332 温泉
フロートマフを肌に滑らせると、柔らかく滑らかな感触だ。見た目は綿菓子だから、水に浸けると溶けてしまいそう。
「これ、気持ちいいね」
「うん、肌にもいいって女性に人気があるんだよ。どれユータ、反対向いてごらん」
ほわ~いい気持ち。人に背中を洗ってもらうってとても心地良いね。
石けんを使っていないのに、きめ細かな繊維のお陰なのか、とてもつるすべになった……気がした。
「ユータは元々つるぴかお肌だから、ちっとも効果が分からないね。」
うん……確かに幼児の柔肌はそもそもが最上級。だからマリーさんやエリーシャ様たちがスリスリしたがるんだ。オレにとっては男っぽいごつごつした肌が目標だからね……でも今は仕方ない、子どもだもの。
「ほら、僕の腕。どう?ちょっと滑らかになった気がしない?」
「……ホントだ!」
セデス兄さんもエリーシャ様に似て男性の割にきれいな肌だと思うけど、今触れた肌には、どこかぬめるような滑らかさを感じる。
「このフロートマフは塩を蓄える性質があるんだって!それが肌にいいらしいよ」
へえ!そっか、塩サウナとかあるもんね!そんな感じかな?
好奇心に勝てず、ちょびっと口に入れてみる。
「へえぇっ?!しょっぱ!!」
フロートマフ、少ししょっぱいだけだと思ったら、塩でできているんじゃないかってくらい塩辛かった。これだけ塩を含んでいるからお肌に効果があるのかな。
……食べてないから!ちょっと口に入れてみただけ!
「お前、食ったのか?!何でも食うヤツだな……」
涙目でぺっぺっするオレの顎を掴んで、カロルス様が桶いっぱいのお湯を口元にぶっかけた。
「ちょっと!溺れるよ!!」
「ごっほ!ごほっ!!っくしゅ!」
鼻と言わず口と言わず大量のお湯を注がれて、危うく溺死するところだよ!オレは涙と鼻水まみれで、救い出してくれたセデス兄さんにしがみついた。
「おう、悪いな」
はっはっはと笑うカロルス様に、セデス兄さんはよく無事に育ったなとしみじみ思った。だから体が頑丈なんだろうか。
「はい、ピカピカになったよ!」
「おう、ユータ俺も頼む」
セデス兄さんの背中を洗った所で声をかけられ、ニヤリと笑った。これはまたとないチャンス!
オレなら何人も隠れられそうなでっかい背中を前に、逸る気持ちを抑えて静かに目を閉じた。
ふう……全身の力を抜いて、両手に握ったフロートマフに意識を集中する。
「……ユータ、背中洗うのにその気合いは必要ないんじゃない?」
カッ!と瞳を開くと、獲物を狩る勢いで両手を振るった。
「はあああ!」
どうだ!全身全霊、恨みを込めたオレのパワーを思い知るがいい!!
それは、ジャガイモだったら皮がきれいに剥け、そろそろ背中に火が着くんじゃないかと思うほどで……。
「おー、気持ちいいな、お前ちっとは力がついたかよ?」
そろそろ音を上げるかと悪い笑みを浮かべたところで、呑気な一言に崩れ落ちた。
……ちくしょう、次は金たわしを用意しておいてやる!
一通り洗い終えたら、お楽しみの湯船だ!と、その前に……。
「ねえ、温泉に髪を浸けちゃだめなんだよ!上げておくといいよ!」
「ああ、確かに書いてあったな。このくらいなら構わんだろう?縛るものもないしな」
「ダメだよ!湯船に髪が落ちても良くないし」
オレは収納からひもを取り出し、カロルス様の後ろへまわった。座ってもらってもまだ高い頭の位置に、四苦八苦しながら小さなポニーテールを作る。
大人しく任せてくれるので、ちょっぴりカリスマ美容師になった気分だ。うむ、次はセデス兄さん、どうぞ。
「はい、できたよ!」
「あ、うん……ありがと……でもこれ……リボンがついてる気がするんだけど、気のせい?」
さわさわと手で確認するセデス兄さんが困惑顔だ。
「うん、後ろ姿が素敵だよ!」
セデス兄さんはうなじがきれいなので、似合うかなとざっくりおだんごにリボンもサービスしてみた。さすがにガタイがいいので女性には見えないけれど、涼やかなブルーのリボンが似合ってると思う。
「げ……俺にリボンは着けてねえな?!」
「着けないよ!カロルス様は似合わないもの!」
「む……それはそれでなんか腹が立つな」
ざっくりとまとめた髪は、カロルス様のワイルドさが引き立って、匂い立つような色気が漂っている。
「………」
オレの髪はまとめるほどでもないけど、なんとか後ろでぴょこんと結んでみた。どうだろうか、少しワイルドだろうか。ちょっぴり意識して腕組みなんかしてみる。
「あははっ!ユータがそうするともう完璧に女の子に見えるね!」
……セデス兄さんのまとめ髪、次は特大の真っ赤なリボンにしてやると、オレは心に決めた。
