356 探す楽しみ
「ねえ、ピンク色のお花がたくさん咲く木って知らない?」
「知らねえ」
「ピンク色~? モモレンとか~?」
うーん、モモレンって学校に植えてあるあれでしょ? きれいだけど花が大きすぎるし葉っぱもあるし、イメージとは違うなぁ。
「幻の花を探すのか? ギルドの依頼?」
タクトが瞳を輝かせて身を乗り出してきた。そんなあやふやな依頼、誰も受けないと思うよ。
「違うよ、オレの故郷に咲いていた花なんだけどね、この辺りにもないかなと思って」
「なんで? 食えるのか?」
「いい素材~?」
食べられないこともないし素材にならないこともないけど……そうじゃない。どうやら二人には花を花として愛でる感覚は薄いらしい。
「たくさん咲いてるとね、とってもきれいな花なんだよ」
「ふーん。まあ見つけたら教えてやるぞ!」
「僕はそんなに外に行かないからねえ。他の人にも聞いてみるよ~詳しく教えてくれる~?」
興味はなさそうだったのに、協力してくれるんだね。オレは二人の言葉にふわっと微笑んだ。
「カロルス様は、ピンク色の花がたくさん咲く木って見たことある?」
「花ぁ? さあなぁ。何色かなんて気にしてねえしな」
うん、聞く人を間違ってるよね。花の色どころか咲いてるかどうかすら気にしてなさそうだもん。
カロルス様はオレを膝に乗せたまま、珍しくちゃんとデスクワークをしている。オレはため息をついて、机に顎を乗せた。カリカリと忙しく動くペンをじっと見ていると、とろんとまぶたが落ちてきそうだ。
……桜、似たようなものがないかなと思って。同じじゃなくても、似たような木くらいあってもおかしくないと思うんだけどな。
「――ユータ、垂れてるぞ」
体に響く低い声に、ぱちっと目を開けると、顎の下に小さな水たまりができていた。
「あ、あれ? 寝てないのに」
慌てて顔を上げて顎を拭った。カロルス様の視線が生ぬるいのは、きっと気のせいだ。
「昼寝するか? 俺も寝たいぜ」
カロルス様は、ふああ、と大きな口を開けて反り返った。ぐっと両手を伸ばすと、本当に大きい。立って手を伸ばしたら、天井に届くんじゃないだろうか。
「カロルス様、お仕事は?」
「お前が膝にいて動けねえし、もう済んだぞ」
おや、オレが膝で寝……座っていればそんな効果が? デスクワークはすぐに飽きてウロウロするんだから……次からは膝に陣取ってまずはお仕事をすませてもらおうかな。
「じゃあ、一緒にお昼寝する?」
「おう、外行くか! お前、気配消せよ」
お昼寝するのにお外? 気配? 言うが早いか、すうっとカロルス様から溢れるエネルギーが内側へ吸い込まれた気がした。さすが、Aランク。見事に気配が消えた。
「ラピス!」
「きゅ!」
ラピスの見つかりにくくする魔法! これできっと気配も消えているはず……ところでどうしてお昼寝するのに気配を消す必要が?
「お前のソレは反則だな」
むんずとオレを掴み上げて、カロルス様がスタスタと歩き出した。そっと開いたのは……窓?
