376 まだ、早い
「………」
親子には涙ながらに感謝されたけれど、やっぱりそれだけでは終わってくれなかった。怖い顔でこちらを睨むギルドマスターに、オレたちは何も悪い事をしていないと胸を張った。
「ちゃんと、言いつけを守ってるもん」
「……この野郎が。てめえら、もし間に合っていなかったら、どうしたんだ」
「なんだよ、間に合わなくたって俺たちのせいじゃねえだろ?」
行くなって言ったくせに、とタクトが唇を尖らせた。
「ちげーよ、分からねえのか。それは、誰が何と言おうと、お前たちが自分で抱えちまうんだぞ。俺の命令をきいていれば、俺が背負ってやらあ」
オレはハッと目を見張った。
「ガキは、大人のせいにすりゃいいんだよ。まだガキには早ぇんだよ」
オレたちを見つめるギルドマスターの目は、深い哀しみを秘めているようで、きゅっと胸が痛んだ。
オレ、助けに行くことしか考えていなかった。ギルドマスターが心配したのは、身の安全だけじゃなかったんだ。
助けられなかったことを、ギルドマスターのせいにするための……命令。
きちんとオレたちに伝わったことを見て取って、ギルドマスターはフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「てめえらはバカじゃねえんだ、分かればいい」
もういいぞ、と言われてオレたちは顔を見合わせた。
「っな、んだ急に!」
こそっと忍び寄って飛びついたオレに、ビクッとした大きな大きな身体。ギルドマスターは、大きいな。カロルス様みたいだ。
「ありがとう。でも……」
「……でも、僕たちは大丈夫~! だって、3人いるからね~」
「3人足したら大人になるだろ?」
タクトの言いようにくすくすと笑った。なるほど、3人の年を足せばこの世界では十分に大人だ。それでもまだ、ギルドマスターには届かないけれど。
「大丈夫。オレたちの分はちゃんとオレたちで分けて持つよ」
「………ガキが」
珍しく揺れた瞳に、オレは満面の笑みを向けた。
「でも、重すぎたらお願いします~。僕らまだ子どもだから~!」
「だな! 俺の力だってギルマスには劣るからな!」
ラキとタクトがからかうように言うと、ギルドマスターはべりっとオレを引きはがしてぶん投げた。
「わっ!」
「うるせえ! そんな口がきけるならもう知らねえぞ! とっとと帰れ!」
タクトがなんなくオレを受け止め、オレたちは部屋から飛び出した。
あ、そうだ。
言い忘れたことを思い出して、オレは再び部屋を覗き込んだ。
「……まだいたのか!」
なんだか感傷的な顔をしていたギルドマスターが、ギクリとして振り返った。
「あのね、マスター」
「……なんだ」
胡乱げな瞳を見つめ、オレは息を吸い込んだ。
「オレ、強くなるのを急ぐことにした。でもね、王様とかえらい人に連れて行かれると困るの。だから……」
「だから?」
「だから、守ってね!」
にこっと顔いっぱいで笑うと、素早く扉を閉じて離脱した。
大人だからって辛い思いばっかりするのは嫌だよね。でも、頼れるところは、大人を頼ろう。オレはちょっぴりズルしている自覚をもって、くすっと笑った。
「今回、シロがいたからなんとか間に合ったもんね~ギルドマスターの言うことは正しいよ~」
「ちぇ、カッコイイよな」
秘密基地で3人、今回の報酬だったハンカチを宝箱に収納すると、ふかふかの絨毯でごろごろとしていた。
うん、ギルドマスターカッコイイね。オレが大人になったら、あんな風になれるだろうか。
「ユータがあんな風には~無理じゃない~?」
「どうして! 無理じゃないよ!」
むっとしてラキに詰め寄ると、オレの頬を両手で挟んで潰された。
「へえ~? 泣きべそだったのは誰かな~?」
うぐっ?! 思わず顔を赤くして目をそらした。だって、だってあの時は本当にどうしたらいいか分からなくて……でも、ちゃんと我慢してたのに!
