392 護衛の冒険者
「お前、いつもこんな美味いもん食ってるから、あんな美味い物作れるのか~」
「でもタクトは美味しいものばっかり食べてるけど~、作れるようにはなってないよ~」
そりゃそうだ、とタクトが笑った。
ジフのおいしい料理をお腹いっぱいに食べて、オレたちはごろごろと草の上に寝転がっていた。
「そっちはどうだ? 変なヤツらはいねえか? まだ魔物は出る場所じゃねえと思うが、変わりなかったか?」
転がったオレの隣に腰掛け、カロルス様の大きな手がわしわしと頭を撫でた。地面から見上げるカロルス様はとても大きくて、無造作に撫でる手も相まってオレは猫にでもなった気分だ。
「うん、魔物は全然いなかったよ! でもね、最近野盗が多いんだって」
「ほう、なら先行しておくか……単独で俺らが走ってりゃ食いつくだろ」
貴族の馬車が単体で走っていたら、むしろ怪しまれるかもしれないけどね。
でもそもそも、野盗っているとなれば討伐されるものじゃないのだろうか。多いとか少ないとか……そんな、害虫みたいに呑気にしてられるものなんだろうか。
「まあな、討伐の依頼は常に出てると思うぞ。でもゼロにならねえんだよ。王都までの道は長えからな、金持ってるヤツも多いし、人気のない土地も多い。なんせ範囲が広すぎてなぁ」
襲ってきたらこっちのもんなんだがなぁ、とカロルス様がにやっと笑った。
「カロルス様たちが先に行ってくれるなら、気が楽だなー」
「他の人たちもラッキーだったね~」
再び馬車に揺られながら、オレたちはのんびりと流れる景色を眺めた。時刻はお昼をとうに過ぎ、そろそろオレのまぶたが重くなる時間だ。視界の端で、お客さんたちも大きなあくびをしていた。
「ユータ、ほら」
一人睡魔と戦っていたら、苦笑したタクトがオレの頭を自分へともたせかけた。固くて寝心地は良くなかったけれど、しっかりと安定した頭に、一気に眠気が押し寄せてくる。
「ありがと……あとで、交代……しよ、ね……」
ちょっと寝たら、交代してあげよう。タクトの返事すら遙か彼方に聞こえ、あっという間にオレの意識は沈み込んでいった。
「ユータ、そろそろ起きよう~」
ゆさゆさと揺すられ、ぼんやりと目を開けた。
「お前、全然起きねえのな」
タクトとラキのクスクス笑いに、ハッと体を起こした。なんでオレ、ラキを枕にしてるの? おかしいな……タクトの肩を借りて、ちょっとだけ寝るはずだったのに。真上に近かったはずのお日様が見当たらず、もう周囲は薄暗い。
「はっはっは、魔物が来ても起きねえもんなぁ、大物か大馬鹿か、お前はどっちなんだ」
大変失礼なことを言う護衛さんだけでなく、周囲のお客さんからも笑われている気がする。
「え、魔物? 来たの?」
慌てて傍らのタクトに詰め寄った。
「おう、ゴブリンとか弱っちいのがチョロチョロだけどな!」
「えー! 起こしてよ!」
「普通起きると思うけどね~。ずーっと寝てたのユータだけだよ~」
どうやら魔物の襲来は一度じゃなかったようだ。どれも護衛さんが難なく対処してくれたそうだけど、オレだって見たかったのに……。少しむくれつつ、寝かせてもらっておいて文句も言えない。
気を取り直し、両隣の二人を見上げた。
「じゃあ、次はタクトが寝る? ラキも一緒に寝ていいよ?」
さあ両側からどうぞ、と胸を張ったところで、他のお客さんがぶふっと吹き出した。
「本日の終点-! 皆さまお忘れ物なきよう!」
御者さんがニヤニヤと笑ってオレを振り返ると、声を張り上げた。
「……えっ? もう着いたの?!」
「そうだな、俺達にとっちゃ『やっと』だけどな。あー疲れたぜ」
わざとらしく肩をまわした護衛さんに見下ろされ、次は絶対寝るもんかと心に決めた。
ちょっとご機嫌ナナメに馬車を飛び降りたら、後から下りる人下りる人、みんながオレの頭をぽん、と撫でていく。そんな、お地蔵様みたいに……。ご利益はないと思うよ?
