433 君の正体は
「……どういうこと……?」
呆然としたオレは、すがるようにカロルス様とエリーシャ様を見た。
「ねえ、いたよね? お部屋に入ってきたとき、子どもが出ていったでしょ?!」
二人は顔を見合わせた。
「うーん、私たちが帰ってきた時にはもういなかったわよ?」
そんな……どうして?
少年は背を壁に預けて腕組みし、じっとオレを見上げる。もう、普通に声が届く距離だ。
「ま、待って!」
「どうした? 何があったんだ?」
焦るオレの様子に、3人の視線が心配げに集中した。
誰も少年を見ない。豪華な衣装を着た高貴な人が、こんなに近くにいるのに。
「初めてのお城だったもの、疲れたのかしら? 早く帰って休むといいわ」
エリーシャ様がそっと額に手を当てて一歩踏み出した。
「あ、待って……!」
少年はため息をつくと、ぽーんと球体を投げ上げた。
『――ねえ、シャラスフィードは使うと思う?』
『――どうかな、気まぐれだもん、使うかも』
『せっかく街、大きくなったのにね――』
小さなささやきが、オレの耳を掠めた。
「シャ、シャラスフィード!!」
それが何なのか分からないままに、確信を持って声をあげた。彼は、シャラスフィード。そう、そういう気がする。
「………」
投げ上げた球体をぱしっと手中に収め、少年はちらっと周囲を見た。
「教えたな」
『知らないもん、わたしたちの声なんて、聞こえないもん』
『だって、シャラスフィードかわいそう』
周囲をすいすいと飛ぶのは、半透明の鳥だろうか。オレの手のひらくらいだけど、それはツバメのような姿をしていた。
「妖精さん……?」
『妖精じゃないよ、ヒトの子。わたしは風の精霊』
『ヒトの子、シャラスフィードを知らないの?』
かなりの速度で周囲を旋回する鳥は、半透明でなくても目で追えなくなりそう。どこからともなく耳に届く小さなささやきは、この風の精霊のものだろう。
「ごめんね、オレ田舎から来たからこの国のことをあまり知らないの」
有名なのに名前を知らなかったら、そりゃあ怒るよね。でも、だからって災害を起こすのはどうかと思うけど。
「そうだろうとも、田舎者だと思ったぞ。ちょっとズルしたけど、まあいいだろう」
どうやら災害を起こすのは思いとどまってくれたようだ。外に出たオレたちに伴って、偉そうに腕組みしたシャラスフィードも着いてきた。
「そうやってふわふわしてたら王子様じゃないってすぐ分かったのに」
「フン、勝手に勘違いしたお前が悪い」
城内はトコトコ歩いていたのに、お外に出れば当たり前のように宙に浮いていた。
「ユータちゃん? ラピスちゃんたちとお話ししているのかしら? 馬車に乗れば、みんな出てきて構わないわよ」
「うん、ありがとう!」
オレはシャラスフィードににこっと微笑むと、停めてあった馬車に乗り込んだ。そして、手を振ろうと窓から身を乗り出すと、彼は目の前に浮かんでいた。
「いい所へ連れて行ってやると言ったぞ?」
がしっと掴まれた腕に、魔力の気配を感じて慌てて馬車内を振り返った。
「あ、あのね! ちょっと出かけてくる! 多分日が沈む頃には戻るから――」
心配しないで、と続けようとした声はきっと届かなかったろう。バイバイ、とかろうじて手を振って、オレは転移の光に包まれた。
「もう……! ちゃんと説明してから行かなきゃ心配されちゃうよ!」
「知ったことか。ほら見ろ、ここが我の宮だぞ」
怒ってみせた所で気にも留めてもらえず、得意げな様子に釣られて周囲を見回した。
ふわ、と心地良い風が体を包み込み、ささやかな花の香りが鼻先を掠める。
「わあ……すごい。きれい……」
「そうだろう、ヒトがそうそう見ることのできない場所だぞ」
目の前に広がっていたのは、天上の花園。一面に広がった花畑と、空。
流れる雲が地面より下にある。まるでお空の上に浮いているような光景に、思わず花畑の縁へと駆け寄った。
「落ちるぞ」
途端に、存外に強い力で襟足を引っ張られ、どすんと尻餅をつく。
「えっ……」
お尻は地面に着いているけれど、足がぶらぶらする……。おそるおそる足を引き寄せると、命綱代わりにシャラスフィードの服を掴んで縁へとにじり寄った。
「わ、わああ! 高い!」
「城で一番高い場所だからな」
花畑はまるで切り取ったように唐突に終わり、まるで高い台座に乗ったケーキのようだ。
城の反対側は崖になっていたんだね。これなら後ろから敵が攻めて来ることはなさそうだ。
振り返れば城の尖塔が見えるのかと首を巡らせると、そちらには神殿の入り口のようなものが見えた。
「あっちの神殿には何があるの?」
「あっちは城だ。ここが神殿の中だ」
「神殿の、中……!」
オレは目を丸くして、ゆっくりと一回転した。お城の、一番上にある神殿……その中にオレがいる。
「……えっ?! そ、それって……すっごくおおごとじゃない?! おおおオレ、見つかったら処刑されちゃう?!」
だって、お偉いさんがお祈りする場所にいるんでしょ?! オレ帰る!!
