411 ミミズ狩り
「――で、これどうすんだ」
ひとまず、盆地にいると他のワームも集まって来そうなので、倒したワームに縄をかけて丘の上まで引きずってきた。
「解体……するの?」
「つくりが単純だから、簡単だよ~! 解体しないと石があるかどうか分からないしね~」
ラキは上機嫌で大きなミミズの前に立った。腰袋から肘まである長い革手袋を取り出すと、オペ前のお医者さんみたいにきゅっと装着する。
「僕、この魔物だとあんまり戦闘の役に立たないと思うから、どんどん持ってきて~。その代わり解体役するよ~!」
チャ、と大きなメスのようなナイフを取り出すと、鼻歌交じりに切開に取りかかった。
「……えっ? なんて?」
「ワームって鈍いし手足も目もないからさ~僕の小さな砲撃魔法じゃあんまり効かないと思うんだ~。普通の魔法だと魔力の消費激しいから任せるよ~!」
ぐいぐい切り開きながら、軽い調子で返される。
「そっちじゃねえよ! どんどんって……まだ獲るのか?!」
「え? そりゃあそうでしょ~? だってこれが『アタリ』かどうか分からないし、せめてもう2つは欲しいし~」
キョトンと事も無げに言われた台詞に、オレたちはガックリと肩を落とした。
今回、オレたちの依頼内容は緑縞石の採取だ。これがまた鉱物ってわけじゃなくて、ミドルワームの内臓にできる、結石の一種らしい。どのミドルワームにもあるのかと思ってた……。
「でもさ、石を持ってないミドルワームも倒しちゃうのって、どうなんだろ……」
「増えすぎると土地が荒れるから、どうせ討伐対象になるぜ? ヒュージワームのいるとこなんて、一面砂漠だろ?」
荒れちゃうの?! 豊かな土にしてくれるのでなく? そのあたり地球産のミミズとは違うんだな。
『そこ以外も大分違うと思うわよ』
冷静なツッコミに、確かにと頷きつつ、オレたちはミミズ獲りに精を出した。何せ、厳しいリーダーがいるもので……
「あ、あった~! でもこれはちょっと小さいね~。あと、僕の分もほしいな~?」
なんて、グロテスクな両手でにっこりされたら、イエッサーと言うしかない。
周囲が地獄絵図になるので、解体の終わったミドルワームはきちんと焼いている。漂う香りが意外とおいしそうなのは、きっと気のせいだと思うことにした。
「来たっ!」
ワームの攻撃は通り一辺倒で個体差がほとんどないので、狩るのも慣れたものだ。地面から飛び出した後は、這いつくばってぶんぶん頭を振る。このくらいしか攻撃がないらしい。胴のどの部分に石があるか分からないので、基本的に頭を落とすのが素材回収に一番効率がいい方法になる。
でも、オレの短剣だと一撃で首を落とすのは難しいし、のたうって地面に戻られると困る。何よりそんな近距離に近づきたくない。
「せーのっ、ミミズたたき!!」
ドン! 鈍い音と共に、ワームの頭が大きな岩の下敷きになった。土魔法の初歩、ロックの応用と言えるかな。石つぶてを飛ばすのではなく、岩落としだ。きちんとタイミングを合わせないといけないので、案外難しい。
『持っていくね~!』
「うん、お願い!」
事切れたワームは、シロに運んでもらえばOKだ。お互い慣れたので各々で狩っていると、遠くの方で粘液まみれになったタクトが、恨めしそうにこちらを見ていた。
「あった~! うん、これはいい大きさだね~」
緑縞石のヒット率はそう高くない。3~5匹中1個あればってところだ。これは確かに難しい依頼だし割に合わない。
「な、なあ……もういいだろ? 帰ろうぜ」
討伐好きのタクトが帰ろうと言い出すなんて相当だ。まだ昼ご飯も食べてな――そうだ、ミミズ狩りですっかり食欲も失せていたけど、お昼ご飯食べてない!!
「忘れてた! ごはん用意するよ!」
獲物がいないから、収納内のものですませてしまおう。
「……なあ、俺まずこれなんとかしてえ」
敢えて視界に入らないようにしていたけど、ついタクトに目をやって、さらに一歩距離を取った。ライグーほどに臭くはないけど、見た目は最悪だ。えっと、なんかばっちいし、まずは食材の調理からで……。
「――なあユータ、俺のこと好き?」
唐突な質問と貼り付けられた爽やかな笑みに、不穏なものを感じてじりっと下がる。
「えー……まあ……友だちだし……?」
タクトはさらににっこりと笑った。ぼたりと滴るピンクや緑の粘液が、まるでゾンビのよう。
「そうだよな、俺も……好きだーー!!」
「ぎゃあーー!!」
オレは、両手を広げて追いかけてくるタクトから必死で逃げ回った。
「逃げるな! 俺の友情を受け取れー!」
ヤケクソなタクトの道連れなんて勘弁だ! ラキにやってよ!