しいっ! とオレに向かって指を立てて見せると、窓枠に長い足をかけて身を乗り出した。
「よっ、と」
オレを抱えたまま軽く飛び上がると、片手で屋根のへりを掴んでぐいっと体操選手のように体を押し上げた。なんだか手慣れているな……。
「よし、見つかってねえ……」
屋根の上で、ふう、と一息ついたカロルス様がビクッと肩を揺らした。
「領主様ともあろうものが……なぜ屋根の上にいらっしゃるのか事情を聞いても?」
近くの木の枝に立っていたのは、きりりとよく冷えた執事さん。その前に、どうして木の上にいるのか、その事情を聞きたいところだ。
「ま、待て! 違うぞ、今日はもう終わったんだ!」
「おや、ではどうして普通にドアから出ていらっしゃらないのです」
カロルス様は、スッと目をそらしてもごもごと呟いた。
「だって早く終わったら終わったで他の仕事押しつけそうじゃねえか……」
見た目だけは優しく、にっこりと微笑んだ執事さんから、ひんやりとした気配がさらに強く漂った。
「それはそもそもあなたの仕事だということは、ご存知ない……?」
「やべえ! ユータ、逃げるぞ! シールドを張れ!」
逃げるカロルス様を、ヒュヒュンと氷の矢が掠め、思わず振り返ったオレと執事さんの目が合った。
あ……しまった、って顔。執事さん、オレがいること忘れてたでしょ。執事さんは気まずげにごほん、と咳払いして手を振った。
「あー参った。今日はバレねえと思ったのにな」
足を投げ出して地べたに座った領主様は、はっはっはーと大きな口で笑った。ちっとも反省はしていないようで、執事さんたちの日頃の苦労が偲ばれる。
「カロルス様、お仕事はちゃんとしないとだめだよ?」
「分かってるっつうの。でも今日はやったろ?」
館から村はずれの湖までひとっ走りしてきたカロルス様。この領主様は本当に馬がいらないね。
「良い天気じゃねえか、外で寝るにゃ最高だぞ」
にっと笑うと、ばさっと上着を脱いで放り、シャツは引っ張りだすわあちこちボタンを外すわ、せっかくきちんと着ていた衣服をだらしなく崩した。もう領主様には見えない格好で、頭の後ろで手を組むと、ごろりと横になった。
「もう……村の人だって来る場所だよ?」
放り投げられた上着を畳んで、メッ! と表情を険しくしてみせると、カロルス様はどこ吹く風でふふんと笑った。
「俺がカチッとしてる方が珍しがられるだろうが。村の連中ならいいだろ」
「わっ……」
ひょいと伸びてきた大きな手が、無造作にオレを掴んで固い腹の上へと乗せた。そんなぬいぐるみみたいに扱わないでいただきたい。
「もうちょい下、おう、そこにいろ。腹が冷えねえ」
うつ伏せたオレの位置を微調整すると、満足したらしく目を閉じた。どうやらぬいぐるみではなく布団だったようだ。腹が冷えると思うならシャツの裾をしまえばいいのに。
「今日はカロルス様、頑張ったもんね」
本当は遊びたかったけど、寝かせてあげよう。うつ伏せたまま、とん、とんと胸元を軽く叩いて寝かしつけにかかった。オレはどうしてだかちょっとスッキリしていて、今はあまり眠くない。
こうしてカロルス様のお腹の上で寝るのは久しぶりだな。この間ルーの上で寝ていたけど、比べてみると、カロルス様の方が大分幅が広い気がする。ベッドに余裕があるね。
――ユータ、寝ちゃうの?
「ね、寝ないよ?!」
ハッと顔を上げると、カロルス様のシャツの胸元にちょっぴり染みができていたけど、気にしないことにした。カロルス様は気持ち良さそうに寝息をたてていて、寝かしつけは成功だね。にこっと笑ってお腹の上から滑り降りると、代わりに収納から布団を取り出してかけてあげた。
『外で布団かぶって寝ているのって、なんだかシュールね……』
そう? 気持ち良さそうだと思うけど。
そっと頭元に近寄ると、いつもカロルス様がするようにおでこから頭をくしゃっと撫でてみた。でも、オレの小さい小さい手では、あんな風にはできないみたいだ。
「みんな、好きに遊んでいいよ。順番にブラッシングしようか」
歓声をあげて飛び出したみんなが、思い思いに散らばっていった。チュー助とアゲハは危ないから誰かの側にいるんだよ?
『あら、私が一番かしら』
オレの肩でふよふよしていたモモが、するっと手元へ滑り降りてきた。やわやわした体を撫でながら、ブラッシングとは名ばかりのマッサージを施していく。
『ねえ、桜を見たいの?』
「そうだね、別にこだわってるわけじゃないんだけど、毎年見ていたから少し寂しいよね」
うちの庭には桜の木があって、春先にはみんなでのんびりとお花見をしたものだ。
『こっちにも、きっとあるわよ』
「ふふ、そうだね。でも、桜じゃなくても、こっちにはこっちの素敵なものがたくさんあるもんね」
ふわっと微笑んで何気なく振り返ると、カロルス様の金色の髪に大きな蝶々がとまって、まるでリボンみたいだった。
「あったらいいなって探すのも、素敵だと思うんだ」
オレはとても不釣り合いなリボンにくすくす笑って、まふん、と伸び縮みしたモモを撫でた。
春シリーズ閑話っぽいお話。
皆さんのつくし話が色々聞けて楽しかったです!食べたことある人が多くて一安心。
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写真うつりはあんまり良くないけど、実物は絶対かわいいからー!







