390 出発の朝
「あのあの、君たちまだ2年生だし……ホントのホントに大丈夫? そりゃあ、しっかりしてるし実力もあるし何なら先生より頼りに………」
先生、自分で自分をヘコませるのはやめよう? 普段よりさらに小さくなってしゃがみ込んだメリーメリー先生に、オレたちはやれやれと顔を見合わせた。
「先生たちにお土産なんていいッスから! いやホント、王都には色んなものがあるッスからね~たくさん見てくるといいッス! 先生のオススメはプロティーンってもので――」
了解、マッシュ先生のお土産はソレで。途端にキラリと目を光らせた先生たちが、口々にオススメを伝えてくる。待って待って、今メモするから! いちいちお土産を考えなくてもいいのは助かるけどね……。
先生たちも王都まで行くことはそうそうないもんね。そう思うと、知り合いの人たちに何か必要な物がないか尋ねておくといいかもしれない。
「いよいよだね」
「王都に行けるんだね~」
「楽しみだぜ!」
オレたちは秘密基地に集まり、最終の作戦会議? を行っていた。
結局、怪しげなあの依頼以外に都合のいい護衛依頼は見つからなかったので、今回は普通に馬車に乗って依頼をこなしながらの旅行だ。道中気を張っていなくてもいいのは楽でいいね。
『主、護衛の時だっていつもとそう変わらないぜ?』
『あなた、一応護衛してるって意識はあったのね。何も考えてないと思ってたわ』
即座に突っ込まれて閉口する。そんなこと……ないよ、たぶん。
「なあ、俺思ったんだけどさ、別に馬車乗らなくても良くねえ?」
「ええ? 歩いていくの?!」
「そんなワケねえじゃん!」
ことりと首を傾げると、タクトはニッと笑って身を乗り出した。
「シロがいるだろ? だからさ、シロに乗せてってもらえば……!」
なるほど、シロに乗せてもらえば速度は自在だ。でも……
「タクトはずっと乗ってられるかもしれないけど~、僕はずっとは無理だよ~」
「うん、オレもずっと跨がってるのは無理かも」
『もっと楽ちんに乗れたらいいのにね。ぼく、もっとそうっと走るよ?』
シロは以前に比べて乗せるのが上手になったけれど、裸馬に乗ってるのと大差ないもの、普通に疲れるんだ。一人乗りでだらんと背中に寝そべっていられるならともかく。
「それに、タクトも多分ずっと乗ってると酔うよ?」
「ああ! それがあったぁ~!! む、ムゥちゃんも一緒に行くよな?!」
「ムゥ!」
ぴょい、とポシェットから顔を出したムゥちゃんが小さな手(?)を振った。
「直接乗って行くのは無理だけど~、確かにシロが良ければシロ馬車……ええと、シロ車~? 作るのはありかもしれないね~!」
『ぼくの車?!』
今度はラキがずいと身を乗り出し、シロがきらきらと瞳を輝かせた。
「あのソリ? あんまり乗り心地はよくなさそうだったけど……」
悲鳴をあげていた『草原の牙』メンバーを思い出して、あれには乗りたくないなと思う。
「ううん、もっときちんと馬車みたいになったやつを作るんだ~! 素材とか集めて、色々挑戦してみたいな~! 王都ならきっと参考になるものも素材もたくさんあるよ~!」
「なんだ、それじゃ今回は使えねえのか」
タクトが口を尖らせてぱたりと後ろへひっくり返った。
『ぼくの車……? 王都、楽しみだねえ!』
シロが部屋の中をスキップしだした。どうやらシロ車が完成した暁には、喜んで引っ張ってくれそうだ。
『俺様も車欲しい! アゲハ乗せて引っ張る!』
『あえは、のるー!』
それは乳母車じゃないかな? 引っ張るより押す方が早そう。
『スオーも、車……』
『あなた私が乗ったって引っ張れないんじゃない?』
蘇芳、もしかして引っ張る方をやりたいの……? さすがにそれは無理があるんじゃ……膝に乗った蘇芳をばんざいさせてみると、ふわふわ毛並みに覆われた細い手足に華奢な身体。りんごだって持ち上げられるかどうか……。誤魔化すように大きな耳をモミモミすると、ぽてんともたれかかってオレを見上げた。
『スオーの車……』
「う、うん……また考えようね」
こだわり派の蘇芳は、きっと簡単には忘れてくれないな。どうしたものかと苦笑して、オレもぱたりと寝転がった。くすっと笑ったラキも、オレたちにならって横になる。
今日寝たら、もう明日は出発だ。途端にどきどきと胸苦しくなり、頬が上気してくる。王都に行くだけ、それだけなのに大冒険だ。3人一緒に、カロルス様たちも一緒に。なんて楽しみなんだろう。
耐えがたいほどのわくわく感に、大きく深呼吸して目を閉じた。
「ユータ、ここで寝ちゃダメだよ? 今夜は、早く寝ようね~」
「お前、朝ちゃんと起きろよ?!」
両側からほっぺをつままれて、むっと口をへの字にする。オレもうそんなに赤ちゃんじゃないんですけど?!
