422 リアリストな乙女
「じゃあちゃんと早く帰ってきてね! おいしい夕食作ってるからね! 何がいいかなー?」
「何でもいい……」
ついうっかり早めの帰宅を約束してしまったミックは頭を抱え、ミーナはご機嫌だ。ミックには申し訳ないけど、でも無理をしすぎてもよくないもの、ちゃんと早く帰ろうね。
「そういえばユータ、さっき作ってたの渡さないの?」
「あっ! そうだ! ーーあのね、ミックに差し入れ持ってきたんだけど……騎士様は他所からの差し入れとか食べちゃだめかな?」
怖い世界だもの、毒が入ったものが……なんてことになったら大変だ。そうでなくても食中毒の危険だってあるしね。……もしかすると差し入れなんていけなかったかも。不安になって見上げると、ミックの顔がグッと下がった。
「ほ、本当か!」
キラキラ、どころか瞳をギラギラさせて迫られ、思わず後退りした。
「あの時の飯の美味さが忘れられないんだ!」
ぎり、と両肩に置かれた手に力が入る。あ、あの時……? オレ、ミックとごはん食べたっけ?
「あんなに美味いものはない。ユータがくれたパン……何か挟んであったパンだ」
「そっか、馬車でサンドウィッチ食べたね! それならちょうどよかった。あの時のとは違うけど、サンドウィッチを持ってきたんだよ」
どうやら差し入れ自体は問題ないようだ。今回はあのビッグシープのスパイシー焼きを使ったサンドウィッチにしてみたんだ。パンに挟んだのはついさっきだけど。騎士さんがどのくらいいるか分からないし、食事はまた別にきちんと摂るだろうから、おやつ代わりに小さめにカットして大皿に盛ってみた。
「よっ……こいしょ。これだけあったら足りるかな?」
大皿の重みに引っ張られるオレに、素早く大きな手が皿に添えられた。
「なあユータ、さすがに多いんじゃないかな?」
「そう? 騎士さんたちがどのくらいいるかわからなくて」
「………騎士さん、たち?」
ミックが怪訝な顔をして皿を大事に抱え込んだ。
「お兄ちゃん! 騎士さん『たち』!! 独り占めするんじゃないのよ!」
「なっ?!」
ミックが驚愕に目を見開いて皿を後ろへ隠した。あ、なんかその仕草は昔のミックっぽい。
「ミック、もう今はおなかいっぱい食べてるんでしょ? みんなで分けて食べてね?」
「そ、それはそうだけど……私に、じゃないのか?」
「ミックに、だよ? でもほかの人にも差し入れた方がいいのかなと思っ――」
「そんなことないぞ! 私だけで十分だ!」
かぶせるように否定されて首をかしげる。そう? みんなで食べる方がいいかと思ったけど……。
「あ、黒いチビ助! 何だこれ?」
ひょいパクっ!
「あっ……?!」
いいのかな……お偉いさんがそんな得体のしれないものを勝手に口に入れて。いや、得体の知れないものを入れてはいないのだけど。
ミックが振り返った視線の先には、ほっぺをぱんぱんに膨らませてサンドウィッチを頬張るローレイ様がいた。
「きゃ?! ローレイ様……!」
急に乙女になったミーナが、頬を染めてその姿を見つめている。でもミーナ、あれ顔がまん丸になってるよ? カッコイイの?
「ミック、これなんだ? 美味いぞ!」
「あ……あああーー!!!」
呆然とその光景を見つめていたミックは、ごくりと動いた喉仏を見て、断末魔のような叫びをあげた。
「な、なな何やってるんですか?! これは! 私の!! 私のです!!」
「お前のって……そんなにいっぱい食えないだろうが。俺のは?」
「あなたのもどなたのもありませんよ! これはユータの作った私のパンです!!」
もう一つ、と伸ばされたローレイ様の手をはたいて、ミックが憤った。ミック、皆さんにって作ったんだからね!
