閑話 W.D.
『ねえ、相談があるの……』
――モモ、どうしたの?
『俺様役に立つー!』
『どうしたの~?』
『ん、相談のる?』
ユータの心地よさそうな寝息の中、何やらこそこそと相談が始まった。
「よ、ユータ! おはよ」
朝早くから聞こえた元気な声に、オレはなんとかまぶたをこじ開けた。
「うーん……早いねぇ、おはよう……タクト、どうしたの?」
どアップで目に飛び込んできたのは、タクトの満面の笑み。オレ、2段ベッドの上なんだけど、元気なタクトはひょいと懸垂で上ってオレをのぞき込んでいた。
「ほら、これやるよ!」
「うむっ?!」
ほやほやと緩んでいた小さな口に、タクトの指ごと何かがねじ込まれた。
「お前、朝寝坊だから食ったことないだろ?」
目を白黒させるオレに、にっ! と大きく笑うと、ぱくっと自分の口にも一つ放り込んだ。
「美味いだろ? モーニンナッツ!」
口の中で保留していたものは、食べて大丈夫らしい。カリリと歯を立てると、アーモンドみたいな心地よい歯ごたえに、とろりと蜂蜜のような甘味が広がった。
「わあ……甘い! おいしい!」
「この時間でギリだぜ! もうすぐ硬くて苦くなっちまうんだ。」
モーニンナッツは早起きのご褒美って言われる果実で、早朝に採ってすぐに食べないと、みるみる水分が抜けて硬く、苦みが出てしまうそう。朝の苦手なオレが日の出前に採りに行けるはずもなく、食べたことなかったんだ。
「モーニンナッツってこんなに美味しいの……! これ、タクトが採ってきてくれたの? ありがとう!」
「おう! 今日はお礼の日だって言ってたからな!」
「お礼……?」
ぐいっと押し付けられたモーニンナッツをもぐもぐしながら首をかしげる。お礼の日ってなんだろう。
「二人とも、早いね~。僕も、はい、お礼の日~」
大き目の箱は、タクトに向かって投げられた。難なく片手でキャッチしたタクトが、ほらよ、と渡してくれる。
「あ、重いね? これなあに? ……わあ! 作ってくれたの?! ありがとう~!!」
丁寧に開けた箱の中に入っていたのは、すり鉢セットとトング! 以前説明したのを覚えててくれたんだ! この溝の細かさ、オレだとこんな上手に作れないもの、すごく嬉しい!
「二人ともありがとう~! すっごく嬉しい! ……だけど、どうして? 何か特別な日? なんのお礼なの?」
戸惑うオレに、二人がにこっと笑った。
「お前の国の習慣なんだろ?」
「この間、『感謝の日』に綺麗なお菓子もらったから~」
感謝の日……? あ、ああ!! バレンタイン! そっか、今日はホワイトデーだ! クッキーをあげただけなのに、ちゃんとお返ししてくれる二人に、なんだかくすぐったくなった。
「ただいま~!」
「おう、ユータ! ちょっと来い!」
家に戻るなり、ガシッと鷲掴みにされて庭へと連れ出された。
「なになに? どうしたの?」
「お前、剣技見たいっつったろ? 見せてやろうと思ってな! 礼になるか?」
ホントに?! すっごくなるよ!! もしかしてカロルス様もホワイトデーを知ってるの? オレは大喜びでカロルス様に連れられ、人気のない海岸へやって来た。
「周りに斬ったらダメなヤツはいねえな?」
「おっけー! 大丈夫!」
海に向かって構えた真剣な横顔は、もうそれだけで格好良かった。ドキドキしながら見つめる前で、短い呼気音と共に、一瞬、空気を裂いた音がした。
「す、ごい……」
まるでケーキにナイフを入れたように、沖合まできれいにまっすぐな線が引かれていた。剣による、超遠距離攻撃だ……カロルス様は、どのあたりまで攻撃を届かせることができるのだろう。
そのあと、いくつかの技を放ったところでおしまいだと言われ、見惚れていたオレはハッと我に返った。
「カロルス様、ずるい!! カッコイイ!」
どうしようもなく格好良くて、悔しかった。力任せに抱き着いたオレを、カロルス様はこともなげに抱き上げて笑った。
「ふふん、そうだろう。俺はカッコイイぞ」
にやっと口の端をあげた、いつものワイルドな顔に、いつかオレもこんなふうにと思わずにはいられなかった。
「おや、帰ってらしたのですね。ユータ様、こちらをどうぞ」
「うわあ~執事さん、この本どうしたの? オレ、もらっていいの?」
「ええ、冒険者時代のもので申し訳ないのですが」
執事さんが手渡してくれたのは、様々な地方について書かれたガイドブックみたいな本だ。そこには、実際に訪れた執事さんのメモが事細かに書かれていて、さらに充実した内容になっていた。こんな貴重なもの、もらってしまっていいんだろうか。
「ありがとう……いいの?」
「ええ。お礼の日、ですから」
人差し指をたて、さりげなくウインクした執事さんは、とても様になって素敵だった。今度、オレも練習してみよう。
「あ、ユータだ! お礼しなきゃ、だね!」
廊下で出会ったセデス兄さんが、そう言うなりスッと口を閉じてクールな顔をすると、ばちんとウインク、そして投げキッス。
「………?」
えーと、オレはどうしたらいいんだろう? セデス兄さんは、いつものへなっとした表情に戻ると、首を傾げた。
「どう? これ、いっぱい練習させられたんだよ! お礼ってこれでいいんでしょ?」
「??」
うん? お礼はなんでもいいけれど、どうしてそうなっているのかは知りたい。
「え? だってさ、学校でたくさんプレゼントもらうからさ、みんなにおそろいがいいだろうって思って、ちょっと珍しいエストドンの脊椎をばらして配ったんだよ。そしたら、次からはこれでいいって練習させられたんだ」
再び真顔で、ちゅっとやるセデス兄さん。
「プレゼントって、女の子から……? そのお礼に、脊椎……?」
「そうだよ」
ああ……残念……うちの兄が残念すぎる……。どこの世界に魔物の脊椎をもらって喜ぶ女子がいると……おそろいって……そうじゃない。
「楽しいと思ったけどなぁ、みんなで集まったら、一体分の脊椎骨格が出来上がるんだよ?!」
「う……うん」
楽しくないこともないけど、きっとセデス兄さんに求められているのはソレじゃない。
「エルベル様は、もらって嬉しい? 脊椎」
「嬉しいわけないだろう! ……ヒトは変わっているな」
セデス兄さん、どうやらヴァンパイアにも受けが悪いみたいだよ。
「じゃあ、これは?」
キリッ! と顔を引き締めると、くるっと回ってチュッ! どう? カッコイイんじゃない?
