438 風のお祭り
「うわぁ……こんな大きなお祭りになっちゃうなんて……」
「すげーな!! 俺、こんな派手な祭りは初めてかも!」
「僕はもちろん初めてだよ~! すごいよね~僕たちが関わってきたんだよ~」
はしゃぐ二人とは裏腹に、オレはお腹が痛くなりそうだ。
広場には大きな舞台が中央に据えられ、周囲にはひしめき合うように露店が並んでいた。方々で好き勝手に音楽が奏でられ、人々の笑い声が響いている。
こんなにたくさん人がいたんだな。シャラは見てくれているだろうか。
もちろん、準備期間の間にシャラへも知らせに行ってきた。まるで嬉しいときのチュー助みたいな顔で、期待せずに待っていてやるって言っていたっけ。
……良かった……。
良かった、間に合って。
ホッと息をついて空を見上げると、心地いい風と共に、そこかしこでカラカラと音が鳴った。
風のお祭りだもの、専用の飾り付けがあった方がいいでしょう? オレが提案したのは、かざぐるま。会場を彩る大小様々なかざぐるまは、作り方を教えれば街の人がこぞって作ってくれた。中には、ラキみたいなこだわり派の作った、ダリアの花のような芸術品もある。
風に合わせて一斉に回りだしたかざぐるまに、子どもたちが歓声をあげた。
張り切って開催を約束したエリーシャ様たちが、こぢんまりした規模で納得してくれるはずがなかった。街をあげてのお祭りムードに、嬉しい反面、とんでもないことになったと胃がキリキリする思いだ。
どう言いくるめたものか、貴族様方が競い合って手を挙げてくれたおかげで、お祭り自体はもうオレの手は離れているのだけれど。
そう、今日はついに風のお祭り、その当日。
とても……とても慌ただしい日々はあっという間で、舞いの猛特訓と子どもたちのお店準備、そしてエリーシャ様たちとの打ち合わせ。まさか、こんなに忙しくなるとは思わなかった。
思わず遠い目で会場を眺める。中心となって動いてくれたエリーシャ様たちは、もっと大変だったろう。
「うわっ! すげー行列じゃん!」
「本当だ~これは……やっぱり~!」
二人の声に視線を戻すと、人混みの中にも明らかに長蛇の列になっている店があった。
「はいはい、ちゃんとみんなの分あるからね! 焦らず並ぶこと! 一人ひとつよ! お代はこの通り、ピッタリ用意しておいてね!」
声を張り上げて列を整理しているのは、思った通りミーナだった。
「『シャラ様の雲』はこちらでーす!」
子どもたちも一生懸命切り盛りしてくれている。
「あ、ユータ! すごいよ、もうてんてこ舞いよ。予想はしてたけどね!」
オレに気付いたミーナが、きらきらした笑顔で駆け寄ってきた。広場に数店ばらけさせた子どもたちのお店は、このお祭りでの名物になるようにと、特別なお菓子を販売している。
「すごい、これが『シャラ様の雲』……本当にお空の雲みたい!」
「お口でしゅわっと消えちゃう……甘い!」
受け取った人々の輝く笑顔に、きっとこのお菓子と共に、シャラの名前が引き継がれるだろうと頬を綻ばせた。
『シャラ様の雲』は、その目立つ見た目から、人が人を呼んでどの店もフル回転状態だ。予想はしていたので、予め収納に作り置きはしてあるのだけど、この分ではすぐに底を突くだろう。
「本当に雲みたいだね~! フロートマフも食べたくなっちゃう~」
「空のあの雲も食ったら甘いのかな」
これまでに散々試食したはずだけど、二人もミーナにもらった『シャラ様の雲』に嬉しそうだ。
この功労賞は何と言ってもラキだろう。オレの説明に、専門外だと言いつつ装置を作ってくれた。温める魔道具と、回転する魔道具を組み合わせた、綿菓子生成装置。
シャラの名前を忘れないように、シャラを思い出すように。
それは、風に乗って浮かぶ雲を切り取った、綿菓子になった。
どう、シャラ? 勝手に名前をもらっちゃったけど、許してくれるかな? オレは城の方へ視線を巡らせ、にっこり笑った。
「ユータちゃん、そろそろ行きましょうか」
「……はい」
3人で露店巡りを楽しんでいると、恐れていた言葉がかけられて、ビクッと肩を震わせた。
「お、ユータがんばれよ!」
「楽しみにしてるよ~!」
二人に気楽に肩を叩かれて、思わず恨み言でも言いたくなる。何も、オレ一人舞う必要はなかったんだよ……? みんなで舞ったって良かったんだよ……?? オレはずっしりとのし掛かる緊張を担いだまま、エリーシャ様に手を引かれていった。
「ユータ、素敵だよ。神々しいね」
セデス兄さんがそっとオレの髪を撫でると、頭飾りがシャラシャラと音をたてた。ラキとタクトが集めてくれた情報と、カン爺たちの手で再現されたこの衣装。豪華な装飾は、身じろぎの度にきれいな音がする。豪華な頭飾りに付随する装飾は、まるでベールのように目元を隠して揺れていた。
感涙するエリーシャ様とマリーさんにぎこちなく笑ってみせ、ひとつ気合いを入れると立ち上がった。装飾がチリチリと揺れる音、上等の布がこすれる音が心地良く耳に届く。
舞台へ上がる階段の前で、オレは深呼吸した。目元が隠れていて良かった……緊張で強ばった顔を晒さなくてすむ。