ばしゃ!
「ぶわっ?! 口に入ったー!!」
頭に大きめの水鉄砲を受けたタクトが、盛大にぺっぺとやっている。
「タクト、あっちこっちに飛び散るから動き回らないで~! ユータも先に洗浄してあげて~!」
「「はーい……」」
怒られたじゃないか。オレとタクトは唇をとがらせてお互いを見やった。
仕方なくタクトの洗浄を先に済ませると、場所を移して木陰に陣取った。下草は柔らかだし、椅子とテーブルよりもシートを敷いて座る方がいいね。
「もう入れていいか?」
「ひっくり返しそうだから、大きなトレイ作るね~」
タクトがスープを注ぎ、ラキが不安定なシートの上に大きなお盆を置いてくれた。
今日は簡単に、残り物野菜のクリームスープとサラダ、ボリュームたっぷりの卵サンドだ。小さく切るのは面倒だし、中身がこぼれ落ちちゃうから、両手で抱えるほどの大きさにしてみた。卵サンドの両面を軽く炙れば、周囲にはパンの甘く香ばしい香りが漂った。
「腹減ったー!」
「もう食べていい~?」
いただきます、の言葉と同時に、オレたちはめいっぱい大きな口でかぶりついた。
カリリとしたパンの表面と、とろりとこぼれ落ちそうな熱々のたまご。素朴で優しい味に、ほっこりと笑みがこぼれる。
「うまぁい!」
「お肉のも美味しいけど、たまごも好き~!」
ほとんど3口で食べたタクトが、ハムスターみたいな頬になっている。ラキもさりげなくもう一つ確保しながら、にこっと笑った。
『別々に食べてもおいしいものが合体したら、全然違うもっとおいしいものになる! 俺様の主はやっぱりサイキョーだ!』
立ち上がって拳を振り上げ、パンに頬ずりしそうな勢いで喜ぶチュー助と、行儀良く座ってもくもくと食べるアゲハ。ちょっとお兄さん、お行儀悪いよ。
とうに食べ終わったシロが、鼻面を空に向けて目を細めた。
『ここは、風が気持ちいいね』
「本当だね。シロの毛もきらきらしてる」
ふんわりと撫でるような優しい風が、シロの毛並みをプラチナのように煌めかせた。手を伸ばせば、どうぞと言わんばかりに大きな体が寄せられる。
『ゆーたの毛もいろんな色に、きらきらしてるよ』
毛って……まあ毛だけども。ルーの美しい漆黒が様々な色に輝くように、オレの髪にも彩りがあるんだろうか。
お座りしたシロにことんともたれかかると、ぺろりと頬を舐められた。くすくす笑って顔を被毛にこすりつけると、指通りのいい毛並みを梳いた。相変わらずちまっこい手だ。短い指の間を通り抜ける毛並みが心地良い。
こんな風に過ごせるなら、どこでだって生活できる気がする。帰る場所が内側にあるって素敵だ。
『あら、あなたの帰る場所は他にもあるでしょ?』
脳裏には、おいおい! とツッコミを入れそうなカロルス様や、不安そうな顔をしたエリーシャ様たちがよぎって、くすっと笑った。もちろん! それもオレの大切な帰る場所。
「タクト、もうすぐ帰るよ~寝ないでよ~」
「ふごっ?! あれ、俺寝てた?」
「も~ユータになってるよ~」
運動して、おふろに入って、さらに満腹になったら、そりゃあ寝るよね! でもオレになってるってどういうこと?! 容赦なくタクトの鼻をつまんだラキに、少し頬を膨らませた。
「よしっ、じゃあ帰ろうぜ!」
タクトは寝起きをものともせず、ひょいっと一挙動で立ち上がった。
「今から帰ったら少し時間あるね~、夕食はどうする~?」
「えー今食べたとこだもん、まだ分かんないよ」
苦笑したところで、ふと思った。そっか、ここもそうなんだな。
学校だって、ハイカリクだってそうだ。オレが大きくなった頃には、世界中至る所がそうなっていたら、なんて居心地の良い世界だろう。
なんだかわくわくしてきて、そばにある白銀の体を強く抱きしめた。
ユータ:……また討伐に来る?(やっぱり少しぐらい味見してみるべきだったかな……)
ラキ:……もうこの依頼は受けないでおこう~!!リスクが高すぎるね~!
タクト:お、おう! 身の安全が第一だぜ!
 






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