370 次の旅行先が決定
「わあぁ……飛んだ!!」
もう攫われないよう、オレはエリーシャ様の腕にがっちりと守られて、飛び立つ飛竜船を見送った。
飛竜が力強く羽ばたくと、重たい絨毯を振り回すような音がした。ばたり、ばたりと分厚い翼がしなやかに上下するたび、塊になった風がこちらへ押し寄せてくる。
とても飛べそうにない巨体は、たったそれだけの羽ばたきで嘘のように浮き上がった。あんな大きな体で、本当に飛べるんだ! 明らかに翼の力だけではないのだろう、ほんのりと魔力を感じた。
「またなぁ! 王都に来たら俺を訪ねろよ!」
性懲りもなく響いた大声に、くすっと笑った。
「コワッ、コワッ」
飛竜まで、まるで別れを告げるようにのどを鳴らして、オレは大きく両手を振った。
「ばいばーい!」
王都に行ったら、こんな大きな生き物が空を行き交っていたりするんだろうか。きっと、様々な技術や芸術なんかも素晴らしいんだろうな。
ここらでは見かけない飛竜船の丁寧な細工や技巧に、まだ見ぬ王都に思いを馳せて頬をほころばせた。
「ねえ、王都に住むのは嫌だけど、いつか行ってみたいなぁ」
「俺は行きたかねえが、そのうち行くことになるだろうよ。それに、お前にも王都を見せてやろうとは思ってるぞ」
仕方ねえ、と心底嫌そうにため息をついたカロルス様に、エリーシャ様が少し驚いた顔をした。
「まあ、やっと行く気になったのね。これは気が変わらないうちに手配しないといけないわね!」
エリーシャ様はぱちんとウインクすると、グッジョブよ! とオレに向かって親指をたてた。
「な、いや、まだ決めたわけじゃ……ほら、村の方も無防備になったらいけねえだろ? もう少しゆっくりと長期的な計画をたてて……」
「カロルス様、館の方の心配はいりません。久々の王都は随分様変わりしておりますよ、しばらく滞在なさってください」
優しい言葉でにっこり微笑んだ執事さんからは、相変わらず冷気が漂っていた。
「じゃあ、僕が王都を案内してあげるよ! 王都は楽しいよ、貴族学校も見に行くかい?」
「本当? 行きたい!」
わくわくしてきたオレの隣で、カロルス様だけがどんよりと肩を落としていた。
「……でもよ、使者からの報告がすぐに入るわけだろ……もう少しヴァンパイア側の動きも確認してからの方が報告もできるだろう……」
どうやら行くことは決定している雰囲気に、カロルス様がせめてもの抵抗を見せた。
「うーん、そうねえ。あんまりすぐに追いかけても、ガウロ様がユータちゃんを連れていきそうだし……わかったわ、ほとぼりが冷めて何か報告なり用事ができたら行きましょうか」
少しだけ延命できたカロルス様が、ほっと息をついた。なにがそんなに嫌なんだろうね、ハイカリクなんかだと割と平気そうなのに。
「えーっ! ユータ王都に行くのか?! ちぇ、王都なら俺だって案内できんだぜ」
「うらやましい~! ここからだとそうそう行けないもんね~」
そういえばタクトとエリちゃんは王都から来たんだっけ。王都まで行こうと思ったらかなりの遠出になるので、一般の人が気軽に行き来できる距離ではない。それなら、タクトも一緒に行けたらいいのになあ。
「王都なら、最高峰の技術が集まってるだろうね~」
瞳を輝かせてうっとりするラキも、王都に行けばオレよりずっと学ぶものがあるだろう。
「ねえタクト~、勉強頑張ってさ~僕たちも追いかけていこうか~? さすがにここから王都までの護衛は僕たちに依頼はしてくれないと思うから、自腹になるけどね~」
「なるほど、依頼で王都まで行けたらいいのにね! オレたちじゃやっぱり無理かな? オレだって二人と一緒に行きたいよ」
それだ! と目を輝かせて身を乗り出すと、ラキが苦笑した。
「さすがにね~僕たちの見た目じゃ、長距離でリスクの高い護衛は無理があるかな~」
「じゃ、じゃあさ! カロルス様たちの馬車を護衛するとか!」
「お前……さすがに俺もそこまで図太くねえよ? Aランクが乗ってる馬車を護衛って……守られてんのはどっちだよ」
う、確かに……。護衛にとってこの上なく安心な旅路だ。オレはがっかりと肩を落とした。
「金はあったっけ?」
「うーん、王都で生活する分が心細いけど、旅費くらいはあるよ~。でも、それより心配なのは~」
「わ、分かってるって! やるよ、やってやるっつうの!」
タクトがやけくそ気味にうおー、と両のこぶしを振り上げた。
よーしその意気だよ、もし王都に行かなかったとしても、しっかり勉強して授業をクリアしたら、できることが広がるからね!
