364 使者
「おや、ユータ様? 今日はこちらからですか?」
「うん! だって正式なおつか……使者だから!」
いつもみたいにエルベル様の真上に転移しても良かったんだけど、オレだって国の使者みたいなものでしょう? だから得意になってお城の門に登場してみたんだ。門番さんとも顔見知りなので、ちょっと不思議そうにしながら招き入れてくれる。
「あのね、エルベル様に会いに来たの! 今日はちゃんと用事があるんだよ!」
門番さんの冷たくて固いグローブの手を握って見上げると、きれいな顔がくしゃっと笑み崩れた。
「ふふふっ、そうですか。いいのですよ、用事がなくても来ていただいて」
背の高い門番さんは、そうっとオレの手を握り返し、ぎこちなく腰をかがめて城内まで送ってくれた。一人で行けるけどね、でも使者だから!
上階のお部屋までついてきてもらうのは申し訳ないので、そこからは勝手知ったる他人の城、一人でトコトコ歩いていった。しまったな、せっかくだからもっとよそ行きの服を着てくれば良かった。
豪華な扉の前で、ちょっと気取って咳払いすると、ツンと顎を上げてノックした。そういえばこの扉を外から見るのは久々な気がする。
「はい?」
内側から聞こえたグンジョーさんの訝るような声に、精一杯の大人っぽい声で応対した。
「ロクサレンからの使者が参りました!」
紹介してくれる人がいないのだもの、オレが言わなきゃ。
「……ユータ様?」
大きな扉が開いてグンジョーさんが顔を出した。どうしてオレだと分かったんだろう。ちょっとガッカリしたけれど、その奥に見え隠れする人影に気付いて、するりとグンジョーさんの腕の下をくぐった。
「エルベル様ー! 使者だよー!」
ベッドに腰掛けた彼をひっくり返す気満々で飛びつくと、ガシッと首根っこを掴んで片手でぶら下げられてしまった。
「お前は……扉から入っても結局同じか」
うーむ、オレの一撃は防御されてしまった。エルベル様は最近敏感で、突然真上に転移してもどすんと乗っかることができなくなったんだ。残念ながら今日も失敗だ。ぶら下げられて不満気なオレに、エルベル様がため息をついた。
「膨れるな。なんでいちいち俺を驚かせる必要があるんだ……それで? 今日はなんの用だ……?」
ちらちらとオレの手元を確認する視線に、くすっと笑って収納袋からおにぎりを取り出した。これはちゅくしの佃煮入りおにぎり。エルベル様は案外和食が好きなので、取って置いたんだ。
「あのね、オレ、今日は使者なんだよ! カロルス様がね――」
意気揚々と説明する隣で、嬉しそうにおにぎりを頬ばるエルベル様を見て、はたと気がついた。使者の伝言ってこうじゃない……ちゃんと片膝ついて『文を預かってござる!』みたいに格好良く決めようと思っていたのに、どこで狂ったんだろうか。
「――そうか。こちらは問題ないぞ、お前達の土地へ行けばいいのだろう?」
「うん、ナーラさんが来てくれるんだよね? 王様の使者がどんな人か知らないけど、大丈夫かな……」
華奢で美人なナーラさんだけど、曲がりなりにもヴァンパイアだもの、そうそう心配はいらないとは思うのだけど。
「ナーラはああ見えて図太いからな。こいつみたいに暴走することもないだろうし、うまくやるだろう」
ちらりと視線を受けたグンジョーさんが、もの凄く異議のありそうな顔をしている。
「私がいつ暴走しましたか……あなたじゃあるまいし」
あー……エルベル様はしたよね、暴走。
うぐっと詰まったエルベル様が、じわっと赤くなってむくれた。
「エルベル様はまだ子どもだもん! そういうこともあるよ!」
大丈夫大丈夫、とにっこり笑って背中をさすったら、俯いていた瞳がじろりとオレを睨み上げた。
「お前に言われるとな……」
ちゃんと慰めてあげたのに! オレはますますヘコんだエルベル様に唇を尖らせた。
「こちらは特に準備もありませんし、いつでもそちらへ行けますから、日時などは追ってお知らせ願えますか?」
「うん! 多分、あっちの使者は転移でぴょんって来るわけじゃないだろうしね」
「お前が『あっち』と言うのはおかしいだろうが」
うん? 何のことかと首を傾げると、エルベル様がもどかしげに紅玉の瞳を細めた。
「お前の側の使者だろう。お前はあちら側だ」
フイと視線を逸らした仏頂面を眺めて、ああ、と思い当たった。
