378 いろんな立ち位置
「んー……」
タクトが微妙な顔をして自分の手の中を見つめた。
「どうしたの?」
オレたちは、簡単な街中依頼をこなして、二人、路辺で屋台のおやつを食べていた。
カシリ、と囓るとしっかりした歯ごたえと素朴な甘み。屋台で買ったのは、固く焼いたほんのり甘いパンみたいなもの。オレにとってはお昼ごはん代わりだったけど、タクトはもちろん串焼き肉なんかを平らげた後に食べている。
「なんだか、懐かしい味だね」
パティシエの作ったすごく美味しいお菓子じゃないけど、お母さんのお手製みたいな、日常的な温かさを感じる素朴なお菓子。まあ、作っていたのはひげ面のオヤジさんだったけども。
「懐かしいってお前……懐かしむほど生きてなくねえ?」
手の中のカケラをぽいっと口に放り込んで、タクトが苦笑した。うん? そうか、オレまだ5歳だもんね。そう考えるとすごいね、まだ5年……ううん、この世界に来てから2,3年しか生きてないのか。なんだかずっとここにいるような気がするのに。
「そ、そう……?」
ちょっと誤魔化して、はむっと固いお菓子にかじりついた。これ、美味しいけど顎が疲れるね。
「お前ってなんか大人クサイ時あるよな」
ドキッとするような事を言いながら、タクトは最後のひとつに手を伸ばした。ちらりとこっちを見る視線に、いいよと頷いて、まだ半分以上残るオレの分と格闘する。
「なんかさ、これも悪くはねえんだけど……俺、違うの食いてえ」
「違うのって?」
固いお菓子が、もしゃもしゃと口の中に消えていくのを感心して眺めながら首を傾げると、タクトはニッ! と笑って空の袋を握りつぶした。
「お前が作ったやつ!」
お前が聞いたんだからな! と言いたげな満面の笑みに、思わず笑った。そんなに気に入ってもらえているなら、作ったかいがあるってものだ。
「なあなあ、秘密基地行こうぜ! な、そこで作ってくれよ!」
思いついたら即動きたいタクトは、いそいそと立ち上がると、ちょっとべたついた手でぐいっとオレの両手を引いた。それだけで、オレの軽い身体はいとも容易く持ち上がる。
「あ、もう! お菓子が落ちるよ!」
それと、オレの足浮いてるから! 抗議を込めてぶらんぶらんする足をばたつかせた。
「お前、まだ食ってんの? ねずみじゃねえんだから!」
掴んだオレの手ごと自分の方へ引き寄せると、がぶりと大きく囓りとった。
「あー! オレの!」
タクトは3つも食べたのに!
「まだ残ってんだろ? それぐらいじゃねえとお前、到着までに食い切れねえよ」
さっさとオレの手を引いて歩き出したタクトに、これはもうおやつを作るのは決定事項になっているらしいと苦笑した。あんなに食べたのに、まだ食べるなんて……もしかすると、身体強化を使っているひとは、ものすごくお腹がすくのかもしれない。
残り少なくなったお菓子をかじりながら、どうせ作るならギルドマスターに差し入れても良いかもしれないなと考えた。
「なあ……これ、もしかして俺、ヒマじゃねえ?!」
道すがらレシピを考え、さっそく作ろうかと準備を始めたところで、タクトが愕然と叫んだ。知らないよ! タクトが作れって言ったんじゃないか。
「じゃあ、手伝ってよ」
「俺が……? でも俺が手伝ったらマズくなりそうじゃねえ?」
不安そうなタクトに、そんなわけないよと笑った。でも、正直あんまり手伝ってもらえる所もない。
「そうだ、じゃあジフ用にレシピをメモして!」
「そんなの、俺が分かるわけねぇ」
そうだろうけど、それは偉そうに腕組みして言う台詞じゃない。
「大丈夫、オレがちゃんと言うから」
それならまあ……と渋々机に座ったタクトに、オレはお料理教室よろしくおしゃべりしながらお菓子を作りはじめた。
「はい、混ぜたら生地をちょっと休ませますー」
「そんだけでいいの? もっと混ぜた方が良くねえ?」
あんまり混ぜるとよくないんだよ……たぶん。この生地はオレもあんまり作り慣れないから、ちょっと緊張する。でも、なんだか本格的なお菓子を作っている気分になれる生地だ。
よし、生地を休ませる間に中身を作ろう。
たまごに牛乳に砂糖に薄力粉、お鍋でゆっくり焦げないように、丁寧に慎重に混ぜる。
「お……なんかとろっとしてきたぞ! 匂いが甘いな」
タクトが、オレの頭の上から興味津々に覗き込んでいた。まっすぐ立ったオレよりずっと高い位置にある頭が悔しい。そりゃああれだけ食べたら背も伸びるよね。
サラサラだった液がとろりとして、やがてもったりしたところで、急いで火からよけて容器に移し替えた。これはね、カスタードクリームだよ。今日作ってるのは、エッグタルトなんだ。
鍋から丁寧にクリームをこそげ取って、とんとん、と木べらから落とすと、無言でじいっと見つめる視線に、木べらを差し出した。
「はい、熱いよ?」
「やりぃー!」
大喜びで木べらを受け取ったタクトに、やっぱりオレってお母さんみたいだとくすくす笑った。不思議だね、オレたちはくるくると立場が変わる。でも、それがとても嬉しかった。
「それで完成?」
タルト生地にクリームを入れているそばから、食ってもいい? と手を伸ばさんばかりのタクトを慌てて止めた。
「まだだよ! これから焼くの」
「えー! クリーム美味かったぞ! なんで焼くの?!」
だってそういうお菓子だもの。タルトもまだ生焼けだからね?
