363 用事
「……お前らだろ」
「何のことですか~?」
ラキがにっこりと微笑んだ。オレとタクトは分が悪いと判断して素早くラキの後ろへ避難完了。
「別に怒っちゃいねえんだよ、娘っこを助けたんだろ? ちっとばかしやり過ぎの感はあるが……」
「やり過ぎてなんてねっ……」
振り返りもせずに、ラキの足が的確にタクトの足を捉えて踏みつけた。ほら、タクトこういう時はラキにお任せしておくのが一番だよ。
「それがどうして僕たちなの~?」
白々しく首を傾げたラキを、ギルドマスターがギロリと睨み付けた。
「しらばっくれんじゃねえよ、ちっこい3人組でそんなことをやるヤツらはてめえらぐらいなんだよ」
「そうかな~? 僕たちのクラスのメンバーなら、結構みんなできるんじゃないかな~」
確かに、ぐんぐんと実力を伸ばしているオレたちのクラスメンバーは、冒険者としても引っ張りだこの活躍をしている。でも、大の大人をあれほど一瞬で戦闘不能にできるかと言うと……ちょっと無理があるよね。ラキの崩れないにっこりポーカーフェイスに、オレたちは頼もしさ半分、恐ろしさ半分だ。
「それで~それがどうかしたんですか~?」
「……チッ、ちっこいくせに変な知恵のまわるヤツめ……。大したことじゃねえよ、お前ら早くランク上げろってことだ」
オレたちはきょとんとして顔を見合わせた。ランクは上げたいと思っていたけれど、ギルドマスターから急かされるなんて夢にも思わなかった。
「実力あるやつが下のランクでくすぶってんのは勿体ねえんだよ、早く一人前になって色々……まあいい。ランクが上の方がいい依頼も多いだろうが。お前らとっくに上がれんじゃねえのか?」
オレとラキが苦笑してタクトを振り返ると、タクトは背中を向けて小さくなっていた。
「俺もさぁ……結構頑張ってると思わねえ? お前らみたいには無理だっつうの……」
ギルドからの帰り道、タクトはしょんぼりと肩を落としてぶつぶつ言っている。
『タクトはすご~く頑張ってるのだけどねぇ……一芸も二芸もある二人に比べられたら堪らないわよねぇ』
モモが慰めるように、タクトの頭の上でみょんみょんと揺れた。
「またギルドの人に依頼を見繕って貰おうよ。オレ手伝うから」
「あとさ~、勉強だね。タクトも授業免除できるようになったら依頼を受ける数も増えるからさ~」
タクトがさらに影を背負って小さくなった。
幸い、『またタクトの家に泊めてもらおうかな~』とラキが呟いていたのは聞こえなかったようだ。
「そういえば、ラキはさっきどうして女の人を助けたことを誤魔化したの?」
怒ってないって言ってたし、バレても構わないんじゃないだろうか。
「うーん、念のため、だね~。例えばあの後ごろつきがギルドに文句をつけたり問題を起こしたりした場合、当然ギルドが事を納めてくれるんだけど~、してやったんだからお前らも何かしろ~って流れになることがあるんだよ~」
「恩に着せるってことか?! 卑怯だぞ!」
元気になったタクトが憤慨して拳を振り上げた。で、でも面倒事を納めてくれたんなら、ありがとうってお礼に何かするのは別に……オレは構わないけれど。
「ユータがコレだからね~。いいように利用されちゃうよ~まずは何でも馬鹿正直には言わずに様子を見るのは取引の基本、って習ったよ~?」
あ、それってこの間の授業で聞いたような……そっか、こういう場合に必要なことなんだ。
すごいな……ラキって授業が実際の生活にばっちりと結びついてる。机上で習ったことがちっとも実際に活かされていないオレとは大違い……。オレの場合は日本にいた頃と同じ、テストのための勉強になっていることに気付いて、ハッとした。
あの頃だって、きっと実際に役にたてることができたろうに、何年分もの勉強が随分と勿体ないことだ。
「オレも、もっときちんと勉強しようかな」
呟いたオレを、タクトがぎょっとして凝視した。
「そうだね~、これからは秘密基地で勉強するようにしようか~」
今度は音がしそうな勢いでラキを振り返ったタクトが、にっこりポーカーフェイスにぶち当たって再び影を背負っていた。
「きゅ!」
「あれ? アリスどうしたの?」
さっそく今日からと、秘密基地で勉強していると、ぽんっとアリスが目の前に飛び出してきた。アリスは普段カロルス様のデスクをお気に入りにしているはずなんだけどな。
――ユータに用事って言ってるの。別に急いでないけどそのうち帰ってきてほしいみたいなの。
「カロルス様たちが? なんだろうね」
オレの作るレシピは大体料理長のジフに渡してあるから、リクエストなら受け付けてくれるはずだし……マリーさんとエリーシャ様が会いたいって言ってるのかな?
