439 舞いの効果
奉納の舞いがあると聞いたから、てっきりユータが舞うと思っていた。舞台に上がった小さな人影は、きっとユータだと思った。
ミーナは、次第に張り詰めていく空気を感じて息を呑んだ。
でも、ユータじゃない。抜けるような真っ白な髪に、濃紺の瞳。くるり、くるりと舞う度に、光の波が押し寄せるような気がした。
これは、私たちが見ていても良いものなんだろうか。
まるで神々の庭園をのぞき見たような罪悪感すら覚えて、身動きがとれなくなる。
徐々に激しくなる動きの中で、周囲にはひらひらと花びらが舞い始めた。
一体、どこから……? かろうじて浮かんだ疑問も、ぼうっとかすむ頭の片隅に消えていった。
全身で花びらをかき混ぜる舞い人が、妖艶な微笑みを浮かべる。
真っ白な髪を滑る花びらと、それを追った群青の視線が、ミーナの脳裏に焼き付いた。
「……すげー、な」
「……ん」
タクトとラキは、目の前の光景に呼吸を止めていたことに気がついた。感じる圧迫感は、ユータからだろうか、それとも舞いの魔力からだろうか。
やがて、空から降り注ぐ花びらに見惚れるうちに、舞台に変化を感じた。
「なあ、見えるか……?」
「うん、僕にも見える」
疑いが確信に変わった頃、二人の目には、ユータと共に舞う光が映っていた。
小さな光だったそれは、炎が揺らめくように徐々に大きさを増し、まるで淡い人影を形成しているようだった。
「精霊を降ろすって、こういうことなんだね~……」
「……そうだな。俺達にも見えなきゃ意味ねえってこと、か……」
「あれが、『小さい』精霊、ね……」
目を細めたセデスは、小さく苦笑した。これだけの人がいる中、程度の差こそあれ、きっと精霊の姿が見えた者が出てくるだろう。
呆然とする群衆の呟きに、精霊、天使、と二つの言葉が入り混じっている。
やっぱり大事になったね、と思う反面、これでいいとも思う。
やれることを一生懸命やればいい――あとの始末は、僕たちがする。
わしわし、と重い手のひらを感じて見上げると、いまだに届かない位置からブルーの瞳が見下ろした。
「アニキ面してんじゃねえか」
にやっと笑う表情も、仕草も、どうしてそうなんだろう。
「アニキだからね」
わき上がる憧れを悔しさで押し流し、セデスは鷹揚に腕組みしてみせた。
「ほう、じゃあ俺は父親だからな、でいいか?」
流し目をひとつくれ、舞台へと視線を移した父の姿を仰ぎ見て、その抑えきれない嬉しげな様子に腹が立つ。
いつか、その高みへ。
ユータよりは僕の方が近いはずだ。
高く、高く空へ駆け上がったユータに息を呑み、セデスは多分ね……と胸の内で付け加えた。
守らせておくれよ、僕はまだ君を守っていたいから。
ちらりと傍らのセデスを見下ろして、カロルスはくしゃりと相好を崩して笑うと、そっとその場を離れた。きっと、何一つ分かっていないであろう天使を捕まえるために。
* * * * *
――ユータ、すごかったの! 素晴らしい魔法だったの!
「ラピス、ありがとう! ちゃんとできて良かった……! こんなに人がいっぱいだもん、変装しておいて良かった~ラピスのおかげだよ!」
舞台を下りた途端、飛び込んで来たラピスを、ホッと表情を和らげて受け止めた。
「おう、お疲れ! お前、やりやがったな。早く着替えて術を解け」
何やら慌ててやってきたカロルス様が、乱暴にオレの衣装を剥がし始める。
――と、背後で地響きがした。
……お、おおおおおおお!!
