374 繋がりの中で
まずい、それはまずい。大人は冒険者登録に制限なんてないから、戦闘能力がなくたって登録はできる。たくさんお金を稼ごうと思って外に行ったなら、薬草採取なんてことはないだろう。ランクが低いから予め討伐の依頼を受けていくことはできないはず。つまり、何を狙ってどこに行ったかも分からない。
「ね、ねえ、お父さんのお名前は? 急いでギルドに知らせよう!」
「本当に?! それはマズいわね……トラスさんは武器を握ったことだってあるかどうか……」
ジョージさんは、受付の人たちと一通り話をすると、険しい顔で二階へ駆け上がった。
「ねえ、すぐに助けに行ってくれるよね?」
身を乗り出したオレに、受付のお姉さんが困った顔をした。
「そう、したいのだけどね……」
「え……だめなの?!」
言い淀む表情に、今すぐ捜索隊を出してくれると思っていたオレは、驚いてその顔を見つめた。
「連れて行かれたのなら、犯罪だもの、捜索するわ。でも、進んで行ったのでしょう? もしかすると獲物を抱えて誇らしげに帰ってくるかもしれないのよ?」
考え、考え、お姉さんはオレにそう言った。そんな、戦ったことがない人がいい値段の獲物を獲ってこれるとは到底思えない。いい値がつくのは、そこに理由があるからだ。なおも言い募ろうとしたオレに、チュー助が遠慮がちに声をかけた。
『主ぃ……冒険者は……自己責任、だぞ』
受付のお姉さんがそっと目を伏せ、オレは言葉を飲んでゆっくりと俯いた。
無茶をしても、ギルドが助けに来る。そんな前例を作れば、無謀な者が増え、かえって失われる命が増える。それは、オレにも分かった。やむにやまれず、外へ出る人は今回のトラスさんだけじゃない。その全員を救い出せるわけでもない。
「でも……」
オレは、人が簡単には死なない世界から来たもの。命って、そんな簡単に諦めていいものじゃない。オレは、シロを抱きしめて泣いている女の子を、じっと見やった。
オレはトラスさんを知らないから、レーダーで探せない。せめて、どこに行ったのか見当を付けられたら……。
――ユータ、二階のひとは、多分ニーム採取だって言ってた。
ラピス、でかした! 急いで図鑑に目を走らせると、どうやらこの時期に高価な実を付ける植物らしい。討伐じゃない……これなら危険は少ないのだろうか。
『ニーム湿原は、ニーム結実の頃になるとラチェルザードの繁殖地となる』
ホッとしたのもつかの間、最後の一文と、挿絵に描かれた大きなトカゲに愕然とした。ラチェルザード、単体ランクはD。だけど、繁殖地に1匹しかいないなんてことはないだろう。そもそも、ただの町の人が一人で勝てる相手じゃない。きっと、見つかりさえしなければと踏んでの賭けなんだろう。
「ねえ、やっぱりオレもお話に行く!」
受付さんに声をかけると、二階のギルドマスターの部屋へ飛び込んだ。
「……どうした、外で待ってろ」
ジョージさんとギルドマスターは、難しい顔で額を付き合わせていた。
「オレ、あの子の友達だから探しに行ってくる!」
「ユータちゃん……気持ちは分かるけど、どこにいるかも分からないの。ギルドで対応するから、待っていてちょうだい」
「ガキは大人しくしてろ!」
素早く目配せした二人に、オレはぎゅっと拳を握った。
「トラスさんがどこにいるか知らないけど、オレ、ニーム湿原に行ってくる!」
「てめえ……聞いてやがったか!」
椅子を鳴らして立ち上がったギルドマスターの、仁王のような瞳を負けじとにらみ返す。
「オレだって冒険者だよ! 自己責任でしょ?」
「ガキの分際で粋がってんじゃねえ! いいか、ギルドマスター命令だ、お前は自分のランクに見合った依頼だけ受けてろ! ……ついでに街の周辺を探すくらい、許してやるからよ」
そんな……。ギルドマスターは、目を見開いたオレから苦々しげに視線を逸らしてどかりと座った。
街から出るなと言わなかったのは、マスターの配慮だって分かる。まだ子どものオレの身を案じてってことも分かる。でも、助けられるかも知れないのに……。唇を噛んで震えるオレに、ジョージさんが優しく声をかけた。
「……ユータちゃん、街の周囲にいる可能性だってあるの。そっちは、あなたに任せるから……」
気遣わしげな声に、オレは俯いたままこくりと頷いて部屋を出た。
「……ニームに行くやつらには、声をかけてやる」
ドアが閉まる直前、ギルドマスターの小さな声が聞こえた。それがきっと、ギルドにできる精一杯。
オレにできる精一杯は、街の周囲の探索しかないのだろうか。オレのランクではニーム湿原に行ける依頼なんてない。
重い足で1階へ戻ると、女の子はシロに包み込まれ、大切そうにお弁当を抱えて寝息をたてていた。時々しゃくりあげる小さな肩と、パリパリになった頬が痛々しかった。
『ゆーた、どうする?』
オレを見上げたシロの瞳に、視界が歪んだ。ちゃんと、大人に相談した。でも、明確に禁じられてしまった。こんなことなら、言わなきゃ、よかった。
――ユータがしたいようにすればいいと思うの!