ちゃぽん……
「お肌もすべすべ、いいわねえこういうの……」
「本当ですね、癒やされます……まるでユータ様を抱っこした時のようです」
ゆったりと湯船に浸かり、エリーシャはするすると自分の肌に指を滑らせた。ほぼ視線を遮る役割を放棄した薄布が、湯の中でゆらゆらと揺らめいている。
この時間になると、女性風呂は貸し切り状態だ。
ちゃぷん……
「ユータ様のかわいいお背中を流したかったですが……」
マリーは残念そうに顎まで湯の中に沈んだ。普段と違った緩やかなまとめ髪に、ほんのりと上気した頬が、どこか甘く艶を伝える。
「マリー……」
エリーシャの遠くを見る顔には憂いが浮かび、頬から首筋に張り付いた後れ毛が目を引いた。
「そりゃあ私だってそう思うけど……セデスもそうだったの。一緒に入ってくれなくなっちゃうのよね……」
「そうして徐々に大人に……ああっ辛い……」
エリーシャは慈愛を込めた瞳でマリーを見つめる。
「だからそれまでに、しっかりと愛情を伝えましょう?愛情はいくら注いでも構わないわ」
「そう……そうですね、ユータ様もセデス様も、飛び立ってしまわれるまでにしっかりと注いで注いで、愛されているという実感をしっかりと持っていただきませんと……」
「そう、その意気よ!」
2人ははっしと両手を握り合った。
ぶるっと悪寒が走って、オレとセデス兄さんが同時に自分の体を抱いた。
「……ちょっと、冷えちゃったかな…?」
「う、うん……早くあっち行こ!」
オレたちはなんとなく感じる胸のざわめきを振り払って、奥の湯船へと向かった。
「ねえ、来た時は結構人がいたような気がするのに、みんないなくなっちゃったねえ」
出入り口付近から奥へ歩いているのに、他の利用客がいないことを不思議に思った。
「……ま、父上がねえ……」
ぼそりと呟いたセデス兄さんに、どういうこと、と首を傾げると、カロルス様が口をとがらせた。
「……何もしてねえぞ。俺がここにいるって気配を強めただけだろ」
「そうするとみんな逃げるよね?ユータがいるからそれでいいと思うけど」
オレ?もう一度首を傾げたけど、カロルス様はそ知らぬ顔でそっぽを向いた。
じゃぼん!
奥に近づくにつれ寒くなって慌ててお湯へ飛び込むと、一気に温かいお湯に包まれて、ぶるりと体が震えた。
「あーいいね。ちょうど良いよ」
オレの右隣に入ったセデス兄さんの波が押し寄せ、オレの体を揺らす。温泉って結構熱いお湯のイメージだったけれど、ここはするりと入れる程度の温度で、オレの幼い体にはありがたい。
「はあー広い風呂はいいな」
さらに左隣に入って来たカロルス様が、大きな体を遠慮無く沈めて、大波が押し寄せた。ひっくり返らないよう、鋼の腕がオレの首根っこを掴んで固定している。いいけど……もう少し支える位置は違っても良かったんじゃない?
不服に思いながら顔を上げたところで、目の前の景色に絶句した。
「う……わあああ……すごい!!」
目の前には絶景としか言えない景色が広がっていた。
やや小高い位置にあったらしいこの場所からは、サラマンディモンであろう火山が目の前に見え、雄々しい岩肌や細く上がる噴煙がすぐそこにあるようだ。温泉の中にも漂う独特の匂いは、火山由来のものだろうか。
感動して2人を振り返ると、セデス兄さんがちょっと肩をすくめた。
「ユータは見えるんだねぇ。僕にはあいにく何にも。ただ、星はきれいだね」
「だなぁ……たまにちらっと炎の光が見えるのは、魔物か精霊か?」
そっか……見えるのはオレだけか。この雄大な景色を2人にも見てもらいたかったなとしょんぼりして、ハッといいことを思いついた。
「じゃあ!明日の朝もお風呂入ろう?ね、いいでしょう?」
「めんどくせえなぁ……」
「うーん、まあ僕も景色見たいし、行こうか?でも、起こし……優しく起こしてね?」
カロルス様も絶対起こして連れてこよう!オレは2人に満面の笑みを向けた。
モモ:突っ込み不在で繰り広げられる女湯の会話……大丈夫かしら。やっぱり私が行った方が……ああでもこっちのこの光景も捨てがたいわ!ゆうたに編み込みなんかを仕込んでおいて、次はもっと……
蘇芳:モモもあっちの2人とあんまり変わらない。
予想はしていたけどお風呂入るだけで終わりましたね!
花形(?)の温泉シーンなのにこんなに色気ゼロなことがあっていいものか?!でも色気ある人いないですし……もふしらですし……






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