恨めしそうな視線を感じつつ、特製管狐オーブンに入れたら、あとはもうお任せだ。ジフのところで特訓を積んだラピス部隊が、きっとうまく焼き上げてくれる。
「レシピ書けた? ありがとう」
ぽいと投げて寄越したメモに目を通し、ちょこちょこ追記していると、タクトはオーブンとオレの間を行ったり来たり、頭がくっつきそうな至近距離でメモを覗き込んだり、真剣なオレの顔を覗き込んで笑わせようとしたり、まあ中々に鬱陶しい。世の親御さんたちは大変だな。
「あー腹減ったーあとどんぐらい?」
暇だ! とついに大の字で寝転んだタクトに、もうお腹空いたの?! とじっとりした視線を送った。
「じゃあ、ラキがそろそろ授業終わるから迎えに行くのは?」
「お! そうだな。いいなーラキはすぐに食えて」
ひょいと飛び起きたタクトは、あっという間に飛び出していった。そんなに急いで行ったら、また学校で待つことになると思うけど……。
お片付けしながら焼き上がりを待っていると、秘密基地の中が甘い香りでいっぱいになってきた。
「「「きゅきゅー!」」」
今回の焼き担当管狐たちが、ぽーんとオレの腕の中に飛び込んだ。
「できあがり? ありがとう! 良い香りだね」
「「「きゅう!」」」
見上げてくるきらきらした瞳が、上手にできたよ! と教えてくれているようだ。
順番に撫でて、にこっと微笑むと、どきどきしながら扉を開けた。むわっと熱い空気と共に一際甘い香りが押し寄せてくる。
「わあ、いい焼き加減! 上手だね!」
もう一度ありがとう、と笑うと、焼き担当部隊が誇らしげに胸を反らせた。
「できたけど、タクトたち戻ってこないね」
そうだ、先にギルドマスターに届けてこようかな。そんなにたくさんないから、ギルドマスターとジョージさんにだけ、とくべつだよ。
ジョージさんの分を包んだところで、ふと普通に渡すのも悔しいなと思った。だって、ギルドマスターにはお世話になってるけど、怒られることも多いもの。
「ジョージさん、これプレゼント! お菓子作ったから、あげるね」
「ま……まぁ……まああぁ!! なんって素敵な心遣い!! 天使ちゃん! 私の天使ちゃあーん!」
うおお、と感涙したジョージさんが飛びかかるのをシロに任せて、いつも機嫌の悪そうなギルドマスターのデスクへ駆け寄った。
「はい、こっちはギルドマスターの分! ちゃんと食べてね!」
「お、おう……」
居心地悪そうなマスターににっこり笑うと、急いで秘密基地へと戻った。タクトが全部食べちゃってるかもしれないからね!
「あ、ユータおかえり~、どこ行ってたの~? これ食べていいの~?」
帰ってみると案の定、到着していた二人が攻防を繰り広げていた。タルトを背に、必死に守備を固めるラキがオレを振り返った。
「ラキ、おかえり! うん、みんなで食べよっか!」
オレの台詞に、二人がばんざいと歓声をあげた。
「う、うまあぁ~!! 待ったかいがあったぜ! 俺これ好き!」
「あちっ! 美味し~!! サクサクして甘くて、すごく美味しいよ~!」
タクトは今まで好きじゃなかったやつなんてないんじゃないと思いつつ、夢中で頬ばる二人に嬉しくなった。まだ熱々のタルトは、サクリと心地よい食感に、とろりととろけそうな生地が絶妙に絡み合って、いくらでも食べられそうだ。温かいせいだろうか、カスタードの卵の風味が強く感じられて、お砂糖の甘みをまろやかに包むようだ。
「おいしいね」
『うん、とっても美味しかった!』
脇目も振らずに食べる小さい組を横目に、一口で終わってしまったシロが寂しそうだ。そっとシロのお皿にタルトを追加して、これはきっとギルドマスターも喜んだに違いないとほくそえ……微笑んだ。
* * * * *
「………」
「……ぶふっ! ちょっとぉーみんな見て! ギルマスったらあんなかわいいものもらっちゃって!」
ギルドマスターのデスクにちょこんと載っているのは、これでもかとふりっふりに飾り付けられたかわいい容器。仏頂面でひとつひとつ、リボンを外す様はなんとも不釣り合いでシュールだった。
「いやーん! 中身もかわいいー!」
なんとか取り出したタルトは、さっきジョージが食べていたモノと違う。色とりどりのベリー類が載せられ、かわいいが詰め込まれたデコレーションのタルトは、ギルドマスターにはただただ、食いづらいものでしかなかった。
「あの野郎……」
律儀に崩さないようちまちまと食べるギルドマスターは、次からは持ち帰って食おうと誓った。
ただ、あんまり美味かったもので、ギルド員達の生ぬるい視線を受けつつも、ユータを恨む気にはなれないのだった。
ラキ:ユータ母さん、今度は僕が何かリクエストしてもいいかな~?
ユータ:ふふっ、いいよ!
タクト:お? ユータが母ちゃんか! それっぽいな。じゃあ俺が父ちゃんか?
ラキ:そんなわけないよね~
タクト:なんでだよ?!
つい長くなってしまいました……
こういう日常風景って好き……
閑話集の方も更新してます!






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