよく見ていると思うんだ。だけど、人が作った生活の場にも、こんなに素敵なものがたくさんある。見ようとしなければ、ずっと知らないままだったなんて勿体ない。
ヒトの作り出す造形は、あふれ出す意思を感じるみたいだ。自然の造形の、泰然とそこにある雰囲気とは随分と違う。芸術というのは――
ぐうぅ。
とても高尚なことを考えていたような気がするのに、お腹の音が割り込んできた。途端に体から力が抜けるような空腹感を感じる。
「――オレ、もうお腹空いてきちゃった」
「そうだね。僕もお昼控えたからねえ」
ディナーの予約時間までもう少し。だんだんとそわそわしてきた。一体どんなお料理が出されるんだろう。王都でも有名なお店らしいから、味はお墨付きだ。
「そうね、そろそろ向かいましょうか」
まだ空が赤くなり始める頃、オレたちは予定のお店へとやって来た。
建物は通りに面した所に窓がなく、中の様子がちっとも分からない。ただ、大きく豪奢な扉が他を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
扉の横で控えていたドアマンに恭しく促され、オレたちは重そうな扉をくぐった。
たくさん感想いただきありがとうございます!
お返事できなくてすみません…
ユータがエリーシャ様にあまり甘えないのは色々と理由がありますが、こうかな?って理由は皆さん想像されてるんじゃないかな~と。ひとつじゃないのでね~色々ユータの心中を想像してもらうのもいいかなって思ってます。






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