449 ロクサレンの繋がり
「ーーそれでね、ラスさんに『お前もやっぱりロクサレンかー!』って言われたんだよ」
「それはお前……ロクサレンって悪口になってねえか?」
せっかくの授業だったけど、オレが参加できたのはあのゲームのみ。あの後ラスさんにつまみ出されてしまった。
『これ以上はロクサレンの悪影響が出る』
なんてブツブツ言って。でも、そもそもセデス兄さんを呼んだのはラスさんなのに。オレの活躍だって、完璧だったでしょ? ラスさんの言う「壊さない、死者を出さない、大けがさせない」をきっちり守っていたわけだし。
カロルス様の時は言うまでもなく、セデス兄さんよりよっぽど『上手くやった』と思う。
「あ、カロルス様そこちがうよ」
「うん? おう、ありがとよ」
オレは書類仕事に勤しむカロルス様の背中に張り付いて、おんぶ状態になっている。
邪魔と言うなかれ、こうして後ろから時々チェックしては間違いを見つけたりしているんだから。これは十分お手伝いだと思う。
それに今日はちょっと肌寒いからね、こうしてる方がきっとカロルス様もあったかいんだ。
「あー剣技なら俺を呼んでくれたって良かったのによ。昨日なんかずっと部屋に缶詰だったんだからな」
「だってカロルス様、前に建物壊したでしょ」
「うっ……なんだよ、誰がバラしたんだ。でも俺はちゃんと言ったぞ? それでもやってくれっつうから仕方なく――」
大きな体がそわそわと動いてオレを揺らした。仕方なく、大喜びでやったんでしょ?きっと王都にいた頃はひと目もあるから、満足に戦ったりしてなかったんだろうし。
「でも、どうせセデスも壊したろうが。あいつはちゃんとやればできるけど、やらねえからな!」
それはカロルス様のことじゃないの? セデス兄さんはちゃんと……うん。ちゃんと建物は残してたよ。セーブはしてたから。
「でも、格好良かったよ。セデス兄さん、嬉しそうだった。戦うの好きじゃないのかと思ってたんだけど」
「好きってわけでもないだろ。まあな、本性はエリーの血が入ってんだからよ、大人しくはないんじゃねえ?」
それってむしろカロルス様の影響が強いんじゃないの? 自分のことを棚に上げるんだから。全然分かってなさそうなのに、その訳知り顔が可笑しい。
『あなたもそんなものだけどね。全く、実は血が繋がってるんじゃないかしら』
『主もちゃんとロクサレンしてたもんな!』
くすくす笑うオレに、モモたちが言った。
『だって、ゆーたの家族だもんね! ぼくは、ゆーたと似てる?』
シロがにっこりと尻尾を振った。
――シロはユータととっても似てるの。ラピスは? ラピスは似てないの?
『とんでもないことをやる所が似てる』
絶対に褒めてない蘇芳の台詞に、喜んだラピスがくるくると回った。
オレは書類を覗き込むふりをして、大きな背中にべったりともたれかかった。
そうだよ、オレの家族だもんね。そりゃあ、似てる所もあるかも。
しっかりとまわした腕を心持ち締めて、固い肩に顎を乗せる。全身でぴったりくっついて、うふっと笑った。これなら、甘えてるってバレないね。
「くすぐってえな」
カロルス様はちょっと首をすくめて首筋をごしごしと擦った。
「わっ? わあっ?!」
そのままがしっと背中のオレに手を伸ばすと、むんずと掴んで頭上へ引っ張り上げるように前へ持っていった。
無造作に運ばれ、ぐるりと視界が一回転する。どすんと固い膝に着地して、目をぱちぱちとさせた。
「ほら、交代だ。オレが後ろにいてやる。お前がこっちだ」
鋼の腕がオレの体を包んで、軽く力が込められる。オレの肩口へ顔を伏せたカロルス様が、ぐりぐりと顔をすりつけた。顎が胸元にごりごり当たって、くすぐったさに悶絶する。
「あ、あははっ! やめて~! あはは!! 」
「ん? なら早くすませることだな! ほらほら、ペンを持て!」
にやっと笑ったらしいカロルス様が、オレにペンを持たせた。大きな手が、オレのちんまい手ごと包んでペンを持つ。
「オレが書いちゃダメだよ」
頭上にある顔を見上げると、どすっと重たい顎が乗っかった。筆跡とかちがうんだから、きっとダメだよね。計算くらいならオレにもできるけど……領地のこととかわからないし。
「ダメかー」
「ダメだよ」
はあ、とため息をついた重たい頭にくすくす笑うと、収納からクッキーを1枚取り出した。
手探りで口元へ持っていくと、ぱくりと食いついた感触。
「……うまい」
ぼりぼりと咀嚼する音と振動が直接頭のてっぺんに伝わってきて、思わず両手で押し退けた。
「1枚だけか?」
仰のくと、覗き込むブルーの瞳と目が合った。金の房がゆらゆらとオレの視界の両端に揺れている。
「じゃあね、ここまでできたらもう1枚。ここまでできたらまた1枚。そういう風にしようよ!」
「お前なあ、俺はガキでも動物でもねえんだぞ?」
ぶつくさ言いつつ、ぐっと背中の圧が増した。
オレの手がサラサラと勝手に紙の上を滑り始める。ねえ、どうしてオレにペンを持たせたままやるの? いくらカロルス様の手が大きくたって、さすがに持ちにくいだろうに。
でも、勝手にオレの知らない文字を紡ぎ出していく自分の手が面白くて、足をパタパタさせて笑った。
『おやぶ! あえはもあれしたいの! やって?』
『えっ? あれって――その2人羽織みたいな? 全く、アゲハはまだまだ赤ちゃんだな~! 何が楽しいんだか~』
短剣から出てきたチュー助とアゲハが、きゃっきゃとはしゃいでいる。チュー助に後ろから操作されるアゲハも楽しそうだけど、でれでれのチュー助はもっと楽しそうだよ?