「ユータ様、エルベル様はまだ子ども、ですから。では後の調整をして参りますのでゆっくりしていってくださいね」
「なっ……」
あからさまに馬鹿にした口調で言い捨て、グンジョーさんはさっさと出ていってしまった。反論の機会を失ったエルベル様が、悔しそうに顔を歪めて歯がみした。本当にこの二人は仲が良いのにケンカばっかりなんだから。
「ねえ、エルベル様」
「なん……?!」
オレはエルベル様の両ほっぺをむにっと引き上げた。端正な顔が歪んで、口元からちらりと小さな牙がのぞく。
なにしやがる、と怒った瞳を覗き込んで、ふわっと笑った。
「オレは『こっち側』だよ」
一瞬見開かれた瞳が、すぐさま逸らされた。見つめるオレの視線の中で、じわじわとむくれていく王様が可笑しくて、オレは一生懸命笑いを堪えた。
「……そんな必要はない。お前はあちら側でいい」
「そんなこと言ったって、オレ『あっち』の人は知らないもの。『あっち』の味方をする理由はないよ。カロルス様たちだって、味方してくれるよ、大丈夫」
何か言う度むくれるエルベル様は、ついに半分ほどオレに背中を向けてしまった。
さっきと同じようにぽんぽんと背中をさすると、今度はバシッと払いのけられてしまう。それでも、白銀の髪から見え隠れする耳が赤く染まっている限り、王様の不興を買ったわけではないと確信をもって笑った。
「エルベル様~? オレもう1つ手土産があるんだけどなぁ?」
「……お前……、俺は簡単に食い物に釣られると思っているだろう?!」
そんなことを言いつつ、ちゃんと向き直ったエルベル様には、ライグー料理の残……取り置いていた分を差し上げよう。
「エルベル様、ライグーって知ってる? すっごく臭くて――」
おまけにオレの臨場感溢れる当時の解説をお付けして。
ベッドの上で立ち上がり、演劇よろしく身振り手振りも交えて語っていると、ぐいっと手を引かれた。ぼすんと尻餅をつくと、エルベル様が眉間にしわを寄せて不服そうな顔をしている。
「横で臭い臭い言うな。マズくなるだろう」
それでもしっかりお皿を抱え込んでいるエルベル様に、オレはベッドに転がってきゃっきゃと笑った。
「どんな人かな? もう来るかな?」
――まだ来ないの。ユータ、なにしてるの? 引き出しを何回開けても入ってるものは同じなの。
王都からの使者が来る日、オレはそわそわしながら館の中をウロウロと彷徨っていた。オレがここにいる必要はないのかもしれないけど、ちゃんと味方するってエルベル様に言ったもの。
あれやこれやと皆忙しくしている館内で、することがないのはオレとセデス兄さんくらいだ。お互いしっかりとおめかしした服を着せられてはいるけれど、特に出番はない。
落ち着かない気分で、セデス兄さんの膝に登ったり下りたりしていると、じっとしておいで、とついに捕獲されてしまった。
「ねえ、王都から来るのはどんな人なのかな? 怖い人だったらどうしよう」
「うーーん、怖い……と言えば怖いけど、多分ユータが怖がるような人じゃないよ」
「えっ! セデス兄さん、知ってる人なの?!」
オレは大いに驚いて見上げた。
「有名だからね~王都にいれば誰だって知ってる人だよ。残念ながら僕の知り合いじゃあないね」
そんな有名で偉い人が来るのかと不安が胸に押し寄せてきた。お偉いさんなんて、きっとカリカリしていて厳しい人に違いない。
「ははっ、大丈夫、いい人……? だよ。いろんな意味で有名なだけだよ」
どうして肝心なところで『?』がついたんだろうか。さらに尋ねようと座り直したとき、レーダーに反応があった。
グンジョー:エルベル様!また一人でそんなに食べて!夕食が入らなくなるでしょう!
エルベル:うるさい!早めに夕食をとったことにすればいいだろう!お前にはやらん!
グンジョー:ユータ様も!あまり食べ物を与えてはいけませんよ!
ユータ:グンジョーさんもいる?
グンジョー:あ、これはどうもご丁寧にありがとうございます。
おかしいな……1つ前の話で既に王都の使者がちらりと垣間見えるはずだったのに…まだ出て来ない。
amazonさんで4巻表紙がちらりと見られますよ~!タクトとラキがいるー!!チュー助とモモも!!






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