舞いは、魔法陣だ。魔法が発動してしまうから、人前で通してやるのは本番のみ。それを、こんな大勢の前でする羽目になるなんて。
きゅっと唇を結んで、中々一歩が踏み出せないオレに、カロルス様がかがみ込んでオレと視線を合わせた。
「――頑張ってこい。お礼をするんだろ? 精霊様に、とっておきを見せてやれ」
ニッと笑ったいつもの顔に、ハッと目を見開いた。
そっか、そうだね。人に見せるために舞うんじゃなかった。
オレはただ――シャラのために。ただ一人、シャラのためだけに舞うんだ。
大きく頷いてブルーの瞳を見返すと、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
* * * * *
――奉納の舞いが始まる――
人々の口から口へ、それはさざ波のように広がった。
視線が集まる舞台の上には、いつの間にか小さな人影が存在していた。ピクリとも動かない小柄な姿に、徐々に、徐々に静寂と緊張が広がっていく。
まるで祈りを捧げるように頭を下げていた少年が、ゆっくりと身を起こした。衣擦れの音さえ聞こえるような静寂の中、小さな手足がゆったりと形を刻み始める。
くるり……くるり。
焦らすほどにゆるやかな動きと、ピンと張り詰めた空気。白い絹糸のような髪がふわり、ふわりと揺れ、チャリチャリと揺れる装飾の影から、時折群青の瞳がちらりと覗いた。
「……ユータじゃ、ない……?」
呆然と目の前の光景に見惚れながら、ミーナは小さく呟いた。
* * * * *
舞台へ上がってしまえば、不思議と緊張は消えていった。そこにあるのは、ただただ研ぎ澄ませた感覚のみ。
正しいリズムで、正しい体の運びで。オレは全身で魔法陣を描く。
緩やかな優しい風から、徐々に強く雄々しい風へ。右へくるくる、左へくるくる、段々と高まってくる周囲の魔素を感じて、オレは陶然と微笑んだ。
舞いは、完全に体で覚えなくてはいけない。意識がなくても、舞えるように。
動作が激しくなるにつれ、オレの個としての意識は徐々に薄れていく。意識を研ぎ澄ませ、風の魔素を高め、降臨した精霊と語らうための古の舞い。
かすみ出した意識の中で、周囲にひらひらと舞う物を感じた。色とりどりのそれは、まるでカラフルな雪のようだ。
なんだろう、きれい……。
ぼんやりとした視界の中、うっすらと微笑んだ時、ふと舞っているのがオレ一人じゃないことに気がついた。
いつの間にかオレの動きと対称に舞う誰か。ぐんと濃くなった風の魔素に、ああ、精霊の舞いは、これが正しい姿だったのだと理解する。
うっとりと体を委ね、舞いの魔力に誘われるままに動きながら、舞いの終わりが近づくことを感じた。
ああ――この時間が、終わってしまう……。
それでも、オレはこの古の魔法を完成させなくては。
フッと息を吐いて前へと鋭いステップを踏んだオレの手を、大きな手がとった。平面だったはずの舞台で、踏み出した足が段差を感じる。まるで、突如階段が出現したようだ。
「行くぞ」
ささやく声に手を引かれるままに、オレはひとつ頷いて、一気に空へと駆け上がった。
タ、タ、タ、タン
全身を包む風が心地いい。朦朧とした意識の中で、地面が遠くなったことを感じた。
「飛べ!」
何の疑いもなく空を蹴ると、くるりと大きく弧を描いて宙返りをした。
完成した――今までで一番の魔法陣。一緒に舞ってくれたから、完成したんだ。
舞台を中心に、柔らかく光を帯びた優しい風がわき起こった。
カララ、カラララ……
かざぐるまが一斉に音を立て、ふわふわとしていた意識がバチッと覚醒する。
「あ……れ?」
宙返りして、舞いが終わる。いつも通り、いつも通りだったはずだけど……。
まだ空中にある自分の体に、目を瞬いた。
優しい風に包まれながら、オレはゆるゆると舞台へ下りていく。どうして、いつの間にこんな高い所へ??
「――ふうん、ここまでやるとはな」
聞き覚えのない声に、オレは右手を掴んだ手を辿った。
「……シャ、ラ?」
一緒に舞いを完成させた人を、ぽかんと見上げた。
「ただ一度の舞いで、ここまでとはな。さすがに恐れ入った」
偉そうに流し目をやる様は、どう見てもシャラだ。でも……。
すとん、と地面に足が着いて、シャラは手を離した。
「ほら、最後まできちんと締めろ」
とん、と背中を押され、慌てて我に返った。
前を向けば、全部の目がオレを見つめている。今さらながら震えそうな脚を踏ん張り、ゆったりと時間を掛けて姿勢を下げた。
こんなに人がいるのに、どうして耳が痛いほどに静かなんだろうと不思議に思いながら、オレはそっと舞台から下がった。
綿菓子に、かざぐるま。懐かしいですね。
かざぐるまってなんか好きです。神楽舞いとか、狩衣とか、そういうのも好きなんですが、最近は和風のアニメが人気なのでそのあたりももしかして人気出てきますかね~!






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