そうしたい。でも、オレにはたくさん繋がりができてしまった。もし、パーティに処罰が下ったら? もし、学校の先生やクラスメイトにも影響があったら? カロルス様たちみたいに『強い人』じゃない大切な繋がりは、走り出したいオレをどうしても放してくれなかった。
「う……」
「……大丈夫?」
苦しそうにうなされた女の子の声に、慌ててしゃがみ込むと、せめてと点滴魔法を施した。
……ねえ、オレはどうしたらいい?
眉間のしわが取れた寝顔をじっと見つめた。
つらいだろう。置いていく方も、置いて行かれる方も。
――ユータ、苦しそうなの。2階のひとが悪いの? だったらラピス、やっつけてあげるの。
オレを心配するラピスに、少し口角を上げてみせる。ううん、ギルドマスターが悪くないのは、分かってるんだよ。
その時、派手な音をたててギルドの扉が開いた。床の鳴る音が近づいて、俯いたオレの視界に影が落ちた。
「ユータ? 何やってんの? 午前の授業終わったぜ?」
明るい声音に顔を上げると、にかっと笑ったタクトが覗き込んでいた。
「たく、と……」
いつもと変わらないタクトに、オレの喉が張り付いた。
「とっくに依頼受けてると思ってたよ~」
タクトの後ろから覗き込んだラキは、オレを見てスッと表情を変えた。
「……ねえ、ユータ。何があったの?」
背の高いラキが、オレを護るように肩を抱えて静かな声で聞いた。
笑顔の消えたタクトが、オレの頭に手を置いた。ごめん、ひどい顔、してるかな。オレは、『大丈夫』の言葉が出なくて首を振った。けれど、知らぬ間に貯まっていた涙が、その拍子にするりと瞳から抜け出してしまった。
「「「?!」」」
その瞬間、ギルド内に緊張が走って、オレは思わず目を見開いて二人を見上げた。いつもお日様みたいに笑うタクトが、燃えるような瞳でゆっくりとギルド内に視線を巡らせた。
「ユータを泣かしたのは、誰だ」
噛んで含めるような声音、圧力を感じるほどの殺気……見たことのないタクトに、心底驚いて溢れる涙が止まった。
「ユータ、こっち向いて。お話、できる~?」
オレに向けた優しい瞳とは裏腹に、ラキは触れれば切れそうな殺気を放っていた。
二人とも、すごい。
二人は、こんなにも強くなっていたんだね。
「ユータに、頼ってもらいたいからね~」
オレの心を見透かしたラキに、全身の力が抜ける気がした。
「あり、がとう……。あのね、オレ……助けてほしい……」
力なく笑ったオレに、ラキとタクトは晴れた空みたいに笑った。
ギルド内:(ひとまず、早く誤解を解いてくれ……)
既にご覧頂いている方も多いと思いますが、活動報告にも書いた通り、もふしらの【閑話・小話集】をつくりました!Twitterアンケートで書いて欲しいとの希望が多かった、先日の女の子姿でロクサレン帰宅の回もそちらに投稿しています。
ご覧になるのに一手間になりますが、これで本筋に関係ないお話や、ごく短いお話も投稿できるので今後活用していきたいと思います!






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