「は、話しかけるからだよ! ちゃんとがまんできてたのに!」
ラキの手を振り払い、つい意地を張ったら、目の前の瞳が面白そうに細められた。
「そう~? がまんできてたのにどうして話しかけたら泣いちゃったの~?」
どうして……? どうしてだろう? 二人が来て、ちょっと安心したら声が出なくなっちゃって……それで……
「僕たちが来てホッとしちゃったんだ~? 嬉しいな、頼りにしてもらえて~」
言ってない! オレまだ声に出してない!! 悔しいやら恥ずかしいやら、真っ赤な顔で俯いたオレを、タクトが同情に満ちた視線で見守っていた。
「タクトとラキがね、あんなに殺気を放つなんて知らなかった。すごかったんだよ」
「そうか」
ブラシを滑らせながら、いつものようにオレばっかり話して、聞いているんだかいないんだか生返事のルー。
「――でね、ギルドマスターが格好良かったんだ。ちょっと、悔しいなと思って」
「……そうか」
よし、終わり! と顔を上げると、てっきり半分寝ているものと思っていたルーが、頭をもたげてじっとこちらを見つめていた。
「どうしたの?」
ちょっと驚いて金の瞳を見つめ返すと、ハッと逸らされた。
「……別に。ただ、そのマスターは正しい。抱え込むことは、人を殺す。てめーのような子どもには早すぎる」
逸らされた瞳は、何を見つめているんだろう。
「……じゃあ、ルーはいいの?」
ぐいっと両手でオレの方を向かせると、金の双眸がぴたりとオレに合わさった。
「何の話だ」
「抱え込んだら、だめなんでしょう?」
ゆらり、と揺れる瞳を逃がすまいと、しっかり捕まえた。
「………俺は、子どもじゃねー」
大きな獣はオレの視線から逃れるように、ごろりと転がった。当然、オレも引っ張られてルーの上に乗り上げる。
「……まだ、だめ?」
どうせまともな返事が返ってこないと見越して、オレは滑らかな毛皮に顔を伏せた。
「………だめだ」
響いた低い声に、驚いてその瞳を見つめた。バチリと音がしそうなくらいにかち合った黒と金の瞳は、しばらく視線を絡めた後、するりとほどかれた。
オレは、どきどきする胸をそのままに、ぎゅうっとしなやかな身体を抱きしめた。
初めて、誤魔化さなかった。
少しずつ、オレを認めてもらえているようで、誇らしくてたまらない。でも、ルーの大切な部分に少しずつ近づく責任の重さも感じた。
それでも、オレはその先に行きたい。いつか、オレがルーの支えになれるように。
「ルー、ありがとう」
「……何の礼だ」
いつも通り無愛想な声に、なんだか幸せを感じて胸元のたっぷりとした被毛に顔をうずめた。抱えた腕も、頭も艶やかな毛皮にすっかり埋もれて、オレはルーの胸元に隠れられるんじゃないだろうか。
「……何笑ってやがる」
バレちゃった。毛皮に埋もれてくすくすと笑っていると、少し拗ねたような声がかかった。
「ちがうの、楽しくて、嬉しいんだよ」
にこっと笑うと、再び顔を埋めてぎゅうっとしがみついた。
「ルーにも、楽しい気持ちを分けてあげるね!」
直接身体に響けとばかりに、毛皮の中でもごもごと言ってみる。
「何言ってるかわかんねー」
馬鹿にしたような低い声はオレの身体を直接震わせて、やっぱり楽しくて笑ってしまった。本当に、ルーにこの楽しさが伝わったらいいのに。オレは、ルーといたら楽しいよ。
「ルーも、オレといたら楽しくなりますように」
さっきより小さな声で、もごもごと呟いた。ルーの耳には聞こえなくても、身体に響いているといいなと思いながら。
タクト:俺、カロルス様とギルマスみたいな大人になるぜ!
ユータ:オレだって!
ラキ:……僕、そんなパーティはちょっとごめんだね~






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