二人の穏やかな気配に挟まれて、心地よく忍び寄ってきた微睡みに、ここで負けてなるものかとばちっと目を開けた。
ガラガラと大きな音をたてて、馬車が進む。大きく立派な馬二頭が引く幌馬車は、今まで乗った中で一番大きな馬車だ。巻き上げられた幌から顔を突き出し、ぶわりと舞った土埃に目をこすった。
「カロルス様たち、来てるかなぁ!」
「心配いらねえって……絶対に来るから」
身を乗り出してキョロキョロするオレに、タクトが呆れ気味に答えた。その右手はガッチリとオレのベルトを掴んでいる。落ちたりしないし、もし落ちたって平気だって言ってるのに。
「多分、休憩所で一緒になるよ~ユータお昼は領主様たちと一緒に食べるの~?」
「えっ? 一緒に食べるとしてもラキたちも一緒だよ?」
「ええ~僕、貴族様と同席なんてできないよ~! 食事マナーなんて自信ないし~」
尻込みするラキに、オレとタクトが顔を見合わせて笑った。そう、オレもこの世界に来たばっかりの頃、マナーが分からないと気にしたものだ。
「貴族様だけどカロルス様だから大丈夫なんだぜ!」
「うん、カロルス様だから平気!」
オレたちの言い分に困惑気味のラキに、いいからいいからと朝食を差し出した。お昼は一緒に食べられるといいね、実際に見てもらうのが一番だもの。
今日の朝食はケークサレ。出発の日だから、ちょっと豪華に具材をたっぷり使ったお食事パウンドケーキだ。ガタゴト揺れる座席に座り直し、大きな一切れを両手で掴んでかぶりついた。ほろりとした生地の中に、お野菜や塩漬け肉、ウズラみたいな小さな卵も入ってボリューム満点、ふんわり香るバターと、色んな食感が楽しい。
口いっぱいに頬ばっていると、上ったばかりのお日様がオレの襟足を温め、徐々に上がっていく気温を感じる。吹き抜ける風には、土や草の匂い、ぱたぱたと音をたてる幌の匂い、いろんな匂いが感じられた。
冒険だ。今、冒険に出てるんだ。
時折跳ねるお尻の痛みさえ、胸をくすぐる気がした。
「お前、すげー笑ってるぞ」
タクトに頬をつつかれて、ハッともぐもぐしていたものを飲み込んだ。
「美味かったけどさ、そんなに好きなのか?」
どうやらケークサレを頬ばって、しばし満面の笑みを浮かべていたらしい。
「ユータ、楽しそうだね~」
真正面にいた乗客が、こちらを見て笑いを堪えている気がする。オレ、そんなに笑ってた?
「だって……楽しいよ」
ちょっと赤面して外に向き直ると、もう一度ケークサレを囓った。だって、こんなに楽しいよ。
「おう、こうやって馬車に乗ってくってことなかったもんな。楽しいぜ!」
「お仕事って感じじゃないもんね~」
二人も揃って外を向くと、晴れやかに笑った。二人の笑顔に挟まれて、オレもやっぱり堪えきれずに大きく笑った。
* * * * *
「マリーはAランクになったかいがありました……こういう時のための力ですね!」
「私も今ほど自分の実力に感謝したことはないわ。見てあのお顔! あんなにほっぺに詰め込んじゃって!」
たおやかな女性二人は、にっこりと微笑んだ。よもや、スカートをたくしあげて走っている最中とは誰も思うまい。
最高レベルで気配を消し、ユータの馬車を追う二人に、セデスがため息をついた。確かに、このレベルで気配を消せば、まあ誰にも見つからないよね。そこだけは実力があって良かったということにしよう……。
万が一二人が誰かに見つかった時、なんて言い訳をしようかと、セデスはまだ出ぬ正解を探して頭を悩ませた。
いつも感想ありがとうございます!
転移について、ユータはこの間二人の目の前で転移してますし、とっくに伝えていると思っています。そしてラキたちはもうそれでいいよ……ってなってます。
タオル代わりの言葉、手ぬぐいっていいですね!ちょっと和風な感じもしますが、ふわふわタオル感はないですね!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/