「おや、ミックの妹と……弟? 差し入れとは気が利くね」
「ああ疲れた! 美味そうなの持ってるじゃないか」
ローレイ様とミックの攻防をよそに、訓練を終えたらしくぞろぞろと通路に現れた騎士さんたち。ガチャガチャガンガンと鎧の当たる音が案外やかましい。
ひょいひょいとつまんでいかれるサンドウィッチに、振り返ったミックが声もなく崩れ落ちた。集まった騎士様たちはちょうど小腹が空いていたんだろう、美味い美味いとピラニアのような群がりっぷりに、オレも作ったかいがあったというものだ。
「ほ、ほらミックも食べて? なくなっちゃうよ」
意気消沈していたミックは、それでも差し出されたサンドウィッチに目を輝かせて両手で受け取った。
「……うまい」
ちびり、ちびりとハムスター並みの小さな口で食べるミックに、オレはにっこり笑った。
「またミックに差し入れ持ってくるからね。」
「じゃあっ! 今度は俺……私にだけ持ってきてくれ! もったいないからあちこちへ配らないでくれないか?」
もったいないって、ちゃんと食べてもらってるんだからね! ミックは十分食べられるようになっても食べ物への執着が強いようだ。
「俺様に向かってもったいないとは何事だ。どれ、もうひとつ」
「さっき食べたでしょう! それにあなた何食べてもうまいって言うでしょう! ローレイ様に渡すのが一番もったいないんですよ!」
「あー、あー! お前そんなこと言っていいのか?! 俺様いい情報持ってるんだぞ? そのパンと交換に教えてやろう!」
なんだろう、大きな子供が二人。
相変わらず頬を染めたミーナを横目に、どう見てもカッコよくはない言い争いを眺め、やれやれと笑った。
「それで? いい情報ってなんです? くだらなかったら返してもらいますからね」
仲良く分けて食べよう、と促して場を収めると、オレたちは簡素なテーブルについていた。
「食ったもんが戻せるか! ……お前、呪い集めの情報欲しがってただろう?」
にやっと笑ったローレイ様が、わざとらしく声を潜めた。
「呪い集め?」
首を傾げたオレに視線を移し、気取った咳払いでプラチナブロンドをかき上げた。
「そうだ、知ってるだろう? ケチな泥棒風情だが、呪い物を好んで盗っていく不気味な輩だ」
そんな話、オレみたいな一般人が聞いていていいんだろうか。ちょっと困惑してミックを見つめると、真剣な眼差しになった彼が重く頷いた。
「ユータ、『呪い集め』自体は街の噂話としてメジャーなものだ。問題ない。ただ、ここから先は私たちの領分だ。ローレイ様、その軽い口はもう少しどうにかなりませんか」
「まだ何も言ってないだろうが! 俺様が軽いのは見た目だけだぞ!」
そこは認めてるんだ。でもきっと他も軽い。そう思いつつ傍らのミーナの袖を引いた。
「ねえミーナ、込み入ったお話もあるみたいだし、そろそろ行こうか」
「あっ……そ、そうね! じゃあお兄ちゃん、早く帰ってくるのよ!」
ぼうっとしていたミーナはハッと立ち上がって釘を刺すと、踵を返した。
「ねえ、ミーナはローレイ様が好きなの?」
どこかふわふわした足取りに、つい聞いてしまう。
「もちろんよ~! みんな好きよ? あんなにかっこいい人はそうそういないでしょう?」
「カロルス様はもっとかっこいいよ! じゃあ、ミーナはローレイ様とデートできたらいいね!」
くすくす笑うと、ミーナは両手を頬に添えた。
「デート……デート! 素敵ね~! 1時間でいいわ、やってみたいわね!」
「1時間でいいの?」
オレ、カロルス様となら何日でも! 怪訝な顔で見つめると、ミーナはフッと真顔になった。
「ええ、1時間。魔法が解けたら嫌だもの。ああ、ユータにはまだ分からないかもしれないわね。ああいうのはね、飾って楽しむものなの。一緒に過ごしたいわけじゃないのよ?」
「……そう、なの?」
乙女の複雑な思考は、オレにはわかりそうもない……。夢見る瞳と現実を見る瞳が同居する不思議な乙女に、オレは少し肌寒いものを感じてぶるりと体を震わせた。






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