333 湯上がり
「あつい……」
「だから早く上がれと言ったろが……」
オレはカロルス様の肩に頬をつけ、くったりと洗濯物のようにへたっている。お湯が熱くないからって油断した……ルーとよくお風呂につかっているから、幼児の割にのぼせにくいと思っていたんだけど。
『もしかして、あれはユータの生命魔法入り温泉だからなんじゃない?』
モモに言われてなるほどと頷いた。そうか、じゃあ温泉にもこっそり生命魔法水を……
『絶対ダメ』
はい……。こっそり混ぜても毒じゃないんだから、いいと思ったのに。
ざっと体を拭いてもらって、湯上がり用の浴衣モドキを着せてもらった。良かった、普通の服に比べれば随分とこちらの方が楽だ。
布を敷いた床に寝かせてもらって、ぼんやりと着替えるカロルス様たちを眺める。今度はカロルス様たちもちゃんと浴衣モドキを着ている。昔の日本で湯上がりに着ていた、本来の浴衣はこんな風だったのかな。簡素でシンプルな姿は、湯冷ましにちょうどいい。
でも、カロルス様たちはちょっとだらしないよ?もう少し胸元はピチッとしなきゃ。
暑いからって胸元を大きくはだけた姿に、元気ならちゃんと着せてあげようと思うけど、今はちょっと無理だ。
ラピスが心配そうにオレのほっぺに顔をこすりつけた。
――ユータ、暑いの?ほっぺが真っ赤なの。ラピスが冷やす?
いやいや結構です!とぶんぶん頭を振ったら、またくらりとした。そんな氷漬けになる未来しか見えないことはしません!でも、そっか魔法を使えばいいんだ。
「お?お前、贅沢なことしてんな……」
オレをそっと抱き上げたカロルス様が、ふいに涼しい風に包まれて苦笑した。いいでしょ、魔法使いの特権だよ!
「おおー本当だ、涼しい」
ぎゅっとセデス兄さんも体を寄せてきて、オレはほっかほかの大の男二人に挟まれる形に……暑い!!気分的にも暑い!
「セデス兄さんは向こう行って」
ぎゅうと押しのけると、セデス兄さんが口をとがらせた。
「けち~!でもさ、ユータ回復したらそれって治らないの?」
ハッ!そうか、これももしかしたら回復魔法でなんとかなる?いや、生命魔法水の温泉が効果あるなら飲んでみたらいいんじゃない?いい水分補給になるし。
「やってみる!」
カロルス様の腕の中でもぞもぞといい位置に落ち着くと、まずは氷でコップを作った。ラキみたいに上手にはできないけれど、水が漏れなければそれでいいんだよ!ここに生命魔法水を薄めて注ぎます。
「ぷはー!生き返るー!」
これいい!冷たく冷えたお水がのどを通って波紋のように体に広がった気がして、重かった体もくらくらする頭も、不快な症状がぬぐい去ったように消えてなくなった。
「でも冷たいっ」
氷のコップはずっと持つには冷たすぎる。小さな手が赤くなってじんじんしてきたので、慌ててコップを放り投げると温かい場所へ手を突っ込んだ。
「ひょわあっ?!」
妙な悲鳴をあげて、カロルス様がガバリとオレを引きはがした。
「何しやがる!冷てえ!!俺を殺す気か?!」
全く、Aランク冒険者が情けない……脇腹が冷えたくらいで死なないよ!そんなに前を開けている方が悪いんだと思う。
「だって、手が冷たいから」
「それは誰のせいだ?!ま、俺にも冷たい水くれたら温めてやってもいいぞ」
「あ、僕の分もね!」
そうするとまた手が冷たくなるんだけど。仕方ないので大きめコップに生命魔法水を入れて渡してあげると、大層喜ばれた。これは早く行ってエリーシャ様たちにも渡さなきゃね。
「お前本当に便利だよな」
オレの引いた視線を気にもとめず、口に含んだ氷を転がすカロルス様。もちろんその氷はコップのカケラだ。氷のコップ、そうそう割れないぐらい頑丈に作ったよ?そんな、紙コップみたいにぐしゃってつぶせるものじゃないよ?
