388 護衛依頼
「それじゃ、みんな一緒に行けんだな! やったな!」
「うん! やったー!」
「あとは、都合のいい依頼があることを祈るばかりだね~」
王都に行くならタクトのお父さんも一緒に行けばいいのにと思ったのだけど、タクトも生まれは王都じゃないらしい。向こうに用事はないって、サッパリしたものだそうだ。
「王都に着いたら、案内はタクトにお願いできそうだね~」
「おう! ……でも俺だって王都にいた時はちっちゃかったからさ、あんま覚えてねえよ?」
勢いよく返事したタクトだったものの、へらっと笑って頭をかいた。そりゃそうだよね、その頃は5歳やそこらだったんだから。
「まあ、今のユータと同じぐらいなんだけどね~」
「そう考えるとやっぱお前、あり得ねー」
あっはっはと大口を開けて笑ったタクトが、オレを乱暴に高く掲げた。勢いの付いた足がぶらんぶらん揺れて、まるで人形のようだ。
「いいこと、でしょ? 悪いことじゃないんだから!」
最近はタクトの乱暴な扱いにも慣れて、オレは両脇を支えられたまま、ふふんとアゴを反らして見せた。
「そうだな! 優秀ぽんこつだ!」
「そうとしか言いようがないね~」
もう、素直に褒めてくれてもいいのに! ……とは思うものの、時々ぽんこつなことをやっている……かもしれないと多少の自覚もあったり。でもしょうがないじゃない、まだオレ5歳だもの。
「いいの、オレはまだ子どもだから」
「そこは否定のしようがねえな!」
「僕たちだってまだ子どもだよね~」
オレたちは上々の気分で王都への旅に想いを馳せた。
「ねえな~! あってもすぐに取られちまう」
うつらうつらしているオレのベッドで、タクトがあぐらと腕を組んで朝からプリプリと怒っている。どうやら、王都行きの護衛依頼は多いものの、Eランク可、というのは少ないらしい。だからこそ人気も高いので、かなり激しい争奪戦が繰り広げられるそうな。早起き担当のタクトが、毎日自分の受ける依頼を見るついでにチェックしてくれているのだけど、中々ストレスフルな様子だ。
「ちぇ、でっかいのはズルいぜ! 次はぶん投げてやろうかな」
どうやら小柄なタクトに争奪戦は相当に不利なようで、いつか実力行使に出るんじゃないかとオレはハラハラしている。ただし、代わりには行かない。早朝はまだ寝る時間だ。
「いつもありがと……これ、たべる?」
「食う!」
あふっと大きなあくびをしながら、チーズとおかかのおにぎりを差し出した。
「でも、困ったね~護衛依頼が取れそうにないなら、諦めて普通に旅しようか~。途中で受けられるものもあるかもしれないし、護衛以外の依頼を探しておく~?」
「お、ふぉうばうふぇい?」
なんて? 口いっぱいに頬ばったおにぎりを飲み込んだタクトが、指を舐めながらもう一度言った。
「討伐系? やっとオレたちもまともな討伐依頼を受けられるもんな!」
「討伐系もいいけど~採取もありかな~? 道すがら通る近辺で採取していけたらいいよね。ただ、ユータの収納ありきになるけどね~」
どうやら、護衛の依頼は諦めることになりそうかな。そりゃあ、多少の値上がりはしても安心な人たちに任せたいだろう。もしEランクの護衛依頼が出ていたとして、担当するのがオレたちだったら、きっと馬車の人は泣きそうな気分になるんじゃないだろうか。
出発の朝、登場したオレたち3人を見て、きっとあんぐり口を開けるだろう依頼人を思って、これで良かったかもとくすっと笑った。
授業を終えて、オレたちは受ける依頼の目星をつけようとギルドへやってきた。
受付のお姉さんにアドバイスをもらったら、きっと効率のいい依頼の受け方を教えてくれるだろう。
「タクト、テストは大丈夫なの?」
「大丈夫だぜ! 地獄の特訓したからな、順調順調!」
その地獄の特訓をしてるのはオレたちなんですけど?
「2回受けてなんとか、っていうのも多いけどね~。そうか~あれが地獄なら……今までが天国だと思うような本物の地獄を見せてあげようか~」
ラキが、完全に悪役の台詞で口の端を上げた。や、やめてあげて……タクトが子犬みたいにぷるぷるしてるから!