「生活って、王都には普通どのくらい滞在するの?」
「そうだね~ユータの所は貴族様だから分からないけど~、僕たちみたいな平民なら向こうで滞在してお金をためて戻って来なきゃいけないかな~」
なるほど……一般的な平民の長距離移動っていうのはそういうことになるんだね。でも、そんなに長く学校を休めるのかなぁ。
「んー、いいよぉ。必要な課題をクリアしたら、オッケーオッケー! ご家庭の事情でそういうこともあるからぁ、帰ってからまた課題をクリアできたら進級もできるよ!」
幸せそうな顔でお昼ごはんを食べながら、メリーメリー先生が軽い調子で言った。依頼だけでなく様々な事情で長期に学校に来られなくなることはそう珍しいことでもないらしい。ただ、そのあと進級できるかは別問題だけれど。
「お、俺だけ下の学年とか……絶っ対イヤだ……」
ホッとしたオレとラキ、そして頭を抱えてうずくまったタクト。
「な、なあ。お前らももう一回2年の授業受けなおした方がためになるんじゃねえ? 俺と一緒に……」
「どうして進級しない方を勧めるの……タクトも頑張ろうよ」
これはまたラキの集中講座が必要だね。オレとラキは顔を見合わせてため息をついた。
『王都って、フェンリルが歩いてても大丈夫かなぁ? ぼくも街を歩いてみたいな!』
『シロよぉ、さすがに無理だと思うぜ……王都はこのあたりよりずっとずっと人が多いんだぜ? お前の周りだけ空間ができらぁ』
チュー助に諫められてしょんぼりと耳を垂らしたシロ。うーん、人ごみの中をフェンリル連れで歩くのはさすがに難しいかな……。
慰めるようにさらりと手を滑らせると、シロはのしっと大きな顎をオレの膝に乗せた。
「もし、自由に出られなかったらごめんね、なるべく街の外に行くようにしようか」
ついでとばかりにブラシを取り出すと、ふさふさのしっぽが左右に揺れ始めた。
『ふふっ、大丈夫! だってユータの中からだってお外は見られるからね! ぼく、がまんできるよ!』
にこっと笑って上げた鼻づらが、オレのほっぺを突いた。聞き分けのいいシロに、もっとわがまま言ってもいいんだよ、と少し眉を下げる。
――王都に行ってから考えればいいの! ラピスは街で魔物を見かけたこともあるの。
魔物ってことは従魔か召喚獣? そっか、王都にも従魔を連れた冒険者がいるはずだし、向こうでも配達屋さんをやったらどうだろうか。そうすれば街にも詳しくなれるし、一石二鳥だね!
少し気持ちが上向いて、滑らせるブラシも軽やかだ。白銀の毛並みは、引っかかることもなくするすると通って気持ちがいい。流れる艶やかな被毛は、徐々に暗くなる室内でほんのりと燐光を帯びて、神秘的な美しさを見せていた。
さて、取りかかるは首元のたっぷりとした被毛と、そこから連続する背側の薄めの被毛。ブラシ職人としては力の入れ加減の絶妙なコントロールを必要とされる、腕の見せ所だ。
夢中になっているうちに、幸せそうに目を閉じたフェンリルから、プスープスーと寝息が漏れ始めた。
『スオー、次』
いつの間にか並んでいたらしい蘇芳が、ずいっとオレの膝に乗り上げてくる。シロとはまた違ったほわほわとした柔らかな被毛に、にっこりして両のお耳をわしわしと揉んだ。
『……スオーも、ちゃんとがまんできる』
仰のいてオレを見上げた大きな瞳に、つい、儚い体をきゅっと抱きしめた。
「そうだね、ありがとう。でも、我慢してほしいわけじゃないんだよ」
できれば、みんなで楽しめるように工夫していこうね。しばらく大きな耳の間に顔をうずめていると、蘇芳がくいくいと袖を引いた。
『スオーの番』
きょとんと顔を上げたオレの手を、自分の頭の上にもっていき、早くしろと急かす蘇芳に思わず吹き出した。
みんなが召喚獣になっちゃったのは切なかったけど、こうして一緒にいるためにはその方がよかったのかもしれないね。
寮のベッドで次々ブラッシングしていくオレを、ラキが生暖かい目で見ていた。
ラキ:ユータ、そういうのはさ~ベッドの上ではしないんだよ……
タクト:ユータのベッドはいつもみっちり詰まってるよな!
今日はコミカライズ版更新日でしたが、最近の状況がこんなところにも影響を及ぼしているらしく…延期になっちゃいました……告知したのにすみません。
一足先に拝見しましたが、みんなの表情が豊かで、とっても素敵でしたよ!!楽しみにしていてくださいね!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/