女性陣の方が風呂は長いだろうと、のんびりして出てきたら、どうやらエリーシャ様たちの方が一足早かったようだ。
「まあまあ、マリーも落ち着いて」
「私は落ち着いていますよ」
「うーんと、じゃあ落ち着かなくて良いから動きを止めてくれる?」
なんだろう、二人にしては少し騒がしい気がする。
「待って!マリーちゃん!俺何も悪いことしてなくねえ?!これシチュエーション的に旅先で会っただけじゃね?!そのお姿を拝見できて俺って超ラッキーじゃんとは思ったけど!」
あれ……?聞き覚えのある声は、灰色の髪に、紫のタレ目。
「アッゼさん?どうしたの?」
アッゼさんは高度な遠距離転移ができる魔族さんだもの、どこにいても不思議ではないけど、この広い世界でたまたま出会うなんてことはないだろう。
「あああ!ユータ様!なんってお可愛らしい!!」
神速でオレを腕の中に抱きしめたマリーさんが、とろけそうな微笑みを浮かべた。
「あー!あーあー!!くそ……あいつ、ちっこいからって油断した……お前も俺の敵かぁ!」
すりすりされる俺を指して涙目のアッゼさん。この人がいると賑やかだね。
「マリーさんもとってもお可愛らしいよ!素敵だね」
きっと暴れていたんだろう、少し乱れた浴衣の裾を直してあげてにこっとすると、マリーさんがまあ!と両頬に手を当ててよろめいた。いつもメイド姿しか見ていないから、マリーさんの浴衣はとても新鮮に映った。すんなりとたおやかな肢体は和服がとてもよく似合っている。
かっちりした普段のまとめ髪と違う、緩くアップした髪も艶があって素敵だ。
「ユータちゃん~私はどう?」
見て見て!とくるくるまわってみせるエリーシャ様は、まるで少女のようだ。女性らしいカーブを描いたシルエットは、浴衣には少々扇情的かと思ったけれど、清い微笑みで見事に調和がとられているようだった。
「エリーシャ様も!とっても素敵!!お可愛らしいよ」
ぱふっと笑顔で抱きついて、ちらりとカロルス様を見上げた。
「ね?カロルス様もそう思うでしょう?」
「あ?あーーまあ、な」
ぷいっとそっぽを向いたカロルス様に、セデス兄さんがやれやれといった視線を向けた。
「ユータちゃんありがと!褒めてもらって嬉しいわ」
うふふっと笑ったエリーシャ様は、本当に嬉しそうに微笑んでオレを抱きしめた。
「なあっ!ちょ……」
「二人の髪はもしかしてユータちゃんが?」
「うん!二人ともかっこいいでしょう!」
「止め……止めてっ?」
「そうね!普段とはまた違っていいわねぇ。ユータちゃんもとっても素敵よ!よく似合ってるわ」
しげしげと眺められて、ちょっとはにかんで肩をすくめた。
「無視しないでっ!助けてくんない?」
割り込むように突然視界に飛び込んできたアッゼさんが、俺を抱き上げて掲げ持った。
「鎮まれ!マリーちゃん!鎮まりたまえ!!」
ぶらんぶらんと掲げられたオレに、戦闘モードのマリーさんが、ふにゃりと相好を崩した。
「ああーユータ様!そのお召し物も結われた髪も!なんとお可愛らしい~」
オレの後ろで、ふう、と額の汗を拭うアッゼさん。オレ、退魔のお札かなんかなの?
「ねえ、アッゼさんはどうしてここにいるの?どうしてマリーさん怒ってるの?」
アッゼさんがよくぞ聞いてくれました!と瞳を輝かせた。その手はがっちりとオレの腰にまわって、絶対に離れようとしない。
「聞いてくれよ!俺さ、ただマリーちゃんが館からいなくなって遠くで留まってるからさぁ……何かトラブルかもしんねえって駆けつけただけなワケよ?分かる?ヒロインのピンチに駆けつけるヒーローってやつ」
ふうん……マリーさんがピンチになるのってあんまり想像できないけど。
「じゃあ、マリーさんが心配で転移してきただけなの?」
「そう!そういうこと!!」
分かってくれたか!と大げさに抱きつく体を押しのけて、マリーさんに振り返った。
「じゃあ、どうしてマリーさんは怒ってるの?」
「それは……そもそも旅先で会ったことがまず不快ではありますが、なぜ私の居場所が?もし入浴中に転移されていればどうなったか……」
「その場合は俺が永遠に旅立つことになってジ・エンドなんじゃね?」
そうだね。でもそれは置いておいて……
「魔族って人の居場所が分かるの?」
「えっ……うっ……それは……そのぉ」
オレはごく近いレーダーの範囲内の場所で、知っている魔力なら分かるけれど、こんなに離れた場所まで探すことなんてできない。
「いくら魔族でもそんなことできねえぞ」
「じゃあどうやって?」
アッゼさんがだらだらと滝のような汗をかいてじりじりと後ろへ下がっていく。ただし、オレを捕まえたまま。
「ちゃんと、お話ししてごめんなさいしたら?」
きっと悪いと自覚のあることをしたんだろう。そっと助言してあげると、うっと呻いたアッゼさんが、ごくりと生唾を飲んだ。
「そ、そのぅ……いつでも駆けつけられるように、最初に会った時に……えっと……俺の魔力印を……」
すうっとマリーさんの目が細くなった。
「ご、ごめんなさいいぃ!」
突如腰の圧迫が消えて、すとんと尻餅をついた。
「最初ってあの時か?あんだけやられてお前に興味をもつ気がしれねえ……そりゃあんだけ返り血浴びてりゃ魔力印もつけられただろうよ」
呆れた調子で呟いたカロルス様が、ひょいとオレを立たせてくれた。
「魔力印って何?悪いもの?」
「魔族がつける目印みたいなもんだ。別に害はねえよ」
「ありますが?!」
珍しくマリーさんがぷりぷりしている。でも、本当に危険だったら駆けつけてくれるんだし、いいんじゃないの?必要はないだろうけど。
アッゼさんがいるとマリーさん生き生きしてますね(笑)
頑張れ!あと100押しくらい?
2/8~大阪で開催の「ドラゴンとまぼろしのけもの達展4」参加させてもらいます!また詳細はHPにでも書きますね~お近くの方はぜひ!プチマンドラ連れて行きます!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/