387 家族との顔、友人との顔
「「「かんぱーい!」」」
高く掲げた瓶をカキン、と合わせ、大人がやるみたいにぐっと煽った。勢いよく流れた液体に、途端にむせそうになって慌てて前を向く。うーん、上を向いたまま飲むってどうやるんだろう。
「ユータ、ぬるい……お前、なにその顔! ぱんっぱんだぜ」
ぶふっと吹き出したタクトに、口いっぱいにため込んだ飲み物を急いで飲み下した。
はい、と押しつけられた瓶を掴んでキンと冷やすと、タクトは満足げに煽った。ああやって飲みたいけど、正直、吹き出す未来しか見えない。
オレたちは無事にギルドでEランク合格の認定をもらい、意気揚々と祝杯をあげていた。
「結局、あれ何だったんだろうなー」
「ダンジョンなんかだと、原因不明のトラブルなんて日常茶飯事だって言うよ~怖いね~」
ぎくりと肩を揺らしたオレは、咥えていた瓶をきゅぽんと外して、そ知らぬふりをした。じっと注がれる視線に、だらだらと汗が流れている気がする。
「まあ、ユータだよな」
「ユータだよね~」
むしろ確定事項のように言う二人に、違うと言うこともできずにむくれると、瓶を抱えて、笛のようにホーっと鳴らした。
『良かったじゃない、理解あるお友達で』
なだめるようにまふまふと伸び縮みするモモ。そうだけど……そうじゃない……。
無言で瓶を鳴らすしかないオレを、手を伸ばした二人がわしゃわしゃと撫でて笑った。
「Eランクおめでとう~!」
「ユータちゃんすごいわ!」
「ユータ様ならその存在がSランクです!」
ぎゅうっと抱きしめてすりすりされると、長い髪がしゃらしゃらとオレをくすぐって、クスクスと笑った。オレをぴたりと包み込む温かい身体は、目には見えない何かをしっかりとオレに注いで、なんだかもう溢れてしまいそうな気がする。
そこまで久々ってほどでもないのだけど、少し帰る期間が空くと、今でもエリーシャ様とマリーさんはこうだ。オレ、もう赤ちゃんじゃないんだけどなぁ。でも、二人が寂しいなら、いっぱい抱っこしていいよ。
戦闘時の面影がカケラもない頼りなくやわやわとした腕の中で、オレは満足して微笑んだ。
「キースさんたちにはね、ヤクス村に行く用事はないって言われちゃった」
「ああ、『放浪の木』か? あいつらも暇じゃないだろうが、試験の付き添いしてくれたんだろ? 一言礼でも言わせてくれりゃ良かったのになぁ」
「それを避けるために来ないのでは?」
執事さんの言葉に確かに、と思い当たって頷いた。レンジさんは結構気を使うところがあるから……カロルス様と違って。
「わあ?!」
ぐいんと重力がかかって、乱暴に持ち上げられた身体が天井にぶつかりそうになった。
「お前~失礼なこと考えてる顔だ」
高々と掲げられてゆさゆさと揺すぶられ、オレは顔が溶けるほど笑った。いくら空中で足をばたつかせてもびくともしない強い腕が、とても久し振りに感じる。
「だって! カロルス様だもん!」
「お前だって、ユータだから色々と巻き起こしてんだろうが」
「違うよ! オレが巻き込まれてるの!」
オレは緩められた腕から固い胸元へと飛び込んで、きゃっきゃと笑った。
「さあ、そろそろジフのごちそうが出来上がる頃じゃない? 学校の話もゆっくり聞かせてよ。こうして見てると、Eランクだなんて……本当に見た目詐欺だねえ」
よっこらせと立ち上がったセデス兄さんが、オレの上気した頬を見て笑った。
「食べ過ぎた……」
「それは分かるけど……ユータが何やってるのかは分からないよ」
ドアの上縁に手を掛けてぶら下がったオレに、セデス兄さんが呆れた視線を寄越した。
「こうすると食べたものが早く下に行くような気がして」
「僕、ユータって賢いと思ってたよ……」
力尽きてぽとりと落ちたオレをキャッチして下ろすと、セデス兄さんがため息をついた。
「タクトとラキも、十分お兄さんをしてくれているんだね、それがよく分かる気がするよ」
……『も』? それは何か、セデス兄さんが十分なお兄さんのように聞こえるけれど。オレだって二人の世話をやいたりするし、セデス兄さんのお世話だってしてるんだから。
