424 解呪の装備
「解呪の装備~? あるけど、結構高いかな? ユータ欲しいの~?」
ラキは作業の手を止めて首を傾げた。
「あ、ううん! どんなものかなって思っただけ。呪いの品のことを調査してる人がいるんだ」
「ああ、ミックさんだっけ? 騎士の人なら貸与されると思うけどね~」
コトリ、と道具を置くと、ラキは本を取って寝そべるオレの隣に腰掛けた。ラキのベッドは片付けられているから、ごろごろするのに最適だ。その代わり机はとんでもないことになっているけれど。
「ほら、こういうのだよ~」
「へえ、結構大きいんだね。呪いグッズのお店の人は持ってるのかな?」
何やら難しげな説明がびっしりと書かれたページには、かなりごついバングルの挿絵が載っていた。
「普通は持ってないと思うよ~? 高いし、呪いグッズの扱いに慣れていたら必要ないもの~」
「ふーん、じゃあ、誰が必要なんだ?」
タクトの声に、オレも頷いた。ちらっと目をやると、そちらのベッドには服やら何やら色んなものが盛られ、肝心のベッドの主は床に座って剣の手入れをしていた。
「もっと恨みを買って攻撃を受けそうな人~。お偉いさんとかね~! うっかり呪いの影響を受けたぐらいなら解呪薬もあるし、売り物の道具にそこまで危険なものは少ないから~」
確かに。面白グッズがほとんどだったもんね。でも、それにしたって解呪薬だって高いし、オレなら念のために装備しておきたいけどなぁ。そんなにお高いんだろうか。
「――あれっ? もしかしてこれ、一回しか使えないの?」
バングルのページを何の気なしに眺めていて、気になる文言があった。も、もしや解呪のバングルって使い捨てなの?!
「う~ん、使い捨てじゃないけど、一回使ったらもう一度解呪の魔法を入れなきゃいけないよ~? 城には解呪の魔法使いがいるだろうから困らないけど、普通はそういうわけにいかないもんね~」
「えっ? 一回しか使えないなら解呪薬と一緒じゃないの?!」
「だから、攻撃を受けそうな人しか使わないんだよ~。命を狙って使われる呪いは強力だから、解呪薬じゃ間に合わなかったり、効果がなかったりするんだって~」
そうか、回復薬にも当たり外れがあるって言うし、そんな場面で効き目がなかったら大変だ。
ミック……装備があるのなら、万一のためにせめて解呪薬を作って渡せないだろうか。これもきっと回復薬の一種だから、オレが魔力を流しておけば効き目は保証されるんじゃないかな。
「解呪薬って難しいのかな……」
「そうだろうね~少なくとも僕らの教科書には載ってないから~」
「そもそもあんまり売ってんの見たことねえよ」
そっか……。何もなければそれでいいけれど、オレの脳裏には、あの時腕に絡み付いてきたブレスレットがよぎって仕方なかった。
「……やっぱり、心配だよ」
あの後一人部屋に戻ってベッドに潜り込んだものの、ミックのことが気になって仕方ない。やっぱりもう四六時中付き添っているしか……。
――お薬なら、妖精に聞くの。きっと知ってるの。
「あっ……そっか! チル爺だ!!」
困った時のルーとチル爺! 久々ですっかり忘れていた。
「で、でもチル爺たち、いつ来るか分からないよ」
――ラピスが呼んでくるの。ユータは向こうのお部屋にいるといいの。
「ホント?! じゃあお願い!」
ラピスはきゅっと一声鳴くと、ぽんっと消えた。オレも急いでロクサレンの館まで行かなきゃ。こんな夜更けに申し訳ないけど、きっとチル爺はお酒でも飲んで起きてるんじゃないだろうか。
「そっか、お酒!」
はたと思いつくと、真っ暗な廊下を走ってカロルス様の部屋へ飛び込んだ。
「お? なんだ? お前、まだ起きてたのか」
「カロルス様! ねえ、それお酒?」
夜にデスクワークをしている時、たまに机の隅に置かれている、琥珀色の液体が入ったグラス。ちょうどよく今日も置かれていた小さなグラスを引っつかむと、顔を突っ込んだ。
「お、おい?!」
ちろりとほんのちょびっとなめると、舌が痺れるような感覚と鼻を抜ける独特の香り。
こ、これは――
「ま、まずぅい!!!」
ぺぺぺっ!!