泡を食って転移しようとした所で、またがしりと腕を掴まれた。
「そんなことされない。ここの王は我が見えるからな。我の方が王より偉いんだぞ、そんな勝手はさせない」
王様より偉いかどうかはさておいて、万が一見つかった時に王様に弁明してもらえるなら心強い。
「王様はシャラスフィード……様? が見えるしお話ができるの?」
「お前が呼ぶのにまだるっこしい呼び方はいらん。まあ、そうだろうな。昔は話したこともある」
すいっと飛んだシャラスフィードが、木陰に手招きした。
「ここへ座れ」
言われるままに木に背中をもたせかけて座ると、彼もすとんと腰を下ろした。
『珍しい、珍しいね。ここでヒトの子を見るなんて』
『ヒトの子って、気持ちいいね。あったかいよ』
いつの間にか集まっていた風の精霊が、時々頬を掠めて飛んでいく。きゃらきゃらとさんざめく小さな笑い声があちらこちらから響いた。
「オレ、風の精霊って初めて見たよ。シャラスフィードさ――」
「まだるっこしいと言ったぞ」
言葉を遮られて、少し考えた。好きに呼べってことかな。
「じゃあ、シャラ?」
「……思い切り削ったな」
ぷいとそっぽを向いた口元が、によによと歪んでいるのを見て取って、これでいいらしいとくすりと笑った。
「シャラも、精霊さんなの?」
「そうだ、我は最上級の精霊だぞ。都を守る者が欲しがるほどにな」
「そっか、王都を守ってくれてるんだね。ありがとう」
シャラは、鷹揚に頷くと、腕組みして顎を上げた。ふわりと髪を揺らした風は、とても柔らかくオレを撫でていく。
「あのね、このあたりはとても風が心地良かったんだ。それも、シャラが守ってくれるおかげかな」
時々舞い上がる花々は、風の精霊の仕業だろう。複雑な風の動きに、花畑は生き物のように波打っていた。
「フン……気付いていたなら、我の名前も知っておくべきだったな」
少しむくれた様子に、どうしてそんなに名前にこだわっているのだろうと不思議に思った。
「ごめんね。じゃあ、お詫びとお礼にご馳走するね。でも、お城のお料理みたいに上等のものじゃないんだけど……」
収納に入れてあったもので、何ができるかな。
慣れた手つきでキッチングッズを出していると、シャラは物珍しげにピタリとオレにくっついてくる。
「……危ないよ?」
「我が危ないわけないだろう」
そう? 精霊は平気なのかな? シャラが何を好むか分からないので、王都に多いチーズを入れてオムレツを焼き上げてみた。ふんわり、丸く柔らかく。
オムレツの出来は、食感次第だ。ラキお手製のフライパンで焼き上げた、きれいな黄色に満足してにっこり笑う。
「シャラは、何が好き?」
「さあ……お前が当てろ」
ほんの少し、困った顔をした後で、シャラはお馴染みの偉そうな顔で言った。
昨日コミカライズ版更新されましたね!
もうご覧になりました?
ほのぼのシーンがたまらなく好きです!!
そしてポスカのネットプリントプレゼント企画は8日までです!以降はまた違うバージョンをプレゼントします~!
 






 https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
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