「ユータ様、そろそろ王都への日程を決めようと思うのですが、学校の方はどうです?」
反論しようとした所で、執事さんがそう言ってオレの服を緩め、すとんとソファーへ座らせた。
「学校は大丈夫! オレ、いつでも行けるよ! ……あ、でも」
「でも?」
オレは困った顔で執事さんを見上げた。どうしよう、ラキとタクトも王都に向かうなら、オレも一緒に行きたい。Eランクになったし、もしかすると王都までの護衛の依頼だって見つかるかも知れない。
「あのね――」
どっちも一緒に行きたくて困った。でも、タクトとラキが二人だけなのは心配だ。
眉を下げたオレの説明に、エリーシャ様が途中でカップを取り落とした。
「……そ、そんな……?! ユータちゃんが別行動? そ、そんなこと……」
当然のようにカップを受け止めた執事さんが、そっとテーブルを下げ、周囲を片付けた。
立ち上がってわなわなと震えていたエリーシャ様が、フッと糸が切れたように崩れ落ち、手を添えたセデス兄さんが慣れた様子で絨毯へ座らせた。
セデス兄さんと執事さんが親指をたててお互いの仕事を讃えているのを横目に、オレはどうしたものかと頭を悩ませる。
「別で行くか? いいぞ、お前は危険な目には合うが実際危なくなることはそうないだろうしな」
危ない目に合うのは当たり前みたいな言い方はやめていただきたい。
「出発日は揃えるし、道中近辺にはいるだろうからね。危ないことがあったら駆けつけられるよ」
セデス兄さんとカロルス様は大丈夫そうだけど……。
「で、でもっ! ユータちゃんはいつも予想外なことが起こるじゃない?! や、やっぱりそばにいた方が……」
「エリーシャ様、時に独り立ちを見守るのも、愛ではないでしょうか?」
ぽん、とエリーシャ様の肩に手を置いたマリーさんが、悟ったような顔で微笑んだ。想定外の台詞に、思わずセデス兄さんの手をとって身を寄せ合った。
「ま、マリー……? どういうこと?」
「エリーシャ様、この手に触れていたくて、そばにいたくて、常に抱っこしていたいのは山々なのですが、そこをぐっと堪えるのです」
マリーさんが真摯な瞳で真っ直ぐとエリーシャ様を見つめた。
「(そうすれば、普段は見られない友人と触れ合うユータ様の姿をこっそりと存分に……! しかも、耐えられなくなれば会いに行っちゃえばいいのです! 道中何度も遭遇するのは別に不自然なことじゃありません!)」
「(!! なんてこと……そう、そうね。私たちの前では決して見せない顔を垣間見ることができる……? しかも、友人もみんなかわいいわ!)」
……なんで急にヒソヒソしだしたの。あからさまに不自然な二人の様子に、そんなこったろうと思ったぜ、と、床に転げ落ちていたカロルス様がソファーへ座りなおした。
「いいわ! 私も辛い……辛いけど。でも、ユータちゃんの成長のため! 仕方ないわっ!」
長いヒソヒソ話の後、どこかキラキラした瞳でエリーシャ様からもオーケーをもらった。……ま、まあいいか。二人が変なのはいつものことだし。
あとの日程はオレたちに合わせるってことで、執事さんが段取りを進めておいてくれるそうだ。
この道を通って、宿はここで、なんて話を聞くうち、かくんと頭が落ちた。慌てて目をこすっていると、目の前に大きな影が落ちる。
「ユータ? 今日は寝ていくか?」
ランプの灯りを背に、オレを覗き込んだ大きな身体。とろとろとした意識で、オレは両手を差し出すように挙げた。
そして、次に来る浮遊感を予想して、ふわっと微笑んで力を抜いた。
セデス:またあの二人はろくでもないことを考えてるんだろうねえ……
執事:それでも、手を離せるようになったのはある意味進歩と思えば……
セデス:そうだね、二人も成長してるんだね。僕たちもある程度離れて見守る必要が……っていやこれ違うくない?!






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