「オレ、用事ができちゃったから行ってくるね」
「今日は帰ってくるの~?」
うーん用事が何か分からないけど、一旦帰ることくらいはできるはず……。曖昧に頷いたオレに、ラキはじっとりした視線を向けて、そう、と言った。なんだろう、仕事帰りにこっそり飲みに行くサラリーマンみたいな気分だ。オレ、悪い事してない……よね?
「あ、俺も用事が……ってぇ!!」
サッと立ち上がって離脱しようとしたタクトの後頭部に、ラキの弾丸が的中した。
「用事はこれが終わってからにしようか~」
涙目で座り直したタクトが、捨てられる子犬みたいな目でオレを見つめた。ごめんタクト、オレには君を応援することしかできないから……。
「おう、ユータさっそく来てくれたか!」
「うん! ただいま~」
秘密基地を出てロクサレン家へと転移すると、当然のようにカロルス様に飛びついた。イタズラ心で厚い胸板を力任せにぎゅうっとすると、なんなく片手で抱え上げられてしまった。おかしいな、骨がみしみしいうぐらいじゃなかった?
「はっはっは、相変わらずちっこいな! ちっとは逞しく……なってねえな!」
しげしげと眺めて大笑いするカロルス様に、思い切り頬を膨らませた。力、強くなったでしょ?! 見た目は……そんなに変わってないかも知れないけど!
「……それで、どうしてオレを呼んだの?」
激しい突撃音と共に入室してきたマリーさんとエリーシャ様にぐりぐりされながら、この二人のため? と目で尋ねてみる。苦笑して首を振ったカロルス様が、少し困った顔をした。
「――そっか、やっと話がついたんだね!」
「そうだ。ヴァンパイアと対面するなんて無理だっつうビビっちまうやつらか、討伐すべきだっつう血の気の多いやつらばっかりでよ、人選が難航してたみてえだが、立候補で決まったんだと。あちらさんの準備はどうかと思ってな」
ついにエルベル様たちと、国の偉い人たちの面談の場が設けられる。これで魔物とは全然違うってことが分かれば、きっと少しずつ、今は無理でも将来は、きっと人として一緒に歩んでいけるはず。進み始めた未来に、頬が上気するのを感じた。オレの小さな力でも、少しずつ変えていけることがあるのかもしれない。
「じゃあオレ、エルベル様たちに聞いてみるね!」
「おう……でもその役目、そろそろ誰か他に託せねえか? お前が担うには重すぎるだろう」
心配そうなブルーの瞳が、じっとオレを見つめた。
「ありがとう。でもオレ、最後までちゃんとしたいよ。それに、代われる人はいないんじゃないかな?」
「あー……スモーク、とか……」
カロルス様はそう言いながらスッと視線を逸らした。それ、絶対に無理だよね、上手くいく話もダメになっちゃいそうだ。アッゼさんの方がまだマシだけど、こっちはどこまで信用していいものやら。
「ユータちゃん、エルベル様はいい人だったけど、他の人みんながそうとは限らないのだから、何かあればすぐに私達に言うのよ? 大丈夫、それでヴァンパイアの人を嫌いになったりしないから」
きゅっと華奢な腕の中にオレを閉じ込めて、エリーシャ様が緑の瞳を揺らした。
「そうです、できれば私もご一緒して……」
「ううん、いいの! 何かあったらちゃんと言うから! あんまり強い人が一緒に行かない方が安心だと思うんだ」
マリーさんが行ったら色んな意味で大変になりそう。残念そうな二人に手を振って、オレはさっそくエルベル様の元へと転移した。
「王都の使者って誰なんだろうね? どんな人なんだろう」
――ラピス、色々反対してた人たちは覚えてるの。そういうのが来たら、目に音を見せてやるの!
目に物見せてやる、かな。きっとそんな人たちは来ないと思うけど……来ないよね?! いや、来ないでね?! オレはちょっぴり冷や汗をかきながら、不穏な気配を漂わせるラピスをそっと撫でた。
アッゼ:マリーちゃーん! 来ちゃった♡ 俺が求められた気がして!!
マリー:いいえ全く。
アッゼ:あ、ごめんって、待って、ガントレット装着しないで?!
ラキが執事さん風に成長していくのはなぜでしょうねぇ……
ちなみにタクトがカロルス様っぽくなっていくのは本人が意識して真似ているから。






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