閑話 お参り
うーん、あったかい。お布団の中で、温かなふわふわを抱きしめてすりすりすると、柔らかなそれは、するすると腕の中を滑っていった。
「プリメラ、待ってよ~もうちょっとここにいてよ」
布団から出てしまったプリメラを追って、恨めしげに顔だけ出すと、もう起きなさい、と言わんばかりにぐいぐいと布団を引っ張られる。負けじと布団にしがみついて抵抗していたら、ついに布団ごと引きずり下ろされてしまった。
床に落ちてなお布団でぐるぐる巻きになったオレに、プリメラの呆れた視線が突き刺さる。
「プリメラは寒くないの?オレが知ってるヘビさんはね、寒いと動けないんだよ?ねえ、暖炉のところまで運んで!」
みの虫状態でプリメラに甘えてみたけれど、困った視線が返ってくるばかり。1階の暖炉まで行けばあったかいんだけどなあ。そうだ、このまま行けばいいんじゃない?
「ユータ、ちょっとユータ!どうしてこんな所で寝てるの!プリメラが困ってるでしょ」
揺り起こされて目を開けると、セデス兄さんが呆れた顔をしていた。
「あれ?ベッドじゃない」
オレはお部屋のドアの前で、お布団とプリメラに包まれるように眠っていた。
「オレ、寝ちゃってた?プリメラ、暖めてくれてたの?ありがとう!」
本当に困った子なんだから……、こつんとおでことおでこをぶつけたプリメラに、そう言われた気がした。
「ねえセデス兄さん、暖炉まで行きたい」
「全く、こんな時だけ甘えて……」
布団の中から手を伸ばすと、やれやれと言いながらひょいっと抱え上げてくれた。でも……
「寒い!おふとんも!」
「いつまでもくるまってないで、行くよ!」
引き離されたお布団に手を伸ばしたけれど、無情にもセデス兄さんは歩き出してしまった。さよなら……オレのぬくぬくお布団……。代わりにセデス兄さんにぎゅうっとしがみついて、少しでも暖を得ようと試みる。
「そんなに寒い?寝間着をもう少し分厚くしないといけないかな」
セデス兄さんが、誰にともなくそんなことを言いながら扉を開けると、ふわっと温かな空気が溢れてきて、温度差にぶるっと身体が震えた。
「はい、ここならあったかいでしょ?」
暖炉前の特等席ソファーに下ろしてもらうと、あたたかく柔らかな空気に、縮こまった身体がそっとほぐれて、ほうっと息を吐いた。
「ユータ様、今日は冷えますね。のどは痛くないですか?鼻水が出たりは?」
「寒いね!でも大丈夫だよ」
マリーさんがふわりとガウンをかけてくれて、おでこに手を当てたり、お口の中を覗き込んだり、せかせかと世話を焼いてくれた。
なんだかここへ帰ってくると、やっぱりお家!って感じがするね。こんな風に甘やかされちゃうからだろうか。
大分身体が温まった頃、朝食の席に着いた。今日は熱々のパン粥らしい。お米のおかゆの方が好きだけど、ほんのり甘いパン粥も優しくて好きだな。
ふうふうしながらちびちび食べていたら、早々に食べ終わったカロルス様が窓の外を眺めて言った。
「そろそろ山へ行くか!寒くなってきたしな」
山?ぱくりと木さじをくわえ、首を傾げる。このあたりの山って言ったらルーの守護するっていう、霊峰ナントカだろうか。
「どうして寒いと山に行くの?」
「この寒さは、古くは霊峰の力が広がってきているためだと言われておりました。つまり最も山の力が高まっている時期に、この地方も守っていただけますようにとお願いに行くのですよ」
「でも、ルーは今森にいるよ?お願いにいくなら森じゃないの?」
オレの言葉に執事さんが苦笑した。
「ええ、黒き神獣も信仰の対象でしたからね……ただ、現在は山へお参りすること自体が祈りの意味をもっていますから」
霊峰って言うからにはルーがいなくても、お山自体が神聖視されているってことかな。
「ユータちゃんは直接神獣様に会えるのだものねえ、なんだか今でも信じられないわ。これからもユータちゃんをお守りして下さるようにお祈りしなきゃ!うふふっ、ユータちゃんは後で直接お祈りに行けるわね」
そうだね!お山にお祈りに行ってルーの所に行かなかったら拗ねてしまいそうだ。ちゃんとお供えをもって後でお祈りに行こうか。
「ユータ様、寒くはないですか?もう少し何か羽織って……」
「も、もういいよ!オレ、転がっちゃうよ!」
心配したマリーさんにこれでもかと着込ませてもらって、オレはそろそろ球体になってしまいそうだ。そりゃあ、あったかいけど……。
見送るマリーさんと執事さんに手を振り、カロルス様の馬へ乗せてもらったら、さあ山へ!