「……ん? あれ?」
ギルドの扉を開けた時、奥から歩いてきた人物を何気なく見やって、足を止めた。オレの声を聞いて、その人もギクリと足を止める。
深く被ったフードを下から覗き込むと、眉間に思いっきりシワを寄せた表情に、心外だなと頬を膨らませた。
「……ガキ、寄ってくんな。あっちへ行け」
ぼそりと呟いた声と、動物を追い払うような仕草。フードの中の紫の瞳が、ぎらりとオレを睨み、『構うな! 呼ぶなよ! いいな?!』と忙しく唇を動かした。
「ユータ、どうしたの~?」
さりげなくオレとスモークさんの間に身体を入れて、ラキがにこっと笑った。
「早く行こうぜ!」
くいっと腕を引かれて、ぶつかるようにタクトの方へと引き寄せられた。……完全に敵、それもきっと強敵と見なされたスモークさん。その憮然とした顔に、吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
「なんでもないよ、知り合いかなって思ったの」
「お前なあ、肝が冷えるぜ……あれ、強いだろ。機嫌悪そうな強いやつに絡みに行くんじゃねーの」
タクトがぐっと耳元に唇を寄せ、小声で囁いた。意外だな、タクトが一番問題を起こしそうなのに、案外分別があるんだな。
受付のお姉さんに指南を受けて、オレたちは依頼書を見て回った。概ね採取や討伐で向こうに少ない素材なんかを集めて、向こうで依頼を受けて提出すればいいらしい。採取や討伐は依頼がなかったとしても素材を買い取ってもらえるので便利だ。
「……んー?? なんだこの依頼……」
「どれ~? ……王都までの護衛~? これって……」
二人の視線が生ぬるくオレに注がれた。
え? 何?
「……王都までの護衛、Eランク、……10歳以下で………」
オレは口をつぐむと、手に持った依頼書で、ほてった顔を隠した。
「カロルス様!!」
「おわっ?! お前、いきなり現われるんじゃねえ!」
カロルス様の真上に転移したオレは、がちりと受け止めた腕を気にも留めず、ざらざらしたほっぺをぎゅーっと引っ張った。
「い、いへぇ! はにしやある!」
「これ、恥ずかしい!」
ギルドに許可をもらって持参した依頼書を、ぐいっとカロルス様の顔に押しつけた。
「はん? 依頼書? なにが恥ずかしいって……なんだこりゃ」
荷物のようにオレを机に置くと、カロルス様が依頼書を読んでがりがりと頭をかいた。
「あーー、こいつはまあ、どっちかの仕業……いや両方か」
苦笑してわしわしとオレの頭を撫でた。どうやらカロルス様は無実のようだ。
「ユータ、おかえり。日取りは決まりそう?」
部屋へ入ってきたセデス兄さんも、依頼書を見て不思議そうにしている。どうやらシロらしい。そして執事さんだってクロのはずがない。
「なにこれ! あははっ! 護衛の依頼……Eランク、10歳以下の男の子3人程度。黒髪ならなお良し。背は低く見目の麗しい天使のような男の子。愛らしく優しく……もうこれ名指しだよ! 見目麗しい天使! あはは!」
読みながら爆笑するセデス兄さんをむすっと睨んだ。これ、ギルドに貼られてたんだよ?! 一周回ってもうこれ悪口だよ! 多分すぐに見つけたからあんまり見られてないと思うけど……。
「あー可笑しい。だからマリーさんたち出て来ないんだね」
なるほど、少しばかり自覚があったのだろうか。いつも真っ先に飛び込んで来るマリーさんたちがいないのはおかしいと思ったんだ。
「オレ、怒ってるからね!」
プンとむくれて顎を上げると、ズザァっと何かが部屋に滑りこんできた。
「ごめんねぇ~~ユータちゃん、つい……つい筆が乗っちゃって!」
「申し訳ありません~~!! ユータ様の素晴らしさを伝えたい一心で!」
しばらくオレは怒っておくんだから! と決意していたのに、瞳をうるうるさせた二人に縋り付かれて、結局すぐに和解してしまったのだった。
もふしら閑話集の方も更新してます~
ちょっと休憩したい時なんかに小話でも入れようかなと思います






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