『あら。『天使様』なんだからご利益あるかもしれないわよ?』
――ユータは生命魔法もりもりなの。きっと体の調子が良くなるの。だってラピスは良くなるの。
適当なことを言う2匹に苦笑して、明かりの灯った宿場町に目をやった。大きな建物はないけれど、ヤクス村よりずっと立派な建物が並んで賑わっている。食べ物を売るテントは所狭しと並んで、軒先に揺れるランプが煌々と連なっていた。
「お祭りみたいだね!」
「だな! 夜に町を歩くってないもんな!」
「人通りの多い場所だと宿場町もこんなに賑やかなんだね~」
はぐれないよう手を繋ぎ、きょろきょろしながらテントを見て回った。ただ、威勢良く声を張り上げる売り子さんたちは、大体冒険者崩れだったりするらしい。大柄な彼らに合わせたせいか、オレからは屋台で何を売ってるんだか全然見えない。
「兄ちゃんが抱っこしてやろうか?」
「いい! ちゃんと見えるよ」
ニヤッと笑ったタクトに、ぷいとそっぽを向いて、さりげなくぴょんぴょんしながら進む。
「わ、わわっ!」
ぴょん、と飛び上がった足が、地面に着かずに浮き上がり、慌てて両足をばたばたさせた。
「跳ね猿がこんなとこにいやがったぞ」
掴み上げるように持ち上げられて、視界がぐっと拓けた。おお、屋台がよく見える。
「ガザはそういうこと言うから嫌われるんだって~! 素直にかわいいって言いなよ」
聞き覚えのある声は、護衛さんたちだ。ぶらんと持ち上げられたオレを、お兄さんが上手に抱っこした。
「子どもだけで歩いてると危ないよ? 送っていってあげるよ。どこまで行くの?」
オレは、素直に開きかけた口をパッと押さえて首を振った。
「はっはっは! ホレ見ろ、お前だって他人なんだよ、ぼうず、ひとつ賢くなったな!」
ザマーミロと笑ういかつい護衛さんに、お兄さんがひとつ蹴りをいれた。ちょっと申し訳なくなって眉を下げると、ごめんね、とお兄さんを覗き込んだ。
「いいのいいの、ちょっとでも気をつけられるようになったんなら成長ってね。すんごい目立ってたから気になってさ」
「俺たちがついてるっつうの」
ぐんっと体を引かれ、視界が屋台ぎりぎりまで下がった。オレを抱えたタクトが、じろりと護衛さんを睨み付ける。
「あはは、ごめんごめん。頼りになるお兄さんだもんねー」
ちぇ、子ども扱いして、とタクトが不満げに呟いた。仕方ないよ、オレたちまだどう見ても子どもだし。
「どうせ僕たち目立ってるから~この人たちがいる方がいいんじゃない~」
ラキが、顔の表面だけにっこり笑った。
「したたかな兄さんだな、こえーこえー。ま、ついでだからいいぜ。どこ泊まるんだ? ついて行ってやるよ」
「……いいのか?」
タクトがそっとラキにささやくと、ラキはちらっと周囲に視線を走らせて笑った。
「いいよ~だって隠れて宿まで行けるわけじゃないでしょ~? なら、利用させてもらえばいいよ~。大人が一緒にいる方がトラブルが少ないし、宿に着けばもう大丈夫、でしょ~?」
「そっか!」
オレたちの宿は貴族宿だ。普通の冒険者が泊まる宿では、危険かどうかはさておきトラブルが多すぎるだろうってことで、そう決まった。警備のしっかりした貴族宿をわざわざ襲う物好きはそうそういないから安心なんだ。しかも、今日はそこに元Aランクがいるしね!
「ゆっくり寝られないと困るもんね」
以前みたいにゆっくり寝て起きたら焼け野原、なんてのも困るけれど。懐に手痛い出費の分、しっかりと睡眠は確保したいところだ。
エリーシャ様たちは支援するからと言ってくれるのだけど、それではなんだかつまらないもの。やりくりしながら頑張るから楽しいんだ。
「じゃあ、いいよ!」
にこっと笑って両手をばんざいすると、ガザと呼ばれたいかつい護衛さんがドギマギした。
「ユータ……お前な、利用するっつったんだよ……信用するって言ったんじゃねえよ……」
「はあ、仕方ないよね~」
二人がガックリと肩を落とした。ち、違うよ? 信用したんじゃないよ、こうすると屋台がよく見えるから……そう、オレだって利用してるんだから。
下手くそな抱っこに閉口しつつ、見晴らしが良くなった視界に満足して太い首に手を回した。
ユータ:ほら、やっぱりご利益ないよ、この人すっごく疲れてるみたいだよ
モモ:そうね、ヘタレだからね。
蘇芳:へたれのせい。
いつも読んでいただきありがとうございます!
実は今日誕生日だったんですよ~久し振りのケーキ堪能しました!
いくつになっても誕生日はいいものですねぇ……






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