372 人寄せ看板
「でも、せっかく着たけど……」
「まず人がいねえ!」
「だよね~まだみんな朝市だよ~」
がらんとした通りでぽつんと立ち尽くし、オレたちはため息をついた。人がいなきゃどんな格好していても意味がない。
「じゃ、中で仕事してるから頑張ってね! うん、君達サイコーにかわいいよ!」
それはどうも……。オレたちの飾り付けを終えた店主さんは、白い歯を光らせて親指を立てると、ツヤツヤした顔で店内へと引っ込んだ。
「うーんせめて大通りに近かったらいいのにね」
「そうだ、ユータちょっと大通りまで行って人引っ張ってきてくれよ!」
そんな物理的に?! さすがに引っ張ってきても買ってくれないんじゃないだろうか。
「あ、なるほど~、それいいかもね~!」
ラキがぽん、と手を叩いた。
「そのりんご、カゴごとください」
「……なんと愛らしい子だね。あんた一人でおつかい?」
朝市までおつかいに行ってきてくれと言われ、オレは一人で来ている。ふくらんだスカートは、動くともっふもっふと揺れて案外面白かった。
スカートで来たのは初めてだけど、朝市は普段から来ているから慣れたものだ。もっと変な目で見られるかと思ったけど、そうでもないみたいだね。
「うん、でもすぐ近くなの。ありがとう!」
りんごが数個入った重いバスケットを受け取ってにこっとすると、果物屋さんのおばちゃんが感心したようにオレを見つめた。よし、ここだ。
「これ、かわいいでしょう? 女の子が着るともっとかわいいんじゃないかな! あのね、あっちの『ピグミースライム』ってお店の服なんだよ!」
くるり、とその場で360度回ってみせると、スカートがふんわり広がった。
ことさら大きな声で宣伝してから、ばいばい、と手を振って立ち去る。周囲に人はいっぱいだから、ちゃんと宣伝になったことだろう。オレはいい気分でよいしょとバスケットを持ち直して歩き出した。
「………女の子が着ると……?」
おばちゃんが首を傾げて呟いた言葉は、オレには届かなかった。
通りを歩いていると、大きなりんごが入ったバスケットからは、爽やかな香りが漂ってオレの気分を上向きにさせた。なんだ、やっぱり布1枚、たいしたことなかったみたい。だって赤いりんごも、青いりんごも美味しいもんね!
ただ、美味しそうだけど、バスケットは大きいし中々の重量だ。ラキから収納に入れちゃダメだと言われているので、よっこらよっこらゆっくりと大通りを歩いていった。
と、突然腕にあった重みが消えて、前へつんのめった。
「おっと。いい香りだねえ、お嬢ちゃん、持ってあげようか」
人の良さそうなお兄さんが片手にリンゴのバスケットを持ち、オレを支えてにっこり笑った。
自分で持てるけど……この人は子ども服を買うだろうか。オレはじいっと獲物を見定めた。
「おいおい、嬢ちゃん見知らぬ人について行ったらダメだぜ?」
そこへ、冒険者らしい数人のグループが、じろりとお兄さんを睨んで割って入ってきた。
「い、いやそんなつもりは……持ってやろうと思っただけさ」
「そうなの。すぐそこのお店に戻るだけだよ! 二人ともありがとう!」
にっこりと見上げると、釣られて二人もへらっと笑った。
「ほんっとかわいいわぁ! 連れて帰っちゃいたい!」
きゃあ、と歓声をあげた冒険者のお姉さんが、横合いからぎゅうっとオレを抱きしめた。うーん、お兄さん向けの服はほとんどなかったけど、お姉さん向けの服なら少しはあった気がする。
「かわいい? あのね、すぐそこの『ピグミースライム』ってお店の服なんだよ! ねえ、一緒に来てみて!」
大きな声で宣伝して、また踊るようにくるりと回る。小競り合いかと周囲の注目を浴びていたから、効果は抜群だろう。オレは素早く右手にお姉さん、左手にバスケットを持ったお兄さん、それぞれの手をきゅっと握った。
よし、確保。
「……忙しいの?」
困った顔をした冒険者さんたちを見上げて眉を下げる。できればお客さんとして引っ張って行きたいところなんだけど。……バスケットのお兄さんは元々ついて来てくれようとしてたからいいだろう。
「いやいや! すぐそこなんだろ? どこぞの馬の骨と二人で行く方が心配で落ち着かねえわ!」
「そうね、急ぐ依頼もないし」
じろりとお兄さんを牽制して、冒険者さんがニッと笑った。
* * * * *
「なあ、ユータが買い物して帰ってくるだけで宣伝になるのか?」
「なるよ~多分。ならなかったら、次はお店の看板持って歩いて貰おうかな~」
ユータが買い物をしている間、タクトは退屈な顔でラキお手製の手持ち看板を振り回していた。
「タクト、それ結構固いんだから~人に当たらないようにしてよ~?」
「分かってるって! そんなへましねえ……あ、帰って……来た?」
通りの向こうから賑やかな気配が近づき、二人は顔を見合わせた。
「はっはっは、お前、さすがにそれはねえわ。冒険者ってのは俺らみたいな――」
「本当だよ!!」
「男の子だっていうのもちょっと僕には信じられないけど――」
複数人の声に混じって響く、幼い子どもの声は確かにユータのものだ。
