405 赤の工房
「……なあ、俺思うんだけどさ、このまま俺たちが別の場所行ってまた戻ってきても、こいつきっとこのままだぜ」
だからどっか行こうぜと暗に含めて、タクトが耳打ちした。
確かに……! オレもちらっとラキを見て頷いた。ラキは素材と加工道具の店でかれこれ30分、たまに動くマネキンのようになっている。これはもう何時間でも滞在するに違いない。きっとオレたちがここにいることも、今王都に来ていることも、頭からスッポリ抜け落ちているだろう。
「どっか、行っちゃう?」
「おう! しばらくして戻って来たらバレねえって!」
二人でこそこそ頷き合うと、オレたちはそっとその場を離れた。
「あいつ放って置いたらあのまま閉まるまでいるぜ、きっと!」
「さすがにそれは……とも言い切れないよねぇ」
むしろそのままそっとしてあげた方がラキは喜ぶかも知れない。
「ところで、さっきの姉さんに何もらってたんだ?」
「これ? おうちの場所かな?」
ミーナにもらった紙切れには、オレたちでも分かるようにと、いろんな目印が描かれた地図らしきものと、都合のいい時間帯、あと、『とっておきのよそ行き服で来てね』と書かれていた。
「よそ行きの服で……?」
「あー、ここ、白の街だと思うぜ!」
なるほど。ミーナの親戚は貴族の人だったのかな。
『でもあの子は働いてるんでしょう? この時間帯だと、仕事場じゃないの? 貴族の館で働いているのかしら?』
ミーナは気が利くし、お世話が好きそうだったもんね。もしかするとメイドさんやお手伝いなんかしているのかもしれない。言われてみれば、メイド服でこそなかったけれど、上流階級っぽいこざっぱりとした清潔な服だった。親戚の伝手かもしれないけど、しっかりと自分たちで成功を掴んでいる証拠のようで、少し嬉しくなった。
「なあ、ラキは武器いらねえしさ、オレたちは武器屋行かねえ?」
「わあ、それいいね! 行くー!」
オレたちは上機嫌でハイタッチすると、武器屋のお店へと走った。武器屋と一言で言っても、他の街のように1,2軒ってわけじゃない。赤の街にほど近い場所には、密集するように武具のお店が立ち並んでいた。
「うわあ、こんなにあると、どこがいいのか分からないね……」
「片っ端から入っていけばいいんじゃねえ?!」
ウキウキするオレたちを見て、チュー助が肩まで駆け上がってきた。
『主には俺様がいるから、必要ないよな? なっ? そうでしょ?』
うるうるした瞳でオレのほっぺを引っ張るチュー助に、そう言えばオレってチュー助がいるから武器を変えられないなと思った。もちろん、変えるつもりもなかったけれど。
「でもオレ二本使うんだから、もう一本を買うこともあるよ?」
『そ、そっか。それならいいとも! 俺様はトクベツな短剣だからな! よもや他に乗り換えるなんてあるわけないよな!』
嬉しそうにぺちぺちと小さな手で頬を叩くチュー助。そうだね、今の所うるさいねずみがいるくらいで、他に不満はないかな。
とりあえず手前の店から適当に覗いてみたけれど、どうやら武器の種類というよりは、ブランド――もとい工房で店が分かれているようだ。
「父ちゃんが働いてた工房もあるぜ! 俺のこと覚えてるかなぁ」
せっかくだから顔を出そうと、タクトのうろ覚えな記憶を頼りに武器屋通りを歩いた。
「ねえ、白の街は貴族街で黄色の街は商店の街だけど、赤と青は?」
「赤と青はただ色が分かれてるだけで、メインは住宅だぜ! でも赤に近い方に鍛冶系の工房が集まってさ、青に近い方に薬系の工房が集まったから、それぞれの工房と職人は赤と青で分かれがちだぞ。俺は赤の街の工房に住んでたんだ!」
そもそも赤も黄色も青も、平民区域の区分けとして決められたそうだけど、中央のメインストリートがある黄色の街が商店街化して、左右の赤青の街が住宅街化していったようだ。住宅街と言っても、もちろん小さな商店はそれぞれの街にもある。
「あ、あそこだ! 多分!」
タクトがぐいとオレの手を引いて走り出した。
たどり着いたのは、ごくこぢんまりとした工房だ。開け放たれた両開きのドアからは、賑やかな音が響いて、妙な匂いのするむわっと暑い空気が漏れ出していた。
「カン爺いるかなーまだ生きてるかなー」
こそっと中を覗き込みながら、タクトが不穏な台詞を呟いている。
「こーら、危ないから工房で遊んじゃダメよ!」
物珍しい工房内に気を取られていたら、がしっと襟首を掴まえられて飛び上がった。