あまりのマズさに涙目で舌を拭った。お酒だ! 間違いなくお酒! でもおかしいなぁ、オレ、お酒はそんなに好きじゃないけど飲めたはずなのに……。
「何やってんだお前……まだ早ぇよ……」
呆れた顔のカロルス様が、まだビリビリと余韻の残るオレの口に何か放り込んだ。途端にほわっと広がる甘みに、すくみ上がったお口がほっと一息ついたようだ。
「果実の蜜浸けだ。お前はそっちの方がいいだろ?」
フフン、と流し目をやったカロルス様がこれ見よがしにグラスを煽った。あんなに刺激のある液体を、まるで美味いものみたいに……。こくり、と動いたのど仏に、悔しいよりも戦慄を覚えた。オレ、あれはいらない。
「で、どうしたってんだ急に。なんで酒が飲みたくなったんだ」
ほんの少し気遣わしげな瞳に、慌てて首を振った。
「ち、違うよ! あのね、チル爺にお願い事があって、お酒を持っていったらいいかなと思ったの」
「なんだ、それなら持ってけばいいだろう? なんでお前が飲む必要がある?」
「……だって、美味しいお酒かどうか飲んでみないと分からないでしょ?」
それに、ちょっとだけ、オレだって飲んでみたかったし。
「それで? 美味かったのか?」
オレはぶんぶんと首を振った。
「美味しくなかった! カロルス様、美味しいお酒ちょうだい」
「はっは! お前が飲んで美味い酒なんてあるかよ! これはいい酒だぞ? 持って行ってみろ」
手渡された瓶は、確かに高価そうな雰囲気が漂っている。でも、味は良くなかったよ。
半信半疑でチル爺用に小瓶に分けて貰うと、大事に握りしめて手を振った。
「じゃあ、すぐに帰って寝るから! 大丈夫だから!」
「おまっ……今から?! 待……」
ばいばい、と手を振ると、急いでロクサレンへと転移した。
「ユータ、何事じゃ?! ラピス様を使いっ走りのように扱うなど……」
――ラピスはラピスがしたいようにするの! いいの!
「も、もちろんですじゃ! お心の向くままに……」
既にオレの部屋に着いていたチル爺が、もごもご言いながら駆け寄ってきた。
「チル爺! ごめんね急に。それが――」
慌ただしく事情を説明すると、チル爺はじとっとオレを見ておひげを撫でた。
「お主……それ、ワシの晩酌を中断してまで今せねばならんことかのぅ」
「だ、だって! もしかしたら命が危ないかもしれないでしょ?!」
「そやつだって今頃寝ておるんじゃろ? 装備もつけておるんじゃろ?」
オレはふと窓の外を見た。……真っ暗だね。今日はミックも早く館に帰っているはずだから、調査も今しているはずはないね。
『思い立ったが吉日……ううん、吉時ってわけね。あなたは思い込んだらそれしか考えてないものね』
モモがふよんと揺れた。じゃ、じゃあ止めてくれても良かったんだよ?!
『止めてもきっと落ち着かない』
蘇芳がぽんぽんとオレの頭を叩いた。それは間違いないね。みんなオレのことをよく知っている。
「え、えーと……でも、こんなの持ってきたんだけどなぁ? 晩酌の邪魔しちゃったから……」
「?! な、なんとぉ! それを早く言わんか! ほっほっほ、良いとも良いとも! 幼子の知識欲は良いことじゃて、学びに時間なぞ関係ないわ。いつでも浴びるほどに酒……じゃなかった、知識を注いでやるとも」
途端に相好を崩したチル爺は、ひったくるように小瓶を受け取って頬ずりした。
「それで? 解呪薬じゃったな。あれはのう、お主ならできるじゃろうが、素材がここいらにはない物じゃの。ワシらが煎じたものを工面してやってもよいが……別に解呪薬じゃなくても呪いを防げば良いのじゃろう?」
お酒の香りをふんふんと嗅いで、チル爺はにっこり上機嫌で言った。
そりゃあそうだけど、解呪の装備の方だと高価な物だし、例え妖精さんに作ってもらえたとしても、子どもがプレゼントしたら怪しすぎないだろうか。
「装備ではないぞ、お守りなんてどうじゃ? お主の生命魔法ならできるじゃろて」
「お守り……? オレができることなら、ぜひ教えて!」
「よいともよいとも、じゃが、まずはちびっと一口……」
チル爺は、大分多めの『ちびっと一口』を煽ってにっこりした。オレ、もしかして一晩中晩酌に付き合うことにならないだろうか……。
一応、説明を続けつつ瓶を煽るチル爺に、おつまみも作るべきだろうか、なんて考えて苦笑した。
チル爺:良い酒じゃのう~。うむ、そこはほれ、こうじゃったかな? いや、そうじゃったかの?
ユータ:チル爺……これ、本当に合ってる? 変なものできたりしない??
モモ:ユータが作る変な物……不安しかないわ~
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