「あ、ほら見て! あそこだよ! あの二人も男の子なんだよ!」
「どれ……あら本当、かわいいけど男の子ね~」
「こんな所に子ども服の店があったのね」
ユータを先頭に、ぞろぞろと団体ご一行がこちらへと歩いてくる。一体何事……呆気にとられる二人に、スカートを揺らしてユータが駆け寄った。
「あのね、いっぱいお客さん来てくれたよ!」
花開くような笑顔は、愛らしい服にぴったりだと……少し現実から目を背けた二人は思った。
* * * * *
オレたちが大通りからお店へ向かっていると、この妙な組み合わせは抜群に人目をひいた。インテリっぽいお兄さんと、いかにもな冒険者。それが、子どもに手を引かれてついていく。
どうしたと方々で声をかけられ、方々で宣伝したら、ちらほらと一緒に来る人たちが現われた。人数が増えると、何事かとその後ろからついてくる野次馬も増えた。
何もトラブルじゃないんだけどな……どんどん増えてくる人だかりに、少しばかり後ろめたく思った。でも、オレのお仕事はお客さんを連れてくる事だもの! オレはツアーガイドさんよろしく、ご一行を引き連れて意気揚々とお店へと戻った。
「ユータ……まさかこんなに連れてくるなんて~」
「オレだってびっくりしたけど、野次馬の人たちがいっぱい来たんだよ」
せっかく来たんだし、と店に群がった人だかりのせいで、店主は大わらわだ。
「俺の服もここの店主さんが選んだんだぜー!」
それもファッションの一部! と言われて長剣を背負ったままのタクトは、女性冒険者さんたちに大人気のようだ。
「君、結構しっかりした身体じゃない。なら私もこんな風に着こなせばいいのね!」
「ホント! 君に比べたら私の方がまだ体型が合うはず……! かわいいわ」
「当たり前だぜ! 俺の方が似合ってたまるかっつうの!」
どうやら美しく魅せたいのは一般の人も冒険者のお姉さんも同じようだ。凜々しい冒険者姿も素敵だと思うけど、オレだってかわいいって言われるより、カッコイイって言われる方が好きだもの。きっと同じなんだろう。
店主さんの敢えて男の子に女の子服を着せる作戦は、大成功のようだ。体型の違うオレたちが着てもかわいいってことで、それならウチの子にだって……と思うらしい。人が人を呼び、特に女の子の服は飛ぶように売れた。
そして、その見立ては確かだと、店主に選んでもらおうとする人で長蛇の列ができていた。
「「「お疲れ様でした~!」」」
店を閉めるまでフル稼働していた店主さんは、暗い店内で放心状態になっていた。
「まさか、ここまでとは……」
報酬、忘れたりしないよね? 魂の抜けた店主さんはそっとしておいて、オレたちはひとまずギルドへ戻って依頼完了の報告かな。
さっさと服を着替えようとしたところで、店主さんが慌てて声をかけた。
「とても素敵なんだから、親御さんや家族に見せてあげなさい。それ、報酬としてあげるから」
にこにこして言った店主さんだけど、正直、いらないです。微妙な表情のオレたちに気付いた店主さんが慌てて言い募った。
「そんな顔するけどね、依頼で女装するときに使えるでしょ? 若い頃はそういう依頼だってあるって聞いたよ?」
どうやら囮作戦や要人警護のカモフラージュなんかでそういう機会もあるらしい。でも、そんな依頼は受けたくないなあ。
「ま、くれるんなら貰っとく! 父ちゃんは見なくていいと思うけどな! ただ俺、すぐに着られなくなるぜ。エリにあげたら喜ぶかなー」
「そうだね、オレは……着られなくなったらアンヌちゃんにあげようかな?」
「ユータが着られなくなるまでにその子が着られなくなりそう~」
どういう意味! 頬を膨らませたものの、村に戻ってアンヌちゃんがオレより大きくなっていたらと戦慄した。まさか、まだ大丈夫だよね。
「あ、ユータはそれエリーシャ様に見せてあげようぜ! きっと喜ぶって」
「そうだね~せっかくだし、見せて来なよ~」
そ、そう……? でも、オレあんまり気が進まない……。
『絶対に見せるべきよ! あとで泣いちゃうわよ!』
二人とモモの強い押しに根負けして、オレは渋々ロクサレンへと転移した。
「……当たり前みたいに行ったね~」
「おう、もういいんじゃねえ? 俺らも知ってるってことで」
やっぱりな、と二人はユータの消えた路地を見つめて苦笑した。
ロクサレンに帰ったオレが、やっぱり帰るんじゃなかったと、ほとほと後悔する羽目になったのは言うまでもない。
ユータ:カロルス様!助けて!!
カロルス:ちょ、おまっ……こっち来んな!!オレから離れろっ!
エリーシャ&マリー:あああああ~~!!ユウゥーータちゃぁ~~ん!!どぉこにいるのぉおお~!!
ユータ&カロルス:ぎゃあああー!!
エリちゃんはタクトと一緒に王都から来た幼なじみの女の子、アンヌちゃんはロクサレンに来た魔族の血が入った幼女です。
ユータは自分も二人同様、『女の子の服を着た男の子』に見えていると思っていますが……






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