「サボるなよ」
オレがよそ見する間も進んでいたペンが、ぴたりと止まった。サボるって、オレそもそも何もしてないけども。
きょとんと首を傾げると、とんとんと書類を指したカロルス様が、がぶっとほっぺを囓った。あ、クッキーか! なんだ、ちゃんとご褒美の効果はあったらしい。
もう、と顔を押しやると、クッキーを差し出した。
カロルス様は、今度はクッキーを咥えたまま書類に向かった。右手でオレの手、左手でオレの体、口には咥えたクッキー。器用にちびちびとクッキーをかじっていくカロルス様に、全部オレのせいで埋まってるね、と可笑しくなった。
でも、ここは退かない。
オレはごほうびクッキー提供マシーンをやりつつ笑った。重なる体温で体がほこほこする。
「そうだ、せっかく王都にいるんだ。お前の申請すませておくぞ」
ふと手を止めたカロルス様が、片手でオレの両頬をむにむにと潰した。
「しんしぇい?」
「おう、申請なんてどうでもいいと思ってんだが、まあ今やっておけば手間がないからな」
だから、何の申請だろう。引きはがせない頬の手を諦めて、無精ひげの顎を見上げた。
「それがいいわっ!」
「是非にでもっ! 明日手配しますっ!」
ばぁんと飛び込んで来たエリーシャ様とマリーさんに、オレとカロルス様が飛び上がった。
「え、えっと、何の申請なの?」
戸惑うオレに、エリーシャ様が片膝ついてそっとオレの手を取った。
「あなたを一生幸せにするという誓いを、きちんと書面で残すのよ!!」
リーンゴーン。オレの中で祝福の鐘が鳴った。フラワーシャワーの幻覚すら見えた気がする。でもこの構図だとオレがウエディングドレス?
『ちょっと、混乱してないで何の申請か聞いておくのよ』
ハッと我に返ると、カロルス様がわしわしと頭を撫でた。
「あー。そんな大層なもんでもねえよ、お前を養子にするって書類を出してくるだけだ」
「えっ……でも、オレ養子には……」
だって、セデス兄さんっていう実子がいるのに。ずっと頷いてはいなかったはずなんだけど。
「お前なあ、いい加減観念しろって。そんな紙1枚のことを拒んでどうするってんだよ」
「どこからどう見てもあなたはウチの子よ? 書類があってもなくても同じじゃない?」
そ、そうかもしれないけど。だけど、オレがもし何かやらかしたときにかかる責任が違うんじゃないだろうか。
「もう、どうして嫌がるかなぁ。ねえ、僕と同じファミリーネームになろうよ」
いつの間にか登場していたセデス兄さんが、そっとオレの頬に手を触れた。
リーンゴーン。本日2回目の鐘が鳴る。
『本当に、もう今さらじゃない? だってこの人たちはそんな書類があってもなくても、進んで火の粉をかぶりに来るでしょ』
そうだけど……。
肝心のセデス兄さんにまでプロポー……じゃなかった、そんな風に言われてしまえば何も言えない。
オレは困った顔で順繰りに視線を合わせた。
「じゃあ、明日書類出すついでに街へでも遊びに行くか!」
最後に合わせたブルーの瞳が、にっと笑ってわしわしと頭を撫でた。決定事項、なの?
そっと視線を下げると、ほんのささやかに頷いた。気付かれないよう、そっと。
だって、一緒に遊びには行きたいから。これはきっと、その返事。
カロルス様が登場するとべったりになるユータ。






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