ビリビリと響く音に、何事かと飛び上がった。
『まあ、そうなるわよね。急いでここを脱出よ!』
『さすが俺様の主ぃ! すげー歓声だな!』
モモとチュー助がぽんぽんと弾んだ。これ、人の声なの? 一体何が起こったのかとキョトンとするうちに身ぐるみ剥がされ、エリーシャ様にばさりと服をかぶせられた。
「さ、館に戻っているといいわ」
「ここはお任せ下さい!」
輝く笑顔と、現在進行形で濡れている二人の頬に、舞いは喜んでもらえたのだとにっこり笑った。
――ユータ、繋がりを緩めるの。
残念なの、と小さく付け加えて、ラピスとの繋がりが普段通りになったのを感じた。
「うん、戻ったよ。やっぱりこっちの方がユータって気がするね」
セデス兄さんがオレの髪に指を通して微笑んだ。ラピス色になっていた髪と瞳が、漆黒に戻ったらしい。
当初はカツラでも、と思っていたんだけど、舞いはかなり動き回るので隠しきれなかった。漆黒の髪を他の色に染めることもできなかった。どうやら淡い色から濃い色に染めることしかできないようだ。
目元はある程度隠れている。でも、あまりにも目立つ髪色をどうしたものかと思っていた時、ラピスが嬉しげに言った。ラピスの色になら変えられる、と。
この世界の技術で髪色を最も淡い白色に染めることはできない。これなら完璧だ。
今日舞ったのは、オレに舞いを教えてくれた謎の人、それでいいやと気軽に考えたけれど、案外良い作戦だったんじゃないだろうか。これならオレが舞いを覚えていることも説明できるし、全部謎の人のせいにできるもの。多分、旅芸人か何かだったんじゃないかな、小さいけど。
言われるままに館へ転移した後、ふと舞いの最中のことを思い出した。
「――やっぱり、シャラだったんだね」
花畑に佇む後ろ姿に声をかけた。駆け寄って見上げると、シャラはどすりと座って手を差し出した。
「なあに?」
「あれは食ってない。持っているだろう?」
首を傾げたオレは、ああ、と思いついて『シャラ様の雲』を差し出した。
セデス兄さんくらいだろうか? シャラ、随分とお兄さんになったね。物珍しげに綿菓子をつつく様子は、見た目よりも子どもっぽい印象を受ける。
「ねえ、どうしてそんなに大きくなったの?」
「それはこちらが聞きたい。なぜお前が完璧に舞える? 以前の舞いはこうではなかったはずだ」
それは、まあ……サイア爺は古の時代からの完璧な舞いを教えてくれたんだろう。人づてに伝わっていくよりも、それは完全な形であったに違いない。
「舞いが成功したから大きくなったの?」
「それもある。大きくなったと言うな、元に戻っただけだ」
偉そうに顎を上げたシャラの顔には、あちこちに綿菓子がついている。大きくなってもあんまり中身は変わらないんだな……。むしろ、小さい時の方がしっくりくる気がする。
「――何より、信仰が戻った」
ごしごしと濡れタオルで顔を拭ってあげると、当然のようにされるがままになって、ぼそりと呟いた。
「信仰?」
首を傾げ、ふとルーの言葉を思い出した。
「――ただ単に魔素を補充したところで、いずれ消えゆく結果は変わらん」
「えっ? どうして?! 魔石なんかで風の魔素を豊富にすれば……!」
ぶっきらぼうな言葉に、勢いよく顔を上げた。もしかして、魔素なんて関係なしに、寿命があるんだろうか。
見上げた黒い顎は、しばし黙ってから、金の視線を下げて言った。
信仰がいる、と。
そんなの、一朝一夕に集まる物じゃない。街の人にシャラ様のことを広めたって、そんな簡単に信仰心なんて生まれるはずがない。項垂れて小さく膝を抱えると、のそり、と横たわったルーの背中がオレに触れた。
「できることをやれ。舞いが成功すれば、あるいは――」
振り返ると、既に金の瞳は閉じられていた。
――そうだ、だからオレは人前で精一杯舞った。一人にでも多く知ってもらえるように。ほんのカケラでも、かつての信仰心を取り戻せるように。
「効果、あった?」
改めてシャラの両頬に手を添えて覗き込んだ。儚さの欠片もない、雄々しい力。強い双眸から溢れるほどの風の気配に、ふわっと微笑む。
「……ないように見えるか?」
オレの手をそのままに、への字口をしたシャラが、ゴツっとおでこをぶつけた。
「いった……!!」
うずくまったオレをせせら笑って、シャラは天を仰いだ。
「ほら、『きれい』だろう?」
涙目のオレが空を見上げると、あの時のようにひらひらと花が降ってくる。
でも、もう舞わないよ。ものすごく疲れるんだから。
ぱたんと仰向けに寝転がると、ずっしりと重かった体が、ほっと寛いだようだった。
「うん、すごくきれい」
オレはくるくると落ちてくる花びらを眺めて笑った。
精霊『シャラスフィード、ずるい!』『ずるい!』
シャラ:やらん。これは我のだ。なんせ、我の名前がついている!
ユータ:シャラ……大きくなっても変わらないね…
本日!コミカライズ版更新されましたね!
見ました?!草原の牙-!みんなかわいい…愛おしい…!!
改稿作業頑張ってます…ちょっといつもにも増して更新は不安定になるかもです…






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/