「怖~いおじさんもいっぱいいるよ? あたしみたいな優しい美人ばっかりじゃないんだから」
ウインクしてみせたのは、なるほど美人のお姉さんだ。きゅっと後ろで結んだ髪と、煤けた作業服に職人魂を感じる。
「んっ? サヤ姉? なんか腕太くなったな!」
「はあー?! なってないし! タクトこそバカさに磨きが……って――タクト?!」
サヤ姉と呼ばれたお姉さんが、パッと手を離してまじまじとオレとタクトを見た。その視線が、ついっと下りて、つないだ手にピタリと止まった。
目を見開いて口をパクパクさせたサヤ姉さんが、がばっと振り返って工房へ駆け込むと、どこから出たのかと思うような大声が響き渡った。
「カン爺ーー!!! みんなー!! た、タクトが! タクトがカノジョ連れて帰ってきたぁーー!!」
やかましい工房内の音を塗り替える声量に、耳がくわんくわんした。でも、それよりも。
「……カノ、ジョ?」
眉をひそめると、タクトがオレを見下ろしてにやっと笑った。
「お前、俺のカノジョだってよ! 俺、髪は長い方が好きなんだけど」
あからさまに面白がるタクトに、むかっとして繋いだ手を振りほど……こうとした。ぶんぶん、と振った手は、全く離れずにがしりとオレの手を掴んでいる。
「もう! はなしてー!」
「まあ待てって、ぜってぇ面白いから!」
面白い……? しいっと唇に指を当てたタクトが、工房内へと視線をやった。オレはふと、工房内に溢れていた音が消えたことに気付いた。窯の前にいた人、何かを叩いていた人、運んでいた人……それぞれが時間を止めたようにピタリと静止して、こちらに視線を注いでいた。
異様な光景にビクッと肩をすくませると、タクトがこれ見よがしにオレを抱き寄せた。
「――ぐはあっ?!」
「そんなっ……?! 信じないぞっ!」
「まさかっ?! ぐおおお!」
そこここで工房内の人がのたうちだして、オレは思わず後ずさった。
「た、タクト……?」
見上げたタクトは、ついに堪えきれなくなって爆笑していた。
「――つまり、君は男の子で、タクトのコイビトってやつじゃないのね? そうなのね?!」
オレの両肩をがしりと掴んで、サヤ姉さんが真剣な瞳で念を押した。
「違うっつーの! こいつまだ5歳だぜ? いくらなんでも早いって」
タクトだってまだ7歳でしょ!! ただ、オレはともかくタクトは早すぎる……とは言えないこの世界。心身の成長が早い彼らは、10代での結婚もごく一般的のようだ。
「ふうん……じゃあ君、フリーなんだ。お姉さん、結構かわいいと思わない? 年の差なんて大きくなったら関係ないの。年上の包み込まれるような安心感、素敵じゃない?」
するっとオレの髪をすいた手は、どうしてか獲物を確かめる触角のようで、ビクッと震えた。
「まだ5歳だって言ってんだろ!!」
タクトが素早くオレを背中へ隠した。
「分かってるけどぉ~、もしかしたら将来もしかするかもしれないじゃない? いい? 例えどんな相手でも、一期一会を大切にするべきだと、お姉さんは思うのよ」
「いいこと言ってる風に言うな!」
どうやらサヤ姉さんはコイビトにご縁がないらしい。こんなに美人なのに、不思議なこともあるもんだ。
「いやータク坊にまで先を越されたら、ワシ死にきれなくてアンデッドになっちゃうとこだったわい」
しゃっしゃっしゃと笑うのは、寿命とは縁がなさそうなお爺さん。これがカン爺らしい。先を越されるって……カン爺さんはまだ青春を諦めてはいないようだ。それが健康の秘訣だろうか。
タクト曰く、この工房で働くと恋人ができないというジンクスができたくらいだそうで――つまり、工房内の人は皆……。
オレはそっと黙祷を捧げた。
職人A:タク坊が色恋沙汰なんて無理に決まってらあな!俺らの仲間だもんよ!
タクト:ま、俺はAランクになるのに忙しいしな!別に興味ないぜ!
ユータ:でもタクト人気あるもんね。この間プレゼントもらってたよね!
職人A:なっ……興味ない……?プレゼント…?!こいつも敵だぁ!
ミックとミーナについて、感想の方でまとめて下さって嬉しかったのだけど、該当感想が消えちゃった…?皆さんに紹介用かなと思ってお知らせしたのだけど、ダメでしたか…それはすみませんでした(>_<)
もふしら4巻は好評発売中!そして……5巻の方も予約の受付が開始されたようです…!!






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