「ぶはっ!! それはなんだ?! 笑える……!! なんだその顔!」
オレの渾身の王子様投げキスに、エルベル様が腹をかかえて笑った。素早くそっぽを向いた、グンジョーさんの背中が大いに震えているのも気になる。
「カッコイイでしょ?!」
「そんなわけあるか!!」
ぶすっとむくれたオレに、エルベル様がつんと顎を上げて立ち上がった。
「こうだ、こう」
ばさっとマントを翻し、スッと艶やかな流し目と共に、優雅でスマートな投げキスひとつ。キラキラと銀粉が舞いそうな所作に、悔しいのも忘れて拍手した。
「うわ~すごいね! 王様って投げキスの練習もするんだ! ねえ、どのくらい練習したの?」
「そんな練習するわけないだろう!!」
うそだー! 絶対してるよ! 真っ赤な顔でむきになるのがまた怪しい。
「……お前、これ、いらないんだな?!」
赤い顔のエルベル様をからかっていたら、何やら美しい箱をちらっと見せてきた。
「何それ? くれるの?」
「お前の使い魔から聞いたぞ。お礼の日だと」
ん? もしかして、みんながホワイトデーを知っていたのって、モモたちのせい?
「その、グンジョーたちが、お前にはこういうものの方が喜ばれるだろうと……こんなものでいいのか?」
差し出された箱を開けてみると、そこには様々な調味料がたくさん詰め込まれていた。
「わ、わあ~!! すごい! 宝物だよー!! エルベル様、ありがとう!!」
箱を抱きしめて満面の笑みを浮かべたオレに、変な奴だとエルベル様は肩をすくめた。
「ねえモモ、みんなにホワイトデーのこと教えて回ったの?」
『あら、ばれちゃった。そうよ、だって渡すばっかりじゃつまらないじゃない!』
『主ぃ、『ギブアンドミー』が基本なんだぞ!!』
チュー助、たぶんそれ、ギブアンドテイクかな。でも、プレゼントの場合は適用されないと思うよ?
――ユータ、嬉しい? ユータが嬉しいと思ったの。
「ラピス、もちろん嬉しいよ! みんなもありがとうね!」
あとでいっぱいみんなとの時間を過ごそう。そう思って転移しようとしたところで、ぐいっと襟首をつかまれた。
「これでいらねー借りは返したからな!!」
「あれ? スモーク……さん……?」
叩きつけるように胸元へおしつけられたものと、射殺しそうなキツイ紫の瞳。オレの瞳は少なくともその間を5往復はした。
「じゃーな」
押し付けられたものを抱えて、オレは呆然と消えていった背中を見つめた。
「スモークさんが、花……? もしかして、ロマンチスト……?」
この花、あの強面で買いに行ったの? オレは花束を抱えてしばし動けなくなった。
「ねえ、ルーも今日のお話聞いてるの?」
「………」
「じゃあ、何かある?」
くすくすと笑って胸元に顔をうずめた。ルーは何も用意しっこないもの。あるわけねー、って言うと思って見上げたら、プイと顔をそらしてごろりと横になった。
「じゃあ、いくらでもブラッシングしろ」
特別だ、仕方ない、そんな雰囲気で堂々と横たわったルーに、吹き出しそうになるのを押えてブラシを取り出した。
じゃあ、お言葉に甘えて全身つやぴかにしてあげよう。それは果たしてオレへのプレゼントなんだろうか。そう思いながら、それでもこの毛並みに好きなだけ触れられるのは、確かにご褒美だろうなと納得して笑った。
バレンタイン閑話の時のアンケートに登場した人たち、全員集合!
いつも読んで下さるお礼に……ものすごい勢いで書いたので色々誤字あったらすみません!
こんな閑話書いて、とか、このキャラの話が読みたいとかあったらぜひ教えてくださいね~それを書けるかどうかは別として…(;^ω^)






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/