……と思ったのだけど、どうやら目的地は霊峰ではないらしい。そもそも霊峰キュリオは人が登ってはいけないそうで……オレ……山頂まで行っちゃったけど。けど、神獣に乗ること自体が罰当たりだから、今さらなのかもしれない。
じゃあどこへ向かっているのかと思ったら、どうやら村の近くに霊峰を奉った場所があるらしい。
「当たり前だろう……霊峰キュリオはここから何日かかると思ってんだ。それも、トーツの森を抜ける必要があるぞ」
カッポカッポと馬に揺られながら、カロルス様が呆れた調子で言った。トーツ大森林は、ルーの湖がある広大な森だ。オレがさまよった森でもある。そっか、ルーに乗って行った時はあっという間に森を抜けたように思ったけど、さすがは神獣ってところだね。
ヤクス村を出て、馬でしばらく進むと、低木と平地が広がる中に、不自然に小高い場所があった。
「もしかして、あそこ?」
「そうだ。少しでも霊峰が見えるようにと、当時の魔法使いらが作った山だ」
そっか、人工的に作り上げた場所なんだね。山というべきか丘というべきか、それとも塔と言うべきか、かなりの急斜面に階段が築かれ、頂上には社のようなものが見えた。
「さあ、ここからは歩いて登るのよ、一段一段、感謝と祈りを込めながら登るの。最後まで登れるかしら?」
「大丈夫!」
にこっと笑って元気に答えたものの、ものの半分ほどでふうふう言い出した。暑い……そして動きづらい……。
「あっ」
「ほら、危ない!」
ころりと後ろへ転がりそうになって、セデス兄さんが支えてくれた。危ない、この姿だとボールみたいに一番下まで転がっちゃうところだ。
「いくら寒いからって……何枚着てるの?脱いでいこうか」
1枚、2枚……十二単みたいになった服を次々脱いで、身軽になったオレはぶんぶんと腕をまわした。あースッキリした!これなら残りはうさぎ跳びで行くことだってできるよ!たぶん!
呆れた視線をさらりと流して衣服を収納にしまうと、オレは再び階段を上り始めた。えっと、ルーがもっと撫でさせてくれますように、ルーがもっと優しくなりますように、また乗せてもらえますように……
――ユータ、それはルーに直接言えばいいの。
「そうだけど……直接言っても聞いてくれなさそうなんだもん」
――ルーは『うん』って言わないの。でも聞いてるの。
そうなの?じゃあ今度、直接言ってみようかな?オレは森の中で盛大にくしゃみをしているであろう、黒き神獣様を思い浮かべてくすっと笑った。
「てっぺんー!」
滴りそうな汗をぬぐって、オレはよいしょ!と最後の一段を両足で跳んだ。到着!と両手を挙げてばんざいすると、ひゅう、と冷たい風が心地よく通り抜けた。
「おう、頑張ったな!」
「ふう、着いたね~」
「ユータちゃん、さすがね~えらいわ!」
さすが一般人と違う人達、息ひとつ乱さずにっこりする3人と、次々ハイタッチした。オレはぜえはあと息切れしているけれど、手伝わずに見守ってくれた3人に感謝だ。後ろを振り返ると、ぐらりとバランスを崩しそうな急斜面に、ほてった身体が冷えるような思いだ。うわあ、よくこんな所登ってこられたね。
「さ、お祈りしましょう」
頂上にはぽつんと小さな社があるだけで、他には何もない。社もごくごく小規模で、お地蔵様の祠みたいなものだ。オレはカロルス様たちを見よう見まねで片膝をついて、こぶしを胸に当てた。
「しっかりお社を見つめてお祈りしたら、頭を下げて目を閉じるんだよ」
無言でじっとしている3人に戸惑っていると、セデス兄さんがこそっと教えてくれた。そっか、声に出さなくていいんだね。
みんな、ずっと元気で幸せでありますように。
身勝手なお願いは、心の中だからこそ。願わくば、世界中の人が幸せでありますように。そんな思いに嘘はないけれど、聞いている神様は、一体何を思うんだろう。
「よーし、帰るか!」
下げていた頭を上げてそっと目を開けると、ぐいっと身体が持ち上がった。どうやら帰りは抱っこでいいようだ。
「もう帰るの?」
「あんまり長居すると、身体が冷えちゃうわよ?そろそろ上着を着たらどう?」
言われてみると、すっかり汗の引いた身体にぶるりと寒気が走った。
「ピッ!」
まふっと首元にふわふわが触れる。体温の高いティアは、くっついているととても温かい。
「ありがと!風邪引いちゃうね」
急いで上着を2枚追加すると、改めてカロルス様の肩に乗せてもらい、社を振り返った。
冷たい風の中、地面と空の間でぽつんと佇む小さな社は、神秘的で美しいけれど、とても孤独に思えた。
「……ルーは、寂しいかな?」
――ルーは強いの。ラピスも強いの。だから、1人でも大丈夫なの!でも、ユータがいると、もっと大丈夫なの!
「そっか」
ほっぺにすりすりする温かな存在に、オレもそっと頬を寄せて笑った。
これはSS候補だった1つ。この時期に合わせてたので許可をいただいてWeb公開!3巻のSS(紙書籍)にはこれと違うものがついてますよ!
続々と3巻ご購入の報告をいただいて本当に感謝です!hontoさんではその他ランキング2位になっていました!
そして明日は京都で開催される竜科学会初日!私はあいにく仕事ですが、前売り券は完売しているのできっと盛況だと思います!当日券も時間をずらして販売されてますので、お近くの方はぜひご覧下さい!サイトに詳細が載っていますのでよくご覧になってからお出かけ下さいね!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/